敵
アマゾナイトノベルズ様より2026年1月6日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
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足元の落ち葉が激しく舞い上がり、枝を払う音と息遣いだけが山に響いていた。下りの山道は湿って滑りやすく、苔むした岩や露出した根が容赦なく行く手を阻む。
トツィギ兵の集団に気づかれたセオンとアルカには息を切らしながらもうしろを振り返る余裕はなく、ただ必死に山道を駆け下りていた。
背後からは折れた枝の音が追いかけてきて、穏やかだった木漏れ日すら緊張をはらんで揺れている。
逃げ道は細く、わずかな踏み外しさえ命取りとなる状況で二人の血の気は引いていた。
「ダメだセオン、追いつかれる! 戦おう!」
「バカ言わないでよ! 素人が武器もなしに兵士に敵うわけないでしょ! 逆にこっちは慣れた山道なんだ、逃げに徹すれば道はあるっ!」
「でもよぉっ! 山を降りたらどうすんだ!? 相手は大人だぞっ!」
「だから今それを考えながら逃げてるんだよ!」
「くっそぉ! 考えたって答えなんか出る状況じゃねーだろー!」
「それでも何か! 何か手を考えるんだ! 地の利! 僕たちが今、あの人たちより有利に使えるのは見知った地形しかない!」
「地形って! 待ち伏せするにしたって相手はこっちの位置を探る原創術を使うんだぞ!」
「じゃあそれ以外の方法は!?」
「それ以外って! 土砂崩れでも狙うつもりかよっ!」
「そんなの狙ってもできないって!」
「じゃあ岩でも転がすってのか!」
「こっちが下を走ってる状況で!?」
「でもほかにもう何も浮かばねーよ!」
「じゃあやっぱり逃げるしかないじゃないか!」
「くそーっ!」
セオンたちは必死にもと来た坂道を駆ける。
やがて見覚えのある両側が高い岩に挟まれた細い道に二人が差し掛かったときだった。
「待てお前ら!」
セオンたちの前方、その岩の裂け目の終端にトツィギ兵の二人が先回りして現れたのだった。
「うっ! 回り込まれたっ!」
「どうすんだよセオン! うしろからも二人! 道をふさがれた! もう逃げられねぇぞ!」
前後には明らかな敵意を放つトツィギ兵、左右には高い岩壁。どこにも逃げ場のない状況にセオンとアルカは背中合わせで行き詰った。
「なんだ、グンマーの少年たちか……だがすまないな。心苦しいがこちらにも事情があって、理由を話すことも、生かして返すこともできんのだ」
トツィギ兵たちは武器を握る手を少しも緩めずに二人との距離を詰めていた。
「仕方ねぇ……イチかバチか、前かうしろ、どっちかを倒して強引に突破するか?」
アルカの頬を冷や汗が伝う。
「だから! 武器を持った兵士を相手に僕たちが敵うわけないでしょ!」
セオンが無鉄砲なアルカを叱る口調にも余裕がない。
そうしている間にもトツィギ兵は慎重な姿勢でジリジリと二人との距離を縮めていた。
「くそ……何か武器が……そうだセオン! アカギからもらったナイフは!?」
「槍のリーチに敵うわけないでしょ!」
「投げりゃあいいだろ!」
「それじゃあいいとこ当たって一人でしょ!」
「じゃあどうすんだよ!」
「ちょっと待って! 今考えてるから!」
「さっきまで考えてきて何も思い浮かばなかっただろ!」
詰め寄るアルカに気圧されながらセオンは少しよろけ、すぐ脇にあった岩肌に手をついた。
そのときだった。
セオンの目は何か妙案をひらめいたとばかりに見開かれていた。
「ど、どうしたセオン……何かいい案を思いついたのか!?」
「う、うん……たった今、石の声が聞こえたんだ……」
「は、はぁ!? お、お前、今この状況でそんな……」
「いいから聞いてアルカ!」
「お、おう……悪い、ふざけてる場合じゃねーもんな……わかったよ。それじゃあ早いところ教えてくれ。俺はいったい何をしたらいいんだ?」
「簡単に説明するよ……石の声を、僕を信じてね……?」
そしてセオンはアルカと背中合わせになったまま、小さな声でその作戦を伝えたのだった。
それを聞いてアルカは一時は呆然としたものの、すぐに引き締まった表情に戻り、その作戦の要を後ろ手に受け取る。その目には一点の迷いもなく、前方からにじり寄るトツィギ兵を厳しく睨んでいた。
「タイミングを合わせて、二人同時にいくよアルカ」
「ああ、わかってる……でもまだだ。落ち着いて敵を引きつけろよ……」
「うん。そろそろ……いくよ?」
そう言葉を交わしながらタイミングを計り、それぞれが利き手に握った物にありったけの力を込め始めていた。そして迫り来る前後のトツィギ兵の位置を背中合わせになってお互いに計りながら、どちらからともなくカウントダウンを始める。
「「5・4・3・2・1……いっけぇ!」」
そしてセオンもアルカも同時に、それぞれがお互いの前面に向かって、込められる限りの原始力を込めた『石』を投げたのだった。その石とは、山を登っている途中でセオンが集めていたなんの変哲もない普通の小石である。だが、セオンとアルカが原始力を込めることによってはるかに威力の増したその石は、両端から迫り来るトツィギ兵の頭上にあった岩へとそれぞれぶつかり、的確に急所をとらえたとばかりにその岩を砕くに至った。
「なっ!」
「ウソだろっ!?」
