戦火の予兆
アマゾナイトノベルズ様より2026年1月6日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
私の作品が電子書籍化しました!
下のほうにリンク貼っておきますので、応援よろしくお願いいたします!
楽しいピクニックを終えたセオンたち五人は食後の軽い運動を兼ねるようにグリンシーまで続く草原の道をゆっくりと歩いて帰った。
昼下がりの陽射しに包まれたグリンシーの村は、どこか懐かしい温もりをたたえていた。
なだらかな丘に沿って木造の家々が立ち並び、赤茶けた屋根が風にきらめく。畑では年配の男が鍬を振るい、その脇を子どもたちが走り抜けていく。干された洗濯物が風に揺れ、遠くでは牛の鳴き声がのんびりと響いていた。
空はどこまでも青く、雲ひとつない午後の静けさが村全体を優しく包んでいる。
そしてそんな村の入り口までたどり着いた頃、アルカが切り出す。
「それじゃ、俺とセオンはまた午後のグルグル回しに戻るぜ」
「うへぇ……嫌になっちゃうなぁ……」
肩を落とすセオンを諭すようにアカギが意地の悪い声で言う。
「ほ~う? それならセオンも狩りをしたいようですとオレから先輩に話をしておこうか?」
「や、やめてよアカギ! ちゃんと働くってば!」
慌てて引き止めるセオンを見て一同は笑った。
「それじゃあ私たちは編み物ね、ナトリ」
「うんっ! ハルナお姉ちゃん」
女性たちは顔を見合って仲よさげに微笑み合う。その様子はまるで本当の姉妹のようだ。
「ん? ナトリの午後の予定は植物採集じゃなかったのか?」
アカギが問う。
「いいのいいの。私ひとりで編み物してたってつまらないんだもの。今日はナトリに付き合ってもらうことにしたんだから」
「そういうことか」
ハルナが答え、アカギは納得したように頷いた。
「ついでに、ナトリにはさっきセオンと二人で何を話していたのか、ちゃあんと白状してもらわないと!」
「あっ! ハルナお姉ちゃんそれはズルいっ!」
「だめだめぇ。私たちの間で隠しごとなんてできないんだから。ゆっくり編み物でもしながら、じぃっくりと聞かせてもらっちゃおうかなぁ?」
「わああっ! セオン助けてぇ! さっそくハルナお姉ちゃんに聞かれちゃうぅ~!」
そんなふうにナトリが取り乱しながら村の入り口の門を潜ろうとしていたときだった。
「ん? なんだあの砂埃……風で巻き上がった自然のものじゃないぞ……?」
アカギがふと振り向いたその草原の先、地平線のさらにその先では何やら不穏な砂埃が立ち昇っていた。
「なんだろう……トツィギが攻めて来たってわけじゃないんだろうけど……」
セオンが背伸びをしながら額に手をかざしてそれを見ようとする。
「方角からして違うぜセオン。あれはグンマーの内地の方角だ」
「ということは、おそらくあれはグンマー軍の行進によるものだろうな」
アルカとアカギがやや神妙な声で言った。
「どうして軍がこんなところに?」
ナトリが心配そうな声を上げる。
「軍がここを通るとすれば南東のキーリュへ向かっているんだろう……あそこはトツィギとの県境だからな、もしかしたらまた戦線が緊張しているのかもしれん」
アカギが冷静に述べ、ナトリは驚く。
「せ、戦争!?」
「そうかもしれん……しかもこのグリンシーを通っていこうというんだ、もしかしたらこの村からも徴兵されるかもな」
「ちょ、徴兵!? やだよっ! セオンもアルカも、アカギも戦争なんか行かないよね!? アタシ、みんなには戦争なんか行ってほしくない!」
「落ち着けってナトリ! 俺たちが行く訳ないだろ? なんせこっちは元々トツィギの人間だったんだぜ? それなのにどうしてトツィギと戦うって言うんだよ」
「だ、だって……」
ナトリはハルナへ控えめに視線を送った。
「ううん? 私はみんなにそんなことを強要するつもりはないわ? 私にとってみんなはかけがえのない、大切な友達だもの」
ナトリの視線に応えるようにハルナは言った。
「そう、だよね……? よかった……戦争なんて、しなくてもいいんだよね……?」
それでもなお不安げに言うナトリに対してアルカが冗談めかして笑おうとしたがすぐに黙った。セオンも慌てて言葉を続けようと顔を上げたものの、それが声になることはなかった。
やがて草原の向こう、揺れる陽炎の先に小さな点のような影が見え始める。それは列をなした兵の群れであり、陽光を鈍く滲ませる土煙のなかを威風堂々と歩んでいた。
不穏な行軍の足音とともに、穏やかな生活を終わらせるかのように不気味な風を運びながら。
◇
セオンとアルカ、アカギの三人が寝泊まりする部屋は石壁と木の梁がむき出しの簡素な部屋だった。窓は小さく、わずかな光が天井の隙間から射し込みんでいる。敷き藁が三つ並び、壁際に削れた木の水桶と木皿が置かれているだけの空間だ。
