表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第2話 三つ首反抗期で町が大混乱!?

朝のパン屋。

焼きたての香りが町中に漂い、扉を開けば行列ができている。


「お待たせしました! 本日おすすめの蜂蜜パンです!」

母が笑顔でトレーを差し出すと、客たちの顔もほころぶ。


だが、その笑顔は一瞬で凍りついた。


「ぎゃうー!」「ばぶー!」「わふー!」

三つ首の犬――幼獣期に成長したトリスが、裏口から飛び出してきたのだ。

口いっぱいにパンをくわえ、三方向へ同時に走り出す。


「おいコラ待てええ!」

リオンが悲鳴をあげて追いかける。


左の首はバゲットを、右の首はクロワッサンを、真ん中の首は丸パンをがじがじ。

「や、やめろ! 客用だ! 金払ってない!」


客席からは笑いと悲鳴が入り混じる。

「かわいい~!」「いやいや、可愛いで済ませられるか!」


「……リオン、これはもう災厄じゃなくて“パン害”だな」

カイルが腕組みしながら冷静に言う。


「俺は何度目の胃痛だと思ってんだ……」

リオンは必死でトリスの首を押さえる。だが三つ同時に暴れるせいでバランスを崩し、床に転がった。


「ぎゃぅ!」「きゃぅ!」「ばぶ!」

トリスは楽しげにリオンの顔を舐めまわす。


「……幼獣期に入った証拠だな」

カイルがノートに書き込みながら言う。


「幼獣期?」

「赤子から成長して、力と好奇心が一気に増す時期。俗に“召喚士の地獄期”とも呼ばれる」

「そんな呼び名いらねえええ!」


その日の午後。

町の広場で、子供たちがトリスに群がっていた。


「わぁ、三つ首だ!」「おっきい犬だ!」

トリスは得意げに尻尾を振り、片方の首でかくれんぼ、もう片方でボール遊び、もう片方はおやつを強奪。


「リオン! なんとかしろ!」

町の父兄が慌てて声をあげる。


「はいすみません今止めます! トリス、おいで! おいでってば!」

「……知らんぷりされたぞ」

カイルが冷静に観察する。


リオンは頭を抱えた。

(もう“赤ちゃん”じゃない。言葉も覚えてきたし、力も増した。でも……全然言うこと聞かねえ!)


