#6
三月十三日――
ホワイトデー前日。
約一ヶ月ぶりにお嬢様の部屋へ向かうが、不在のせいか返事がない。
「来栖さん?」
俺の代理の執事……元々はこの人が奥様の執事に声をかけられた。
「最近のお嬢様のご様子は如何でしょうか?」
「最初の頃の有紗お嬢様は「もう、来栖ったら酷いのよ!」と言っていましたが、最近は少し悲しそうな様子なのです」
「悲しそうとは?」
「実はいろいろありまして……」
彼から言われたことはお嬢様はバレンタインの翌日は俺がチョコレートを捨てたことに関して怒りを募らせていたが、何時しか奥様と会話しながら歩いていた時にすれ違ったらしく、そこから悲しそうな表情をするようになったとのこと。
その執事は料理の腕は良い方だと奥様から話を伺っていたので、安心していたのだが、やはりお嬢様には無茶振りが利かないというところに気がつき、相性が合わなくなったのだろう。
むしろ彼女には俺が必要だと気づかされた瞬間だった。
「あの……少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」
「はい? なんでしょう?」
「明日の午後のティータイムに私がお嬢様のところに入ってもよろしいでしょうか?」
それなりの覚悟を持って訊いてみたが、これは絶対に怒られるような案件――
しかし、彼はいつもの穏やかな口調でこう言った。
「来栖さん。有紗お嬢様が寂しがっているので、何か一言でも声だけでもかけてあげてください。この屋敷の執事の中で彼女と相性が合うのは来栖さんだと思いますので……これを機に仲直りすることもアリだと思いますよ。昨日、奥様が「直くんがカスタードプリンを作ってくれたの。美味しかったわ」と仰っていましたよ」
「ありがとうございます。私は貴方に怒られる覚悟で訊いてみてよかったです!」
「いやいや。来栖さん、頑張ってください。奥様とともに陰ながら応援しています!」
俺がお嬢様とメイドのチョコレートを捨てたことが原因で始まったすれ違い生活。
本来は奥様の執事まで巻き込んでこの一ヶ月間苦労したり、悩んだりしてきた。
この生活を打破して以前の主従関係に戻そうではないか!
◇◆◇
三月十四日――
ホワイトデー当日。
本日の昼食は代理の執事が奥様とお嬢様の二人分準備してくれるとのことなので、お言葉に甘えて俺はカスタードプリンとマドレーヌを作り始める。
オーブンにカスタードプリンを蒸し焼きしている間にマドレーヌの準備に取りかかる。
下準備として貝殻型に常温に戻して柔らかくなったバターをハケで塗り、薄力粉を茶こしで振りかけ、型を逆さにし、余った粉を落として冷蔵庫に入れる。
「来栖さん、カスタードプリンと何を作っているんですか?」
「マドレーヌです」
「ホワイトデーの贈り物の意味では『仲よくなりたい』という意味ですよね?」
「よくご存知で。私はつい最近知ったのですが……」
くしゃみが出そうになりながら終わるまでなんとか堪えながら薄力粉とベーキングパウダーをふるいにかける。
鍋にバターを入れ、中火にかけて溶かしバターを作る。
泡が次第に落ち着き、ぶくぶくと細かくなったタイミングで火からおろした。
◇◆◇
バレンタインデーから一ヶ月経過し、ホワイトデーになった。
本日はお母様が一緒に昼食を食べようと声をかけてくれたの。
お母様の執事は来栖みたいに料理の腕は良い。
だけど、わたくしの無茶振りには対応してくれない。
彼は「冗談はやめてくださいね」といつもにこやかに言われてしまうので、その点が彼と異なるところ。
お母様と一緒ということは来栖もいることになる。
彼とはほとんど顔を合わせていないのに……
◆◇◆
ボウルに卵を入れ、泡立て器で解し、砂糖を加え、表面に白っぽい泡が出てくるまでボウルの底を擦るように混ぜ合わせる。
ふるいにかけた薄力粉とベーキングパウダーをそこに入れて泡立て器で円を描くように混ぜ、溶かしバターも少しずつ入れながら混ぜる。
オーブンがピピッとなった。
蒸し焼きしたカスタードプリンのあら熱を取っている隙に百八十度に余熱する。
それはマドレーヌ用の温度である。
混ざったらゴムべらを使ってボウルの側面についた生地を集め、冷蔵庫から貝殻型を取り出し、あら熱が取れたカスタードプリンを冷やす。
マドレーヌ用の貝殻型に生地をスプーンで八分目くらいまで流し入れ、百八十度に余熱しておいたオーブンに入れ、全体がこんがりきつね色になるまでおよそ十分程度焼く。
その間に昼食の方は盛り付けをしていた。
こちらはマドレーヌならすぐに完成するが、カスタードプリンは時間がかかる。
待機時間を使って全ての調理器具の後片づけを済ませた。
2026/03/25 本投稿
※ 25日に完結予定でしたが、間に合わなさそうです……
すでに最後まで書き上がっていますので、あと2話ほど続きます。26日に完結予定です。すみません。