その夜、壁に掛けられた燭台の火が三人の影を揺らしていた。
「なんで! なんでアカギが徴兵されてんだよっ!」
アルカの怒った声が響く。
「こんなのおっかしいだろ! 俺たちは元々トツィギの人間だぞ!? それなのに、なんで俺たちがトツィギと戦うようなことになってんだよ!」
アルカは拳を握りしめて震えていた。
「いいんだアルカ。これはオレが前々から考えていたことなんだ」
アカギはアルカをなだめるように冷静に言った。
「そんなわけあるかよ! アカギだって、前は故郷に帰りたいと言ってたじゃねーか!」
「それはそうだが、オレも大人になって考えが変わったんだ。ここの人たちはみんなオレたちによくしてくれた。ここグリンシーは第二の故郷みたいなものだ……それはお前たちにとっても同じじゃないのか?」
「そりゃ……! そうだけどよ……」
アルカは舌打ちをしながら顔をアカギから背けた。
「納得いかねぇ! 俺は納得いかねぇ!」
アルカはふて寝をするように敷き藁に寝転がり、二人に背を向けた。
対立する二人を心配そうに見ながらセオンも口を開く。
「ねぇアカギ。もしかしてだけど……僕たち奴隷は命令をされたら逆らえないのかな……?」
そのひとことに冷静だったアカギもハッした顔を見せる。
「それは違う! それは断じて違うぞセオン。オレは自ら選択して徴兵に応じたんだ!」
「本当はそう言えって、命令されているだけなんだよね?」
「違う。違うんだ聞いてくれセオン!」
いつにもなく焦った様子でアカギはセオンを説き伏そうとしていた。
「ひとまずわかったよ……今のアカギには何を言っても同じ答えしか返ってこない」
「本当に違うんだセオン……オレは……」
「そうなっちゃうんだ……命令されたら、いずれ僕たちも同じように……」
「違う! オレは命令なんかされていない! ハルナだってそんなことはしないと言っていたのをお前たちだって聞いていただろう!」
「だけど僕たちは奴隷なんだ……ハル姉が命令しなくても、ハル姉のお父さんやお母さんが命じるだけで僕たちに抗う術はないじゃないか。たとえ故郷の人間と戦うよう命じられても」
「やめろ。違うんだよ……オレには、守りたいものが……」
「守りたいものって、ハル姉のこと?」
セオンはアカギが身に着けていた首飾りを見て言った。奴隷には似つかわしくない高価な勾玉が三つもあしらわれたそのシンプルな首飾りは、今日の昼、五人でピクニックに出かけたときには身に着けていなかったものだ。
「その首飾り……やっぱり、アカギとハル姉は……」
セオンの言葉には少しの悔しさが滲んでいた。
「ハルナだけじゃない……お前たちのことだって同じくらい、オレは守りたいんだ」
セオンの言葉を遮りつつ答えを濁すようにアカギは言った。
「……もしかしてだけどさ? ハル姉は貴族なんだ。でもアカギは僕たちと同じ奴隷だろ?」
「やめろ」
言葉を遮るようにアカギは言ったが、セオンはそのまま言葉を続けた。
「僕の勝手な想像かもしれないけど、例えばハル姉が奴隷のアカギと仲良くするのを見たご両親が二人を引き裂こうとしてさ……」
「やめろって言ってるだろ!」
そんなふうにアカギが叫ぶのは初めてのことだった。仲間たちの前ではいつも冷静で取り乱すことのない頼りがいのある性格。そんなアカギが怒声でもって抑えつけにきたのでセオンはたちまちに言葉を失ってしまった。
「……すまん。つい怒鳴ってしまった。だが、もうやめてくれないか。このことは本当にオレが自分で決めたことなんだ」
「う、うん……珍しくアカギが怒鳴ったから驚いちゃったけど、僕は平気だよ……それに、アカギが困るなら、もう僕も変なことは言わない」
セオンは自信なさげに視線を泳がせながら言った。
「……でも、僕もアルカと同じく納得はしない。……だけど、それでも、もう僕たちにどうこうできる状況じゃないってことだけは、よくわかったよ」
セオンは力なく首を横に振ってうなだれた。
「だけど教えて。……ハル姉はこのことを知ってるの? どう思ってるの?」
「ハルナには……すまん」
アカギは目を瞑って口を閉ざしただけだった。
「そっか」
セオンもそれだけを口にして、また部屋には沈黙が訪れたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
拙作『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
2026年1月6日 アマゾナイトノベルズさま より電子書籍化です!
下のほうに表紙とリンク貼っておきますね!
よろしくおねがいします!