夜。

家の二階の部屋。

トリスは布団の上で三つ首それぞれ別の方向に寝そべっている。


「今日は大変だったな……」

リオンが額を押さえてため息をつくと、三つ首が同時にくしゃみをした。

「へっくし!」「ぶしゅっ!」「ふがっ!」


小さな火花と風と水滴が布団に飛び散る。


「うわああ! 寝具が死んだああ!」


「……育児は次のステージだな」

カイルが本を閉じながらぼそり。


リオンは天井をにらんで叫ぶ。

「どうすりゃいいんだよ! 誰か答え教えてくれええ!」


胃痛とため息に包まれながらも、リオンの“育児第二ステージ”はすでに始まっていた。


**


昼下がりの市場。

「蜂蜜パン追加!」「焼き栗パンもお願い!」

母の声に応え、リオンは大急ぎでパンを棚に並べていた。


だが次の瞬間――。

「がぅぅぅぅ!!」

トリスが屋根の上から飛び降り、パン山にダイブした。


「やめろぉぉぉ!!」

リオンの絶叫もむなしく、三つ首はそれぞれパンをくわえ、尻尾をブンブン。

左はクリームパン、右はフランスパン、真ん中はカステラパン。


「食い逃げ!?」「店主の息子が何やってんの!?」

市場の人々が大騒ぎ。


「……リオン、今日の被害総額、ざっと銀貨三十枚だな」

カイルが帳簿をはじき出す。

「俺の人生の残高がマイナスだぁぁぁ!!」


夜。

静まるはずの町に、不気味な大合唱が響いた。


「わおーーん!」「がおーー!」「ばぶーー!」


トリスが家の屋根の上で三つ首そろって夜吠えを始めたのだ。

三声のハーモニー(?)は近所中に轟き、赤ん坊の泣き声と犬の遠吠えを融合させた地獄の音。


「眠れねぇぇぇぇ!!!」

「どうにかしろ、フェルディナンド家!」

窓という窓が開き、住民が顔を出して怒鳴り散らす。


「トリス! 静かに! お願いだから!」

リオンが必死に叫ぶが、三つ首はおかまいなしにボリュームアップ。


「お前、もう歌手目指せよおお!!!」


翌朝。

町役場の前に、住民たちが詰めかけていた。

「もう限界だ!」「子どもたちが寝不足で学校行けねぇ!」

「パン屋の商品は全部食われるし!」


リオンは肩をすくめ、トリスを抱えて頭を下げる。

「す、すみません! 本当に反省してます!」


「反省で済むか! 次に暴れたらどうする!」


トリスは無邪気に尻尾を振り、舌を出して「ばぶ?」と鳴いた。

その仕草に一瞬ざわめきが和らぐ。だがすぐ、怒号が戻る。


「見ろ、反省してないじゃないか!」

「いや、赤ん坊……じゃなくて幼獣だからな……」


会議室。

町長と住民代表が集まり、リオンとカイルを前に叩きつけられた紙があった。


《反抗期鎮圧プラン》


「……なんすかこれ」

「お前のケルベロスを管理するための規約だ。散歩は一日三回、糞の後始末は必須、夜吠え防止に結界を貼れ」

「これ、犬の飼育マニュアルじゃねぇか!」

「いや、まさに犬だろ!」


カイルが苦笑する。

「リオン、諦めろ。町は本気だ」


リオンは唇を噛んだ。

(学院の時みたいだ……また“追放”の二文字がちらついてる。でも……)


腕の中のトリスが小さく「わふ」と鳴く。

そのぬくもりに、リオンはかすかに笑った。


「……俺がやる。町から出て行かないために、トリスと一緒に育てる!」


町にとっては災厄の再来、リオンにとっては育児の継続――「反抗期鎮圧プラン」の名のもとに、新たな試練が始まった。


**


町役場の大会議室。

ぎゅうぎゅう詰めの住民たちがざわめき、壇上には町長、議員、そして学院からの監査官まで並んでいた。


中央の檻――いや、簡易柵の中で、トリスはのんきに「ばふぅ」とあくびをしている。

三つ首同時に欠伸をする姿に、会場から「かわいい……いや違う!」と怒号が飛ぶ。


町長が机を叩いた。

「議題! フェルディナンド家の飼うケルベロス、存続か追放か!」


怒声。

「追放だ!」「町が持たん!」

「でも子供たちに人気なんです!」「いやパン代で赤字だろ!」


監査官がすっと立ち、巻物を広げた。

「直近一か月の被害報告を読み上げる――」


パン屋の在庫流出:計48個


市場の品荒らし:肉類17キロ、果物12房


夜吠えによる睡眠障害:苦情23件


家屋破損(屋根落下・水害含む):修繕費計金貨12枚


子どもたちの遅刻:8件


「……これを、町の経費で補填するのは現実的ではない」


リオンは頭を抱えた。

(数字で出されると胃がさらに痛え……!)


討伐派の住民が立ち上がる。

「災厄指定を野放しにするのは危険だ! 学院と同じ轍を踏む気か!」


「でもまだ幼獣だ!」

「いや幼獣だから危険なんだ!」

声が交錯する。


その間もトリスは三つ首で柵をかじり、尻尾を振っている。

「がじがじ」「がじがじ」「がじがじ」

柵がミシミシと悲鳴を上げ、会場全体が揺れた。


「ほら見ろ! 討伐しかない!」


カイルが手を挙げた。

「待て。代替不可能なことを忘れてないか? このケルベロスを制御できるのは――今のところリオンだけだ」


場内がざわつく。


リオンは思わず立ち上がり、叫んだ。

「そうだ! 俺しかできない!」


一瞬の静寂。


(……あ、やべ。言っちゃった)


