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ゴブリンはなぜ滅ばないのか

作者: 江藤ぴりか

『ゴブリンという種族について――生態・繁殖・危険性に関する基礎報告』


   序論


【王立冒険者ギルド教導局編】

【新人冒険者必読資料 第三七号】


 本書は、これから各地の辺境に赴く新人冒険者諸君のために編まれた、基礎的な魔物生態学資料である。

 中でもゴブリンは、諸君が最初に遭遇し、そして最初に「油断によって命を落とす」可能性の高い存在として知られている。


 ゴブリンは脆弱である。少なくとも、単体でみればそうである。

 体格は小さく、筋力も乏しく、装備も粗末だ。正規の兵士や熟練した冒険者から見れば、脅威と呼ぶに値しない存在だろう。


 しかし、毎年報告される殉職者のうち、一定数は必ずゴブリンによる被害で占められている。

 その多くは、「軽視」「慢心」「知識不足」に起因する。


 ゴブリンは、単なる「弱い魔物」ではない。

 彼らは、弱いがゆえに、きわめていびつで、そして危険な生存戦略を獲得した種族である。


 本書の目的は、ゴブリンを恐怖の対象として誇張することではない。

 また、英雄譚にあるような痛快な討伐譚を語ることでもない。


 目的はただひとつ。

 諸君が、生きて帰る確率を少しでも高めることである。


 そのために、本書では以下の四点について、可能な限り簡潔かつ実証的に解説する。


 一、ゴブリンの基本的な生態と行動様式。

 二、彼らの特異な繁殖形態と、それに伴う危険性。

 三、ゴブリンが示す加虐的行動の理由と、それが意味するもの。

 四、そして――ごく稀に確認される、「人語を解する個体」について。


 最初に断っておくが、これらの内容の一部は、諸君が想像しているよりも不快で、受け入れがたいものである。

 しかし、目を背けた者から死んでいく。


 それが、辺境の現実である。


 ではまず、ゴブリンという生物が、いかなる環境で、いかなる群れを作り、いかなる行動原理で生きているのか。

 そこから話を始めよう。



【第一章:ゴブリンの基本的な生態】


 一、形態

 通常のゴブリンは、およそ人間の子ども程度。

 だが、亜種の存在により、小型のものは一メートルから大型のもので四メートルまで多岐にわたる。

 体重は小型で三十キログラム。大型のもので五百キログラムにもなる。

 緑色の肌と金色の目。尖った耳に痩せた体躯に腹は膨らんでいる。



 二、生態と行動

  ・食性

 雑食性で、木の実やきのこ、昆虫や幼虫、魚や肉を食べるが、肉類を好む。

 これは草食の方が消化が難しいためである。

 また、魔力汚染地域では、他の魔物の死肉を摂取する様子も観察された。


  ・繁殖と成長

 妊娠期間は三ヶ月。

 産子数は通常一匹だが、後述する母体により最大六匹が生まれることもある。

 子は比較的よく成長した状態で生まれ、生まれたときから二本足で歩くこともある。

 性成熟は半年と短く、繁殖能力も高い。後述の第二章に詳しく記述する。


  ・社会

 群居性。

 ゴブリンのほとんどは、群れの中のリーダーを頂点としている。

 コロニーの中に強い個体が二匹以上いる場合、新しい強い個体はコロニーを出て、新しい群れを作りコロニーを形成する。

 老齢したリーダーの場合、コロニーは散開し、新しいリーダーに従うか、別の既存のコロニーに行くかの選択を迫られる。