セオンたちが砕いた岩が頭上から落下してくる状況に気づいた両端のトツィギ兵はすぐに道を引き返そうとするが間に合わず、ガラガラと大きな音を立てて崩れてくる岩の下敷きとなって潰れる。
一瞬の出来事ではあったが、セオンたちの作戦は状況を一瞬でひっくり返す成果を上げたのだった。
辺りが静まり返るのを待って、体中の力が抜け落ちるようにアルカがその腰を地面に落とした。
「やった……んだよな?」
「追撃はないし……たぶん、なんとかなったんだと思う」
「マジか……助かったのか……殺されるかと思ったぜ……」
アルカはそのまま姿勢を正し、セオンに向かって深く頭を下げた。
「セオン。今まで疑っててスマン……今回ばかりは石の声ってやつに助けられたぜ」
セオンは困ったようにはにかみながら答える。
「べ、別にいいよ。ちゃんと信じてくれたからこそ、こうして助かったわけだしさ」
「それにしてもセオンの作戦を聞いたときは驚いたよ……あの亀裂に原始石をまとわせた石を当てれば崩落する、だもんな……そんなもん、あの状況で冷静に見極められるわけなんかねーぜ」
「そうだよね……僕もあそこで石の声が聞こえなかったら気づかなかったよ」
「とにかく、助かった……助かったぁ……」
アルカはそのままさらに脱力して横に倒れ込んでしまった。
「でも安心するのはまだ早いよ。この辺りにはまだほかのトツィギ兵が潜んでいる可能性だってあるんだ……早くこの場は立ち去ったほうがいいだろうね」
「ウソだろ~……? 俺、生きた心地がしねーよー」
泣きそうな顔をしているアルカに苦笑いを向けながら、セオンは淡々と岩の下敷きとなったトツィギ兵たちの周辺を調べ始めていた。
「なにやってんだよセオン。早くグリンシーに帰って報告するんだろ……? 俺はもうこんなところにいるのは一秒だって嫌だぜ!」
「わかってる。僕だってできることなら早くこの場を離れたいよ……でもさ、帰って報告するにしたって僕たちは奴隷なんだよ? 身体一つで報告するより、トツィギ兵が身に着けていた服や槍を持って帰ったほうが説得力が増すじゃないか」
「マジかよ……この期に及んでさえ俺たち奴隷の信用問題かよ……」
アルカは悔しそうに頭を抱え込んだが、やがて吹っ切れたように起き上がり、セオンと一緒に敵兵の証拠となる物品を物色し始めた。
夕日が差し込む山道は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
木々の間を抜ける風は冷たく、土の匂いと崩れた岩の埃がまだ空気に混じっているような気さえする。セオンとアルカは無言のまま、ほつれた息を整えながら下り坂をゆっくりと歩いていた。
遠くにグリンシーの赤い屋根が見え始めると、そこでアルカが小さく息をついてようやく笑みらしいものを浮かべる。そして手に持った戦利品の槍を子どものように振るうと、誇らしげに胸を張ってみせた。
「俺たちさ、考えてみれば敵兵をやっつけたんだよな?」
ただ、それを聞いて返ってきたセオンの冷たい視線を受けて静かになった。
「……アルカ。それって誰の敵?」
「すまん……ちょっと元気に振る舞おうとしただけなんだ」
「大丈夫、ちゃんとわかってるよ」
「だがよ、それを言ったらあいつらも俺たちを殺そうとしていただろ」
「だよね。だから僕もあれは仕方がなかったと思うことにしたよ」
「ああ……喜ぶようなことじゃないけど、俺たちは悪くない。むしろ、グンマーのためにはなったはずだろ?」
「でも、生まれ故郷には弓を引いたことになるよね」
「くそっ……最悪な気分だ……」
「結局のところ、何が正しいかなんてまだ僕たちにはわからないんだよ」
「俺たちがまだガキすぎるってか」
「どうだろうね……それすらも僕にはわからないや……どうしたんだろう? みんなをまとめてくれるアカギがいなくなってから、おかしくなっちゃったのかな……?」
「やめろよ! 俺たちだっていつまでもアカギに頼ってばかりじゃねぇ」
「だけどさ……なんかこう、上手く言えないんだけど、最近、あんまりいいことがないからかな……なにかほかにも悪いことが起きそうな気がしちゃうんだよね……」
「おいおい! 縁起でもないことを言うなって!」
そんなふうに肩を落としながら歩く二人の目に、さらに見慣れぬ風景が映し出された。
それは列をなしてグリンシーの集落に入っていく兵士の群れだった。何人かの兵だけが馬にまたがり、その他大勢の兵は憔悴しきった表情で足を引きずっている。
「お、おいセオン、なんだよあれ……まるで敗残兵じゃねーか……」
「南東の方角から村へ入っていったってことは……キーリュから来たってことじゃないか!」
セオンとアルカは顔を見合わせるなり、次の瞬間にはグリンシーに向けて駆けだしていた。
「なんでキーリュから兵が逃げ帰ってくるんだよっ!」
「アカギは!? アカギは無事なんだよねっ!?」
二人の表情は焦燥にまみれていた。
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拙作『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
2026年1月6日 アマゾナイトノベルズさま より電子書籍化です!
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