「ならば責任を全て背負え」

町長が杖を叩きつけるように言った。

「お前を“町内保育責任者”に任命する!」


リオンは蒼白になり、カイルに耳打ちする。

「なあ、これ絶対ブラック任務だよな?」

「まあな。だが言ったのお前だから」

「俺の口はどうして勝手に……!」


会場からは安堵の声と不満の声が入り混じった。

「まあ管理下なら……」「いや責任取れるのか?」


町長が続ける。

「新たに町内版《保育結界》を張る。費用は町とお前で折半だ」

「ひ、費用折半ぅぅ!? 俺もう食うパンすら怪しいのに!」


トリスはそんなやり取りを尻目に、三つ首で「わふっ!」と同時に吠えた。

まるで「よろしくな!」とでも言うように。


リオンは膝から崩れ落ちた。

「……もう胃薬じゃ足りない」


こうしてリオンは、町公認の“唯一の保育責任者”として正式に指名されてしまった。


**


リオンの部屋。

床はすでに惨状だった。破れた布団、かじられた机、壁に小さな焦げ跡。

その中央で、三つ首ケルベロス・トリスが無邪気に尻尾を振っている。


「なあカイル。俺……もう限界かも」

「お前、まだ“反抗期序盤”だぞ」

「序盤でこれかよぉ!」


リオンは床に崩れ落ちた。


カイルはノートを開き、眼鏡をくいと上げる。

「トリスの三つ首は、それぞれ役割が違う。左は食いしん坊、右は甘えん坊、中央は暴れん坊。三方向に違う行動を同時にとるから、混乱が起きる」

「それ、どうやって対応すんの?」

「だから作戦を考えた。“三首家庭教師作戦”だ」

「名前からして嫌な予感しかしない!」


まずは食いしん坊対策。

パンを並べて「待て!」と命じる。


「……待て!」

「わふ?」「ばぶ?」「がぅ?」


一瞬止まった。リオンは感動して両手を合わせた。

「おお! 通じて――」


ばくっ。

三方向から同時にパンに突進。


「通じてねぇぇぇ!!!」


次は甘えん坊対策。

リオンが腕を組んで背を向け、無視する作戦。


「……これで、かまって攻撃は収まるはず」

「なるほど、無視は有効だ」

カイルも頷く。


トリスは三つ首同時にしょんぼりした表情を見せた。

リオンは胸が痛む。

(こんな顔されたら……俺のほうが耐えられねえよ!)


結局すぐに振り返って抱き上げてしまった。

「よしよし! 悪くないぞ!」

「……しつけになってないな」

「うるせぇ!」


最後は暴れん坊対策。

カイルが縄を三本用意し、トリスの首ごとに結んで訓練する。


「じゃあリオン、合図を送れ」

「よし! 座れ!」


一瞬、三つ首が同時に腰を落とした。


「おお! できた!? できたよな!?」

リオンが歓喜に震える。


だが次の瞬間、左は転がって遊び始め、右はリオンに飛びつき、中央は縄を噛みちぎった。


「ぎゃああああ!」

三つ首に引きずられ、リオンは壁に激突。


床に倒れ込むリオンを見て、トリスは三つ首同時に心配そうに覗き込む。

「わふ?」「きゃぅ?」「ばぶ?」


リオンは息を切らしながら微笑んだ。

「……でもさ。三つ同時に俺を心配してくれてるんだよな。そこだけは……通じてる」


ほんの一瞬、三つ首の瞳が同じ方向を見た気がした。


カイルが腕を組み、ぼそり。

「理解の試み、五分五分ってとこか」

「五分……いや、三割も怪しい……」

リオンの胃がまたキリキリと痛んだ。


通じる瞬間と通じない現実――それが、反抗期トリスの「理解の試み」だった。


**


パン屋の朝。

リオンは店番を手伝いながら、トリスの三つ首を順番に撫でていた。


「なあ、今日はいい子にしてろよ」

「わふ」「がぅ」「ばぶ」

三方向の返事は元気そのもの。


――だが。


数分後には、トリスが客の荷物を咥えて逃走していた。


「ぎゃああああ!」「あの犬どろぼう!」

「ち、ちがう! 盗みじゃない、遊んでるだけなんです!」

リオンは必死で弁解するが、町人の怒声は止まらなかった。


その夜。

町役場前には住民が集まり、松明が揺れていた。


「もう限界だ!」

「パン屋の家に災厄が居座るせいで、町が回らん!」


町長が重々しい声で言う。

「リオン=フェルディナンド、貴様のケルベロスは災厄ではなく――“騒乱指定”とする」


リオンの心臓が冷たく縮む。

(まただ……学院と同じだ。俺のせいで……!)


