童話小説 【ドラゴンの卵】
お祭りの喧騒から外れた、古びた街灯の影。
そこにその老人はいました。
並べられたガラクタの中で、一つだけ異様に目を引くものがあったのです。
それは、街の灯りを吸い込んでは跳ね返す、怪しい虹色の卵でした。
「おじいさん、これ、なんの卵?」
僕が尋ねると、老人は枯れ木のような指で卵をさし、ニヤリと笑いました。
「ドラゴンの卵だよ」
「……またそんな嘘。どうせニワトリか何かの卵でしょう?」
僕が呆れて肩をすくめると、老人は不思議なほど澄んだ瞳で僕を見つめました。
「坊や。この卵はね、『信じる者』にはドラゴンの子を、『信じない者』にはニワトリの子を授けるのさ。お代はいらない。その代わり、最後まで信じきれるかい?」
僕はその挑戦に乗ることにしました。何より、その卵の美しさに心を奪われていたからです。
独りぼっちの孵化作業
家に持ち帰った卵を、僕は一番柔らかいクッションに乗せ、机のライトで温め始めました。
1日目 学校の図鑑で調べたけれど、虹色の卵なんてどこにも載っていなかった。
1週間目 友達が遊びに来て、「ただの塗りたくりだろ」と笑った。
1ヶ月目 お母さんに「いつまでその石ころを置いておくの?」と叱られた。
それでも、僕は信じ続けました。
夜、耳を澄ますと、殻の奥から「ドクン、ドクン」と、ニワトリよりも
ずっと力強い、地響きのような鼓動が聞こえる気がしたからです。
僕は毎日、卵に話しかけました。
「君は空を飛ぶんだよね? 雲の上はどんな色をしているの?」
決断の時
季節が巡り、雪が降り始めた夜のことです。
卵にヒビが入りました。
(……ついに、ニワトリが生まれるんだな)
心のどこかで、意地悪な自分が囁きます。でも、僕はその声を振り払いました。
「違う。これはドラゴンの卵だ。僕がそう決めたんだ」
僕は凍える手で卵を包み込み、自分の体温をすべて分け与えるように抱きしめました。
「おいで、ドラゴン。僕と一緒に空へ行こう」
パキッ、パリパリッ。
眩い光が部屋中に溢れました。
殻を突き破って出てきたのは、羽毛の生えた翼ではなく、宝石を散りばめたような硬い鱗を持つ小さな脚でした。
「キュイイイィィ!」
鋭く、けれど愛らしい鳴き声。
そこには、僕の掌に乗るほどの、小さな、けれど紛れもない黄金のドラゴンがいたのです。
翌朝、僕の部屋の窓から、一条の虹が空へ向かって伸びていました。
近所の大人たちは「珍しい天気だね」と見上げるだけでしたが、僕の肩には、透明な翼を羽ばたかせる相棒がいます。
老人の言葉は本当でした。
世界が「嘘だ」と言っても、自分だけが「真実だ」と抱きしめ続けたもの。
それが、僕にとっての宝物になったのです。
ドラゴンの名前は「ルミナ」に決めました。
生まれたばかりのルミナは手のひらサイズでしたが、少年の「信じる心」
を糧にするかのように、またたく間に大型犬ほどの大きさに成長しました。
いつまでも部屋に隠しておくわけにはいきません。
ある日、少年は意を決してルミナを外へ連れ出しました。
近所の人たちは驚き、腰を抜かしました。
「おい、あれは何だ!?」
「トカゲか? いや、化け物じゃないか!」
人々が石を投げようとしたその時、ルミナが喉を鳴らしてひと鳴きしました。すると、ルミナの鱗から放たれた虹色の光が、町中の荒れた花壇に降り注ぎ、一瞬にして色とりどりの花を咲かせたのです。
「これは化け物じゃない。僕の友達、ドラゴンなんだ!」
少年の言葉に、人々は投げようとした石をそっと下ろしました。信じる力は、少年の心から町の人々の心へと、少しずつ伝染していったのです。
ある夏の午後、少年とルミナは町で一番高い丘に登りました。
「ルミナ、あの日約束したよね。雲の上に行こうって」
ルミナは力強く頷くと、少年をその背に乗せました。黄金の鱗は太陽の光を浴びて、鏡のように輝いています。
しかし、いざ飛び立とうとすると、少年の心にふと不安がよぎりました。
「もし、途中で力尽きて落ちてしまったら?」
「もし、僕が重すぎて飛べなかったら?」
その瞬間、ルミナの体がふらつき、翼の輝きが少し曇りました。
ルミナは少年の「疑い」に敏感に反応するのです。
「……ごめん、ルミナ。大丈夫、僕は君を信じてる。君の翼は、
世界で一番強いんだ!」
少年がルミナの首を強く抱きしめると、再び翼に虹色の炎が灯りました。
「キュイイイィィ!」
ドォォォン!
空気を震わせる羽ばたきと共に、二人は重力から解き放たれました。
地上はるか数千メートル。そこには、地上からは決して見ることのできない景色が広がっていました。
雲は綿菓子のようになだらかで、その隙間からは宝石を散りばめたような海が見えます。
そこで二人は、あのお祭りの老人に再会しました。
老人はなんと、巨大な白銀のドラゴンの背中にゆったりと座り、空の境界線を散歩していたのです。
「やあ、坊や。最後まで信じ抜いたようじゃな」
老人は満足そうに微笑みました。
「見てごらん。君が信じたからこそ、この世界にまた一つ、美しい風が吹くようになった。ドラゴンとは、形ある生き物ではない。
『不可能を可能だと信じる人間の勇気』が形を成したものなのじゃよ」
少年とルミナは、それから世界中の「信じる心」を失いかけた場所を巡る旅を続けています。もしあなたが、ふとした瞬間に空に不思議な虹を見つけたら、それは少年とルミナがすぐそばを通った証拠かもしれません。
「君ならできるよ」
ルミナの背中の上で、少年は今日もどこかの誰かに、勇気の魔法を届けています。