 小柄で筋力は弱いが、繁殖力と適応力が異常に高い。

 木の棒に尖った石を縄でくくりつけた石斧や石槍。しなる木の枝とツタで作る簡素な弓など、単純な狩猟武器や道具を作ることができる。

 また、編んだ縄を使った網で〝投網漁〟をおこなったり、獣や人間用に罠を設置することもある。

 単体なら弱いが、三匹を超えると包囲行動を取る事例が報告されている。

 そして、負傷者を意図的に追跡する習性も確認されている。


 しかし、この技術の文化が継承されることはほぼなく、一代限りである。

 にもかかわらず、同様の行動は別のコロニーでも独立して観測される。

 つまりは彼らは〝学習するが、教育しない〟という奇妙な社会構造を持っている。



 三、生息域について

 魔力汚染地域や旧坑道、地下遺跡など。


 ゴブリンの多くは、人里離れた魔力汚染地域の洞窟に小規模なコロニーを形成する。

 しかし、コロニーの個体数が多くなるとより多くの餌を求め、人家のある場所に移り住む。

 最初は獣を狩るが、人家から出た生ゴミを漁るようになり、やがては人や家畜を襲うようになる。

 多くの村は、この段階でも〝まだ被害は出ていない〟という理由で駆除を怠る。


※東部辺境第七坑道における事例では、三名の新人冒険者が「一匹なら倒せる」と判断して追撃し、背後から出てきた別働の群れにより全滅している。

 そして、この種の事故は毎年必ず繰り返されている。



【第二章:なぜ他種族の女性を襲い、純ゴブリンの子が生まれるのか】


 ゴブリンの多くはおすである。

 めすが生まれる事例もあるが、繁殖能力を持たず、成体になるまでに生きられる確率は数パーセントである。

 そのため、他種族の雌を〝繁殖母体〟として利用する種族に進化したというのが通説だ。

 しかし、生まれる個体は例外なく〝純ゴブリン〟なのは、なぜだろうか。

 人間やエルフ、獣人は繁殖すると、ハーフ〇〇のように父と母の遺伝子が混ざるケースがほとんどだ。


 これはゴブリンの特異な繁殖によるものであると推測される。

 通常、卵子と精子が遺伝子を共有し、それぞれの特徴を子に継承されるのに対し、ゴブリンは卵子の遺伝子を乗っ取って、精子のみの遺伝子をいわば〝寄生〟させ、繁殖させるのだ。

 母体を完全に上書きする〝寄生型繁殖〟とでも名付けよう。


 恐ろしいことにエルフやドワーフ、獣人よりも人間がもっともゴブリンと遺伝子系列が近いため、人間の女性がこの繁殖母体として狙われやすい。

 彼らも本能で理解しているのか、こぞって人間の村を襲い、女性を連れ去り、孕み袋として序列上位の個体から繁殖させられ、子を産まされる。

 遺体の状態から推測するに、彼らは女性の手足を切断し、逃げられないようにして凌辱の限りを尽くす。


 また、次に遺伝子系列の近いエルフもまた、優秀な繁殖母体として利用する。


 獣人女性が狙われる例は稀だが、コロニーの個体を増やす目的で連れ去られるケースが存在する。

 獣の血が濃い獣人であれば、生まれてくる子どもは少なくとも二匹、多くて六匹になり、母体として数を増やすのに適切であるため、十匹規模のコロニーでよく見受けられる。


 この方式は、個体数を急激に増やすという点において、他のどの繁殖戦略よりも効率的である。

 したがって、女性を含む少人数パーティでのゴブリン討伐は、原則として推奨されない。


 本章の結論は、必然的に倫理の問題へと接続される。

 果たしてこの繁殖は「悪」なのか。

 あるいは「そういう種」なのか。

 人間は本当に彼らを根絶やしにすべきなのか?