トリスは横で無邪気に尻尾を振っている。

だがその目の奥に、わずかな反抗の色が宿っていた。


深夜。

リオンの部屋。

窓の外から月光が差し込む。


「なあ、トリス。お前……俺の声、聞いてるか?」

「……」


三つ首はリオンから顔を背けるようにして眠っている。

呼びかけても、小さな耳はぴくりと動くだけ。


胸がひりつく。

(俺は……こいつに嫌われたのか?)


翌朝。

悲鳴で目を覚ます。

「リオン! トリスが!」


裏庭の柵は食い破られ、足跡が町外れへ続いていた。

リオンは血の気が引く。


「……まさか、家出?」


カイルが険しい顔でうなずく。

「お前の声が届かなくなったんだ。三首とも、自由を求めてる」

「ちょっと待て……それって俺を捨てたってことか!?」

「現実を見ろ、リオン」


リオンは拳を握りしめた。


夕暮れの町の門。

住民たちが集まり、口々に言う。


「ケルベロスが出て行ったなら、好都合だ」

「戻ってきたら……今度こそ追放だ」


リオンは頭を下げることもできず、ただ立ち尽くした。

胸の奥で何かがちぎれる音がした。


(失った……俺の居場所も、トリスも……)


空は真っ赤に染まり、鐘が虚しく響いていた。


リオンの腕から三つ首が消えた夜、彼は“育児”のすべてを失った。


**


夜の森。

リオンは松明を片手に、木々の間を駆け回っていた。

「トリス! 返事しろ!」


返ってくるのは梟の鳴き声と、草を踏み分ける自分の荒い息だけ。

胸が痛み、汗が冷たく流れる。


(また失うのか……学院の時みたいに。俺は何も守れないのか?)


