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答えは比喩

学者は、砂丘の斜面に半ば埋もれるようにして転がっていた数本のボトルのうち、指先に触れた最も小さな一瓶を拾い上げました。そのガラスの表面には月光が冷たく反射し、手のひらを通じて彼の指先の感覚をさらに麻痺させていくようでしたが、彼はそれを大切そうに包み込みました。学者はじっと、群青色から漆黒へと深まっていく東の空の端と、自分を取り囲むどこまでも無機質な砂の海を見つめました。彼の脳裏には、かつて書物で読んだ古の光景や、旅の途中で目にした自然の神秘が万華鏡のように巡っています。やがて、彼は震える喉を一度鳴らすと、静かに、しかし自らの知性が導き出した結論に対する絶対的な確信を持って答えました。


「答えは、すぐそこに現れます。夜明けの直前、この砂漠の冷酷なまでの冷気が石や瓶の表面を優しく撫でる時、天から降ってきたかのようにきらめく水滴が結ばれる。それは空に浮かぶ沈みかけの月光をその身に宿し、銀色の輝きを放ちながら誕生するのです。しかし太陽が昇れば、まるで夜そのものが幻であったかのように、夢のごとく消えてしまう儚き一滴。……この『朝露』こそが、貴方が求めている月の雫です。現象としても、実在としても、これ以上に相応しいものはないでしょう」


学者は、自らの論理に一片の曇りもないことを示すように、自信に満ちた目でスフィンクスを見上げました。その瞳には、知的な勝利を確信した者の強い光が宿っています。しかし、巨獣はその答えを聞くや否や、巨大な胸を震わせ、喉を鳴らして可笑しそうに笑い出しました。その笑い声は夜の静寂を乱し、周囲の砂を微かに震わせます。


「ククク……ロマンティックなことよな、学者。いかにも、理屈と情緒を混ぜ合わせるのが得意な、そなたら人間が好みそうな答えだ。だが、先ほどそなた自身が言うたではないか。朝露は、朝露だと。その名は既に付けられており、それは天からの贈り物などではない」


スフィンクスは大きな前足をゆったりと動かし、学者の足元に積もった砂を無造作に払いました。その動作に伴って巻き上がった砂が、月光を浴びて霧のように舞います。


「それは温度の差が生むただの自然現象に過ぎぬ。大気が冷え、飽和した水分が形を成しただけのこと。そなたの無知な同胞がどれほど詩的な別名を付けようと、事実は変わらぬ。正解では無い。我が求めているのは、もっと冷酷で、一切の比喩を許さぬ、揺るぎない実在よ」


スフィンクスの言葉は、凍てつく冬の海のように冷たいものでしたが、その大きな体躯は依然として、凍える学者を夜風から守るように、温かな壁となってそこに在り続けていました。学者はその体温の恩恵に預かりながら、絶望と好奇心が入り混じった複雑な心境で次の思考へと没入します。


学者はしばらくの間、荒れた肌の顎に手を当てて沈思黙考していました。彼の思考の迷宮はさらに深く、複雑に分岐していきます。砂が肌を擦る音さえも思考の邪魔になるほど、彼は自らの内側に潜り込みました。やがて、何かをひらめいたように鋭く顔を上げ、空の小瓶を壊さんばかりに握りしめます。


「……ならば、私の涙はどうでしょう。この過酷な夜に、絶望と寒さに打ち震えながらも見上げる空に月がある。その月が我が目に映り、心が揺さぶられ、それが溢れて頬を伝い、雫となって流れ出れば。それは月を映し出した私の命の一部、すなわち『月の雫』とは言えませんか? これならば、今ここで私の目から溢れる実在そのものです」


学者の声には、どこか追い詰められた者特有の必死さが混じっていました。彼は自らの感情さえも論理の道具として差し出したのです。しかし、それを聞いたスフィンクスは、深いため息をつきました。それは地響きのように重く、砂漠の砂を一斉に震わせるほど盛大なものでした。


「そうよなあ、我が祖先がした、あの伝統的な最初の問いが悪い……。あまりにも人間を模範解答にしすぎた」


スフィンクスは、呆れたように巨大な頭を左右に振りました。その瞳には、長い時を生きてきた者だけが持つ、種族としての疲れのようなものが滲んでいます。


「かのように人の生涯を朝から夜という一日に例え、その成長と老化の過程を物語のようにドラマチックに例える。そのような、何であろうとこじつけられる答えを『正解』として用意してしまったが故に……そなたは我に、己の涙を詰めた小瓶を渡そうなどという、まるで恋人へのプロポーズの如きロマンティックな行為を、平然と提案してくるのだ。知恵の探求者が聞いて呆れる」


スフィンクスは黄金色の瞳をさらに細め、顔を近づけて学者の表情をじっくりと覗き込みました。その口角が、獲物をからかう猫のように、意地悪そうに吊り上がります。


「――まさか、本気で我に惚れたか? この温もりに絆され、共に夜を越そうと願うほどに?」


「な……ッ!? 何を、何を馬鹿なことを!」


思わぬ挑発に、学者の顔は寒さを忘れたかのように一気に赤く染まりました。彼は耳の先まで熱くなるのを感じ、思わず手に持っていた小瓶を取り落としそうになります。


「ち、違う! 滅相もない! 私はただ、論理的な可能性を限界まで追求し、貴方の納得する実在を探り当てようとしただけで……! 誤解だ、断じてそのような、破廉恥な意図はない!」


学者は慌てて首を振り、知的な威厳をかなぐり捨てて言葉を乱しました。たとえスフィンクスが死の縁から自分を救い、冷気を遮ってくれている唯一の恩人、あるいは恩獣だとしても、この砂漠で永遠に人面獣身の怪物と添い遂げるなど、学問の徒として、あるいは一人の人間として、到底考えられることではありません。彼は自分の心拍数が跳ね上がるのを感じながら、必死に言葉を紡ぎました。


「私は、私を待つ記録や書物があるキャラバンに合流せねばならんのです。お前と共に砂漠で骨を埋める気など、毛頭ありません! 私が愛しているのは真理であって、砂漠の怪物ではない!」


学者の必死な、そして余裕を失った否定を聞いて、スフィンクスはまた喉を鳴らしてクククと低く笑いました。その笑い声は、先ほどまでの冷笑とは異なり、少しだけ、本当に心から楽しげに響いていました。怪物はその大きな前足の上に頭を乗せ、赤くなった学者の顔を満足そうに眺め続けました。

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