 第三章にて論じる。



【第三章:ゴブリンの加虐性と共存について】


 我々が冒険者パーティに同行し、観測に三年もの歳月を費やし、冒険者による聞き取り調査を重ねた結果、ゴブリンの加虐性と共存の可能性について記す。


『事例・銀狼の爪撃との調査』

 冒険者パーティ「銀狼の爪撃」という高位ランクのパーティと共にゴブリン討伐に赴いた時のことだ。

 月のない夜。

 ゴブリンは周囲に落とし穴を数カ所掘り、木と木のあいだに縄を張り、鳴子のような仕掛けや網に捕らえるといった罠を設置していた。

 ゴブリン狩りに精通していた銀狼の爪撃は、この罠を即座に解除し、ゴブリンの住む洞窟にまでたどり着いた。


 ランタンの火は消し、暗闇に慣れることからはじめる。

 弓職の一人が洞窟入口の門番二匹を急撃し、偵察隊がいないか確認をする。

 しばらく観察をし、外にゴブリンがいないことを知ると、私たちは洞窟内に潜入した。


 すると奥で、数匹のゴブリンが村の若者を痛ぶり、反応を楽しんでいた。

 彼らは耳障りな声で足や腕を執拗に槍で刺し、若者が声を上げる度に笑い声のような鳴き声を発していた。

 私は、壊れにくい個体を選別している可能性を推測する。

 前衛の剣士は短剣でゴブリン三匹を奇襲し、後衛の魔法使いが若者の手当てを担当する。


 洞窟は入り組んでおり、来た道を戻り分かれ道に戻る。

 もう片方の道に進むと、また分かれ道になっていた。

 銀狼の爪撃のレンジャーは左の道に血の匂いがするという。

 私たちは左の道に進むことにした。

 この道の奥には手足を切断された人間の女性が数名、裸でぞんざいに置かれていた。みな、腹は膨らんで、妊娠中であることが分かる。

 私たちを見ても悲鳴も助けも乞わない。死んだ魚の眼で私たちを見上げていた。

 奥にキラリと光るものがあり、剣士と弓職が即座に反応する。

 監視をしていたゴブリン二匹が私たちを襲おうとしたのだが、二人のお陰で、間一髪倒すことができた。


 しかし、侵入者がいると察知したコロニーのリーダー、ホブゴブリンが私たちの元へとやってきた。

 魔法使いが詠唱し、防御魔法を展開する。

 弓職が距離を取って、こちらに向かう群れを一匹ずつ倒していく。

 剣士は盾と短剣で応戦し、ホブゴブリンの喉を掻き切りリーダーの討伐を成功させた。


 仕事はリーダーの討伐だけではない。巣の殲滅である。

 私たちは残党をあぶり出すため、分かれ道に戻り、リーダーの居住区をくまなく探索する。

 奥にはゴブリンの子どもや、弱い個体がいたのでこれも掃討し、可燃性の油を撒いた後、洞窟の入口で火をつけた。

 まだ残りのゴブリンがいたようなので、防御魔法で洞窟内に閉じ込め、火あぶりにした。

 しぶとく息のあるものは、剣士がゴブリンの喉に刃を立て、鎮火を待ってから回収した。


 こうしてゴブリン討伐の依頼は達成された。

 私はこの光景に、もはや何も感じなくなっていた。

 それでも記録者として、書かなければならない。


 この事例から分かる通り、ゴブリンは必要以上に対象を傷つけ、人間の恐怖反応を面白がる傾向がある。

 そして、捕虜である女性を弄ぶ傾向も分かっただろう。



『仮説』

 これは単なる嗜虐しぎゃくではない。

 ゴブリンは「敵対種族を繁殖資源としてしか認識できない」ように進化している。

 恐怖・抵抗・絶望を「支配の確認」として必要とする。



『所感』

 加虐性は「文化」ではなく「本能」である。

 つまり、教育や和解で解決できる問題ではない。

 人語を解する亜種は存在するが、話で解決されることはない。(第四章にて後述)



『結論』

 したがって、ゴブリンとの恒常的な共存は理論上、不可能であると言える。


 共存は不可能である。残るは管理か、殲滅か、あるいは――見て見ぬふりか。



【第四章:人語を解するゴブリンの上位種について】


 ここではゴブリンの亜種とも言える上位種のゴブリンキングとの邂逅を記したいと思う。


 全盛期には百を超える数のゴブリンを率いてきたというこの個体は、老齢で、群れも散り散りになって衰弱していた。

 彼が言うには自分のように人語を操る個体はキングの他、ホブゴブリンがいるという。

 小規模なコロニーのリーダーになるゴブリンリーダー、ゴブリンシャーマン、ゴブリンプリーストは独自の言語体系を持ち、他のコロニーとの縄張り争いをすると語った。


 以下、それぞれの特徴を記す。


『ゴブリンキング』

 最上位個体。

 コロニーの規模は百を超え、この個体の下にホブゴブリンやゴブリンシャーマン、ゴブリンプリーストを従える場合もある。

 人語を解し、時に人間に命乞いをする時もあるが、それは油断を誘うためだという。


『ホブゴブリン』

 上位個体。

 先述の章に登場した個体だが、こちらも人語を操る。

 しかし、キングほどの知性はなく、人間と交渉するすべを知らない。

 いたずらに人間を襲い、加虐を楽しむ傾向あり。


『ゴブリンリーダー』

 上位個体。

 コロニーの規模は五十以下。

 独自の言語体系を持ち、下位個体に餌の調達や武器などの作成を指示する。


『ゴブリンシャーマン』

 中位個体。

 この個体の特徴は、他のゴブリンと違い魔法を操る点である。

 ゴブリンの多くは物理攻撃を主とするが、シャーマンとなる個体は魔力を帯びて生まれてくる。

 その多くは魔法適正の高い母体から生まれる。


『ゴブリンプリースト』

 中位個体。

 シャーマンと似るが、こちらは邪神の信仰により奇跡を発動できる個体。

 邪神の名は「テオリア神」。

 彼らは神の信徒というよりは、自分こそが神だと信じている節がある。



 老齢のゴブリンキングは、私の取材に対してこう語った。


「我々は人間を家畜としてではなく、畑として見ている。人間の悲鳴が我々の最高の調味料である」


 この論文をゴブリンへの理解を深めてもらうため、執筆してほしいと言い、死んでいった。


 彼らは文明ではなく、生態系として存在している。

 ゆえに、根絶は思想ではなく、地形と同じ問題になる。



     結論


 ゴブリンは理解できる存在である。

 しかし、理解したからといって、許容できる存在ではない。

 私は、これを書き終えたあとも、しばらく肉を食べられなかった。


 知性は必ずしも和解のために存在するものではない。



     謝辞


 本論文の作成にあたり、多くの方々にご指導ご鞭撻を賜りました。


 王立冒険者ギルド教導局長クレス・コッソフ氏には終始適切なご指導を賜りました。ここに深謝の意を表します。


 本研究の遂行にあたり、快く協力いただいた冒険者の皆様に、感謝します。


 最後に、魔物研究室の皆様には、本研究の遂行にあたり多大なご助言、ご協力を頂きました。ここに謝意を表します。


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