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童話小説 【ドラゴンの卵】

作者: 虫松
掲載日:2026/02/21

お祭りの喧騒から外れた、古びた街灯の影。


そこにその老人はいました。


並べられたガラクタの中で、一つだけ異様に目を引くものがあったのです。

それは、街の灯りを吸い込んでは跳ね返す、怪しい虹色の卵でした。


「おじいさん、これ、なんの卵?」


僕が尋ねると、老人は枯れ木のような指で卵をさし、ニヤリと笑いました。


「ドラゴンの卵だよ」


「……またそんな嘘。どうせニワトリか何かの卵でしょう?」


僕が呆れて肩をすくめると、老人は不思議なほど澄んだ瞳で僕を見つめました。


「坊や。この卵はね、『信じる者』にはドラゴンの子を、『信じない者』にはニワトリの子を授けるのさ。お代はいらない。その代わり、最後まで信じきれるかい?」


僕はその挑戦に乗ることにしました。何より、その卵の美しさに心を奪われていたからです。


独りぼっちの孵化作業

家に持ち帰った卵を、僕は一番柔らかいクッションに乗せ、机のライトで温め始めました。


1日目 学校の図鑑で調べたけれど、虹色の卵なんてどこにも載っていなかった。

1週間目 友達が遊びに来て、「ただの塗りたくりだろ」と笑った。

1ヶ月目 お母さんに「いつまでその石ころを置いておくの?」と叱られた。


それでも、僕は信じ続けました。

夜、耳を澄ますと、殻の奥から「ドクン、ドクン」と、ニワトリよりも

ずっと力強い、地響きのような鼓動が聞こえる気がしたからです。


僕は毎日、卵に話しかけました。

「君は空を飛ぶんだよね? 雲の上はどんな色をしているの?」


決断の時

季節が巡り、雪が降り始めた夜のことです。

卵にヒビが入りました。


(……ついに、ニワトリが生まれるんだな)

心のどこかで、意地悪な自分が囁きます。でも、僕はその声を振り払いました。


「違う。これはドラゴンの卵だ。僕がそう決めたんだ」


僕は凍える手で卵を包み込み、自分の体温をすべて分け与えるように抱きしめました。

「おいで、ドラゴン。僕と一緒に空へ行こう」


パキッ、パリパリッ。


眩い光が部屋中に溢れました。

殻を突き破って出てきたのは、羽毛の生えた翼ではなく、宝石を散りばめたような硬い鱗を持つ小さな脚でした。


「キュイイイィィ!」


鋭く、けれど愛らしい鳴き声。


そこには、僕の掌に乗るほどの、小さな、けれど紛れもない黄金のドラゴンがいたのです。


翌朝、僕の部屋の窓から、一条の虹が空へ向かって伸びていました。

近所の大人たちは「珍しい天気だね」と見上げるだけでしたが、僕の肩には、透明な翼を羽ばたかせる相棒がいます。


老人の言葉は本当でした。


世界が「嘘だ」と言っても、自分だけが「真実だ」と抱きしめ続けたもの。

それが、僕にとっての宝物になったのです。


ドラゴンの名前は「ルミナ」に決めました。

生まれたばかりのルミナは手のひらサイズでしたが、少年の「信じる心」

を糧にするかのように、またたく間に大型犬ほどの大きさに成長しました。


いつまでも部屋に隠しておくわけにはいきません。


ある日、少年は意を決してルミナを外へ連れ出しました。

近所の人たちは驚き、腰を抜かしました。


「おい、あれは何だ!?」

「トカゲか? いや、化け物じゃないか!」


人々が石を投げようとしたその時、ルミナが喉を鳴らしてひと鳴きしました。すると、ルミナの鱗から放たれた虹色の光が、町中の荒れた花壇に降り注ぎ、一瞬にして色とりどりの花を咲かせたのです。


「これは化け物じゃない。僕の友達、ドラゴンなんだ!」


少年の言葉に、人々は投げようとした石をそっと下ろしました。信じる力は、少年の心から町の人々の心へと、少しずつ伝染していったのです。


ある夏の午後、少年とルミナは町で一番高い丘に登りました。

「ルミナ、あの日約束したよね。雲の上に行こうって」


ルミナは力強く頷くと、少年をその背に乗せました。黄金の鱗は太陽の光を浴びて、鏡のように輝いています。

しかし、いざ飛び立とうとすると、少年の心にふと不安がよぎりました。


「もし、途中で力尽きて落ちてしまったら?」

「もし、僕が重すぎて飛べなかったら?」


その瞬間、ルミナの体がふらつき、翼の輝きが少し曇りました。

ルミナは少年の「疑い」に敏感に反応するのです。


「……ごめん、ルミナ。大丈夫、僕は君を信じてる。君の翼は、

世界で一番強いんだ!」


少年がルミナの首を強く抱きしめると、再び翼に虹色の炎が灯りました。


「キュイイイィィ!」


ドォォォン!


空気を震わせる羽ばたきと共に、二人は重力から解き放たれました。



地上はるか数千メートル。そこには、地上からは決して見ることのできない景色が広がっていました。


雲は綿菓子のようになだらかで、その隙間からは宝石を散りばめたような海が見えます。


そこで二人は、あのお祭りの老人に再会しました。


老人はなんと、巨大な白銀のドラゴンの背中にゆったりと座り、空の境界線を散歩していたのです。


「やあ、坊や。最後まで信じ抜いたようじゃな」


老人は満足そうに微笑みました。


挿絵(By みてみん)


「見てごらん。君が信じたからこそ、この世界にまた一つ、美しい風が吹くようになった。ドラゴンとは、形ある生き物ではない。

『不可能を可能だと信じる人間の勇気』が形を成したものなのじゃよ」


少年とルミナは、それから世界中の「信じる心」を失いかけた場所を巡る旅を続けています。もしあなたが、ふとした瞬間に空に不思議な虹を見つけたら、それは少年とルミナがすぐそばを通った証拠かもしれません。


「君ならできるよ」

ルミナの背中の上で、少年は今日もどこかの誰かに、勇気の魔法を届けています。

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