その時――。

「グルルルル……!」

低い唸り声が闇を震わせた。


開けた草地。

そこにいたのは、牙をむき出しにしたトリス。


「がぅ!」「わぅ!」「ぎゃぅ!」

三つ首が三方向に吠え、木々が揺れる。

炎、風、そして水が同時にほとばしり、森の一角が焼け焦げと泥に覆われた。


リオンは立ち尽くす。

「……俺の声、もう届かないのか」


三つ首の瞳は荒れ狂い、かつての赤子の面影はない。


カイルが追いつき、肩で息をしながら叫んだ。

「リオン! 今ならまだ抑えられる! 結界を張れ!」

「……違う」

リオンは首を振る。


「俺は……親のつもりで縛ってたんだ。もうこいつは、ただの子じゃない。俺の相棒だ」


彼は松明を捨て、トリスに向き合う。

胸が震え、声が裂けそうになる。


「――聞け! お前の二つ目の名は、《クロ》だ!」


三つ首がぴたりと止まる。

「……クロ?」


左の首がきょとんとし、右の首がくすぐったそうに鳴き、中央が戸惑ったように瞬きをする。


リオンは必死に叫ぶ。

「トリスは俺が与えた“始まりの名”。クロは――これから一緒に歩むための名だ! 家族じゃなく、相棒として呼ぶ名前だ!」


胸が熱く光り、刻印が二重に重なるように輝いた。


――二つ名契約。

成長した魔獣に新しい名を与えることで、関係を再定義する契約。


トリスは三つ首同時に「……わふっ」と鳴き、炎と風と水を収めた。

三つの頭がリオンにすり寄る。


「……戻ってきたか」

リオンは泣き笑いで抱きしめる。

「お前は俺の子じゃなくて……俺の相棒だ、クロ!」


カイルが安堵のため息をついた。

「やっと親離れ、子離れか」

「そうだな……でも胃痛は変わんねぇ」


「クロ」と呼ぶ声が、三つ首を親子から相棒へと変え、再びリオンのもとに戻した。


**


町の広場に人々が集まっていた。

パン屋の母、鍛冶屋の親父、学校の先生、そして子供たちまで。


壇上に立つ町長が宣言する。

「本日より、“三首家庭教師作戦”を発動する!」


どよめき。

「家庭教師……って学習塾か何か?」

「いや対象はケルベロスだ」

「ケルベロスに勉強……」

住民が困惑するなか、リオンは顔を真っ赤にして手を挙げた。


「す、すみません! でも本当にお願いします! 俺一人じゃ、クロを抑えきれないんです!」


広場の中央。

三つ首ケルベロス・クロが座らされ、周囲をぐるりと取り囲む大人たち。


「じゃあまず“待て”の訓練からだ!」

パン屋母がパンを置く。

「よし、食べるのは合図を聞いてから」


「……わふ?」

三つ首が困惑顔をする。

「ま、待て……待てだぞ……!」

リオンが必死に制止。


一瞬の静寂――。

ばくっ。

三方向からパンが消えた。


「やっぱり無理かぁぁぁ!」


次は礼儀作法。

学校の先生が前に出る。

「こんにちは、って挨拶できるかな?」

「わふ!」「がぅ!」「ばぶ!」

三声で返事。子供たちが爆笑する。


「おお、悪くないぞ!」

「いや、全然合ってない!」


鍛冶屋の親父が腕を組む。

「じゃあ力比べだ!」

綱を三方向に引かせる。リオンと住民が必死で押さえるが――。


「ぐぉぉぉ!」「わふふ!」「きゃぅ!」

三つ首が本気を出し、全員が泥の中へすっ転んだ。


「ぐええ!」「服が!」

「笑ってる場合じゃねぇ!」


広場は泥だらけ、パンくずまみれ、笑い声と悲鳴が入り混じった。


その混乱の中心で、リオンはふと気づいた。

(……みんな、本気で手伝ってくれてる。学院の時は孤独だったのに。今は、町が一緒にクロを育ててくれてる……!)


リオンは胸を張って叫んだ。

「これが“共生”だ! 俺一人じゃなく、みんなで育てるんだ! クロは災厄じゃない、この町の仲間だ!」


クロが三つ首同時に吠えた。

「わおーーーん!」


空気が一瞬止まり、そして拍手が広がった。

「……まあ、災厄ってよりは……騒がしい隣人だな」

「うん、町内の一員って感じ!」


町長が笑い、杖を掲げる。

「三首家庭教師作戦――完了とする!」


町全体を巻き込んだ「三首家庭教師作戦」が、リオンとクロの関係を町ぐるみの“共生”へと変えていった。


**


朝のパン屋。

リオンがトレーを抱えてカウンターに立つ。


「いらっしゃいませー!」

「蜂蜜パン三つお願い」

「はい!」


客の横で、クロが尻尾を振って座っていた。

三つ首それぞれが帽子をかぶせられ、赤いバンダナを首に巻いている。


「おっ、看板犬だ」「かわいい!」

子供たちがなで回し、クロは得意げに「わふっ」「がぅっ」「ばぶっ」と鳴いた。


リオンはにやりと笑った。

(パン害から看板へ……進歩したなぁ)


昼下がりの広場。

クロが子供たちと遊んでいる。

ボール遊びでは左の首が器用にキャッチ、右は子供の帽子を返し、中央はドッジボールの的にされて「がぅー!」と笑い声を浴びていた。


カイルが隣で言う。

「……町が認めたな。もう災厄でも騒乱でもない」

「まあ、今はただのうるさい隣人だけどな」

リオンが苦笑する。


だが心の奥では、温かな誇りが芽生えていた。


夜。

焚き火のそばで、クロが三つ首同時にあくびをする。

「ふぁぁ……」「わふぅ……」「がぅぅ……」


リオンはその頭を順に撫でながらつぶやいた。

「俺……育児、卒業したのかな」


カイルが火を見つめながら答える。

「育児は終わった。でも相棒としての旅はこれからだろ」

「……だな」


クロが「きゃぅ」と鳴き、リオンの肩に顔を寄せた。


ふと、町長の言葉を思い出す。

「次は“継承契約”だ。お前とクロの絆を未来へ渡せ」


リオンは焚き火の火に目を落とし、静かに笑った。

「継承か……俺たちが残すもの、か」


クロは三つ首同時に「わふっ!」と吠える。

その声は、夜空に響きわたり、星々を揺らすほどに力強かった。


育児は終わり、看板と相棒へ――リオンとクロの日常は、継承の未来へ続いていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