ワラタセ渓谷
アマゾナイトノベルズ様より2026年1月6日配信開始!
『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
私の作品が電子書籍化しました!
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セオンたちはやがて無言になって歩くようになり、穏やかな傾斜は岩肌の粗い山道へと変わり始める。うっそうとした背の高い樹木が増え、森のような景色へと変わることで夕日は徐々に弱くなり、乾いた道には野生動物の足跡が点々と見えるようになっていた。
日が山の端に沈むころ、セオンたちは小さな岩陰に腰を下ろし、今夜の野宿の支度を始めていた。山風は冷たく焚き火の小さな炎が心細く揺れる。アルカは手際よく持ち運び用の小鍋に水を汲み、乾燥野菜と少量の干し肉、そして不思議な香辛料の小瓶を取り出した。
「今日は夕食はアルカ様特製のカレーだぜ! ここでしっかり栄養をとって、明日も一日元気に頑張ろうぜ!」
「やったぁ! 僕、アルカのカレー大好きなんだ!」
「アタシも! ほかは不器用なくせにカレーだけは不思議とアルカに敵わないのよね~」
「へへっ! どうやら俺には天性のカレーの才能が備わっているようだな!」
「あはっ。アルカってば変な天性~」
「じゃあ僕はその間、お肉になるような獣でも探してこようかな~」
「あはっ。セオン一人で大丈夫~?」
ナトリは呑気に笑って二人をからかっていた。
「だ、大丈夫だよ! それよりナトリは? これからはみんなで協力しあうんでしょ? 僕たちだけ働かせるのはズルいよ!」
「そうだぜそうだぜ!」
「あれぇ? そんなこと言って、二人ともアタシより上手に原創術が使えるのかなぁ? 水の原創術でお鍋に水を出して、土の原創術でかまどはバッチリ。火の原創術でコトコト弱火をキープして、風の原創術で食材は食べやすくスパパパパーン!」
「「はい……ごめんなさい……」」
男子二名はあっさりと敗北宣言をして夕食の準備に取り掛かる。
そんな笑顔がこぼれるような雰囲気のなかで初日の夜が始まった。
くつくつと煮える鍋にスプーンでとろみを加えるアルカの横で、ナトリはほっとしたように目を細めていた。セオンは山の稜線に残る最後の陽光を見上げながら、どこか懐かしい匂いに胸が温かくなるのを感じていた。
戦火から逃れたばかりの三人にとって、その一杯のカレーは世界に自分たちの居場所がまだあることを教えてくれる灯のようだった。
夜が明けてセオンたち三人が再び北東へ向けて歩き始めると、崩れ落ちた岩肌の間を清流が走る神秘的な景観が見え始めた。両岸には苔むした巨岩が折り重なり、ところどころから細い滝が垂れている。水は透きとおり、底の小石や泳ぐ魚の影までもがはっきりと見えた。
頭上では木々の枝葉が天蓋のように張り出し、木漏れ日が揺れる光となって水面に踊る。
風が吹けば渓谷を通る涼やかな音が耳をくすぐり、遠くには野鳥のさえずりが柔らかく響いていた。
雄大な自然がきらめく緑のなか、三人は心を洗われる思いで歩みを進めていた。
「すっごくキレイなところだねぇ! グリンシーの外れにはこんなところがあったんだぁ!」
弾むように先を歩いていたナトリがクルリと二人を振り返って言った。
「ここはたぶん、ワラタセ渓谷っていうところかな? 僕も聞いた話しか知らないんだけど」
「ずいぶん山奥に来たせいか、生息する魔物も強くなってきて困るぜ……」
「僕にはもう、クローモンキーが可愛く見えるようになってきたよ」
「へへっ。セオンもようやくビビらずに戦えるようになってきたってところだな」
セオンを励ますように肩をぶつけてアルカは微笑んだ。
「いきなり命懸けの実戦を繰り返してきたら、そうもなるよ……」
「ま、俺たちがケガを恐れずガッツリ戦えるのはナトリの回復原創術のおかげだけどな」
道中はそれほど緊張感もなく進んでいた。
「あっ! セオン、アルカ、見てみて! 小川に魚の影がいっぱい! 食べられるかなぁ?」
「あれはたぶんアユランターって魚型の魔物だぜ。たしかに美味いんだけど、集団でまとまって原創術を放ってくるから厄介なんだってアカギが言ってたっけ」
嬉しそうにはしゃぐナトリをアルカの現実的な解説が打ち砕く。
「なんで魚まで魔物なのよー!」
「あと、さっきからこの辺り、ドロヌマシシの足跡が目立つから二人とも気をつけろよ」
「ドロヌマシシって、こちらを見つけ次第、猪突猛進してくる巨体の魔物でしょ……?」
セオンの顔が少し青くなった。
「そうそう……って、危ねぇセオン!」
急に語気を荒げたアルカがセオンの顔ギリギリの距離を槍で突いていた。そのうしろの大木に突きつけられた切っ先には体長約二メートルほどの蛇型モンスターが刺さっている。
「ふぅ……ブルージェネラルスネークだ。セオン、気をつけろよ?」
「う、うん……ありがとうアルカ」
「いいってことよ。この蛇、焼いて食うと美味いしな」
アルカは笑って事切れた蛇を手に取った。
「アルカ、こういうときは頼りになるなぁ……」
「そうね。アルカは体格もいいから、将来の戦士候補として何度か狩りに同行してたこともあったみたい」
「アルカは戦闘が得意、ナトリは原創術が得意……いいなぁ……」
「なぁに言ってんの! セオンだっていざとなったら草津グリーンなんでしょ?」
「だけどさ……あれ、まだ僕自身が弱っちいせいか、すぐ疲れちゃうんだよね……」
「ま、いいんじゃねーの? セオンは俺たちの切り札さ。いざってときに使えるよう温存しておくってものアリだぜ? そのぶん、平常時は普通の槍で頑張るようだけどな」
