#8(最終話)
穏やかな昼食を終え、俺はキッチンで午後のティータイムの準備の仕上げに取りかかる。
奥様は「大丈夫よ。有紗ならきっと分かってくれるはず」と声をかけてきた。
彼女の執事も「いろいろ準備してきたのですから大丈夫ですよ」と――
マドレーヌは誰にも食べられずに無事だったので結果オーライ。
それがなくなっていたら本当に洒落にならない。
俺はカスタードプリンとマドレーヌを皿に盛りつけ、プリンに生クリームを絞り、フルーツを少し添える。
「よし、できた!」
うん。我ながら上出来だ。
スマートフォンで写真を取って共有したい気分だが、執務中なのでグッと堪える。
◆◇◆
迎えた午後のティータイム――
お嬢様に伝えなければならないことを整理しながら、ワゴンを押しつつ、彼女の部屋へ向かった。
部屋の扉を叩くと、返事が返ってくる。
「失礼いたします」
「どうぞ」
普段通りの表情を浮かべているお嬢様。
ティータイムに入る前に言うべきことはしっかり伝えなければ――
「お嬢様。私から伝えなければならないことがございます」
「何かしら?」
「まずは……君とメイドが作ってくれたバレンタインのチョコレートを捨てたことから。実はその日の前日材料の購入の様子を尾行させていただいたのだが、危険なものを買っている様子はなかった」
「……来栖……?」
「チョコレートの製作過程は自分の眼で見ていない。毒が盛られたりしている可能性あったからと言うのが、第一の理由だ」
相手は両家のお嬢様に対して、素の口調で話し始める執事である自分がいた。
それは執事としてタブーかもしれない。
しかし、堅苦しい言葉で話すより、普段話している素の口調の方が本音で話せると思ったから――
「く、来栖はわたくしとメイドが作ったチョコレートに毒が入っていると思ったのね! だから、いくつか捨てたのでしょう!」
「その通りだ。まだ続きがあるから聞いてほしい」
「……もう……聞きたくない……」
彼女は感情的になるが、俺がチョコレートを捨てた真の理由を告げていない。
続きを聞きたくないと言っているにも関わらず、「いいから聞け!」と怒鳴ってしまった。
「来栖、どうしたの? 普段ならここまで感情的じゃないのに……」
「さっきはすまなかった。実は……俺には中学時代からずっと好意を寄せていた女性がいる」
「えっ?」
「もし、君が俺に好意を寄せていたとするならば、残念ながらつき合えない」
「貴方には分かっていたのね。わたくしが貴方に好意を寄せていたということを……」
「そうでなければ、君の専属執事として恋愛には興味がないふりをし続けてきた。俺は一途でその女性に対して思いが重すぎたのかもしれない」
「その人とはどうなったのかしら?」
「十年以上の時を経て、今はその人と恋仲になった」
「何時、から?」
「今年のバレンタインデーが終わって一週間経過したあとから」
「……………………」
「その人と君の思いを天秤にかけてしまったというのが、君たちが作ったチョコレートを捨てた本当の理由だ」
「…………」
「本当はその場ですぐに食べて感想を言ってあげられなくて本当にすまなかった」
お嬢様にとっては悲しい思いをさせてしまったかもしれないが、全て話しきったので、俺は後悔していない。
◇◆◇
はじめて聞いた来栖の普段の口調。
今まで彼が冷静にしていた理由やわたくしとメイドが作ったチョコレートを捨てた理由を聞けて嬉しかった。
先ほど来栖が話していたことは本音かもしれないわ。
それは絶対に間違いない!
◆◇◆
ここまでくるのにどれだけの時間が経過したのだろうか。
感情的になってしまった俺たちには冷静になる時間が必要だった。
「来栖……わたくしこそ、感情的になってしまってごめんなさい」
「お嬢様……私の素の口調で本音をぶつけてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「もういいのよ。わたくしは――」
「それと、私からもう一つ――」
互いに交互に言葉を紡ぐ――
「「すれ違い生活を終わりにしませんか?」」
同時に出てきたのは同じ言葉だった。
一ヶ月間すれ違い生活を送ってきた俺たちにとってはこの組み合わせが相性がいい。
「同じこと思っていたのですね」
「そういう来栖も考えは一緒ね。今日のスイーツはまだかしら?」
「はい。これから提供いたします。本日のスイーツはカスタードプリンとマドレーヌでございます」
お嬢様の机にカスタードプリンとマドレーヌを置く。
時間の経過により生クリームが溶けてきてしまったが、味には問題はないだろう。
「わぁ……美味しそう! いただきます」
「ゆっくり召し上がってくださいませ」
幸せそうにマドレーヌを頬張っているお嬢様を見て作った甲斐がある。
カスタードプリンも喜んでくれたので大成功ではないかと。
恋人の由佳はもちろん、例の件で迷惑をかけてしまったにも関わらず、協力してくれた奥様やその執事には感謝している。
こうして、俺たちのすれ違い生活に終止符を打ったのであった。
~ Fin ~
この度は『すれ違いの解決は素直な気持ちと焼菓子で』を最後までご覧いただきありがとうございました。
拙作は『悪食令嬢と暗殺執事(https://ncode.syosetu.com/s4927j/)』シリーズの11作品目、「すれ違いの原因は彼女から受け取った感謝チョコ。(https://ncode.syosetu.com/n4665ls/)」の続編としてホワイトデー関連の作品として出遅れになりましたが、書かせていただきました。
最後になりますが、僅か3日と短い期間でしたが、ここまでご覧いただきありがとうございました。
2026年3月27日 楠木 翡翠
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2026/03/27 本投稿