「そうだね。もっと僕自身が強くならないとだなぁ……」
セオンはぼんやりと呟きながら歩いた。
やがて一行は湿地帯に差し掛かった。さらに進むと深い緑に囲まれた山々にひっそりと水をたたえる湖に繋がる。かつて人の手で作られた人工湖であったのか、護岸にはわずかなコンクリート片が風化しながらも散在している。それらは崩れ落ちてからどれほどの年月を経たのであろうか、湖畔には苔や蔦が這い、原初の静けさに飲み込まれていた。
「これなんだろう……? 泥? 石? セオン、これなんだかわかる?」
ナトリがそう言って手に取った欠片は風化が酷く簡単にボロボロと砕け散る。
「たぶんだけどコンクリートっていうものだと思うよ。大昔は小さな石や砂を人工的に固めて、大きくて丈夫な壁を作って水をせき止めたりしていたんだって」
「へぇ~。こんなにボロボロと崩れるもので良くそんなことしようと思ったね」
「それは長い年月で風化したからで、元はすっごく丈夫だったんじゃないかなぁ」
「それじゃあさ。もしセオンが石の声を集めて、大昔の技術を再現できたらアタシたちの生活は今よりもっともっと便利になるのかなぁ?」
「そうかもね……でも、そのためにはまず、グンマーもトツィギも戦争をしなくてもいいようにしないと」
「そうだねぇ」
そんなふうに話しながらセオンとナトリが歩いていると、少し前方にいたアルカが急に歩みを止めた。
「二人とも静かに! ……困ったぞ。前方にリザードマンの群れだ」
「「リザードマン!?」」
セオンとナトリは身体を震わせた。そして三人はすぐに草陰に身を隠す。
ぬかるんだ湿地のなか、リザードマンの群れが腰まで水に浸かりながら音もなく進んでいた。鱗に覆われた身体は泥にまみれ、湿った苔や蔦の影と同化するように身を潜めている者もいる。鋭い黄眼が獲物を狙い、長い尾を静かに振って水面の波紋を消す。手には荒削りの骨槍を握り、仲間とアイコンタクトだけで連携を取るその姿はまさに湿地の捕食者といった風格だった。
「くそぅ……リザードマンは厄介だ。人間同等の体格に高い身体能力、魔物にしては知能も高く、仲間と連携するし武器も使うからな……見つかって集団で襲われたら、俺たち三人じゃ危険かもしれない」
「どうする? 迂回する?」
セオンが心配そうにアルカに尋ねる。
「そうするしかないな……沼地で奴らと戦うのは条件が悪すぎる」
「もー! なんでこんなところにリザードマンがいるのよー!」
三人は不満を漏らしながらも山道を迂回するかたちで湿地帯を越えていく。
「仕方ないよナトリ。彼らだって水のあるところにしか住めないんだ……ここは元々リザードマンが住んでた土地だったんだよ。僕たちは招かれざる客さ」
「安心しろナトリ。リザードマンは俺たちが無闇やたらに縄張りに侵入しなければそう滅多に攻撃してこないはずだ……向こうだってこっちが恐いはずだしな」
「それはそれでいいんだけどぉ……」
ナトリはため息を一つ。
「アタシたちどうしてこんなところ通ってるんだろ……」
「そりゃあ、正規のルートを通ったら何と遭遇するかわかったもんじゃねーからな」
「うぅ……何とって、どうせトツィギ兵のことでしょ……? アタシたち、どうして人間とも魔物とも戦わなきゃならないのぉ……?」
ナトリは泣きそうな顔で肩を落としていた。
そうして山道を進むうち、またアルカが口を開く。
「なぁセオン。思ったんだが、どうせ山道を強引に進むならこのまま関所を通らねーで強行突破するのもアリなんじゃねーか?」
「それ! 実はアタシも同じこと考えた」
ナトリもそれに賛同し、二人の視線はセオンに向かった。
「たしかにね……僕たちは身体一つで自分を証明するものを何も持っていない。だから僕も関所を通してもらえなければそうするしかないと思ってたんだけどさ」
「「思って、た?」」
アルカとナトリは首を傾げた。
「うん。だけどここに来るまでもずっと気になってたんだ。だって、グリンシーに攻めてきたトツィギ兵は北東から来たんでしょ? そうしたら普通はグンマー側の関所も通ってくることになると思うんだよね」
「たしかに。県境にはグンマー側の関所とトツィギ側の関所があるはずだからな」
「それってもしかして、グンマー側の関所がトツィギ側に破られたかもしれないってこと?」
「そう。グンマー側の関所は一応まだグリンシーの領地内だから、僕たちの村からも派遣されている人がいるはずなんだ」
「あぁ……そういえば近所のナガラおばさんの旦那が門番やってるはずだぜ」
「ダンベーおじさんね! アタシも小さい頃けっこうお世話になったなぁ~」
「うん……グリンシーのみんなは、奴隷の僕たちにもよくしてくれたからさ……」
「そっか……セオンは関所にいたグリンシーの人たちが心配なんだね……?」
「うん……もちろんすでに手遅れかもしれないし、トツィギ兵によって制圧でもされていたら僕たちじゃ手も足も出ないのはわかってるんだけどさ……」
「なはは……それを聞いちまったら、さすがに俺も素通りはできねーな」
「そうだね……遠くから様子を見てから決めよっか」
三人は頷き合って再び県境の関所を目指して進み始めた。
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拙作『現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる』
2026年1月6日 アマゾナイトノベルズさま より電子書籍化です!
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