第2話 三つ首反抗期で町が大混乱!?
朝のパン屋。
焼きたての香りが町中に漂い、扉を開けば行列ができている。
「お待たせしました! 本日おすすめの蜂蜜パンです!」
母が笑顔でトレーを差し出すと、客たちの顔もほころぶ。
だが、その笑顔は一瞬で凍りついた。
「ぎゃうー!」「ばぶー!」「わふー!」
三つ首の犬――幼獣期に成長したトリスが、裏口から飛び出してきたのだ。
口いっぱいにパンをくわえ、三方向へ同時に走り出す。
「おいコラ待てええ!」
リオンが悲鳴をあげて追いかける。
左の首はバゲットを、右の首はクロワッサンを、真ん中の首は丸パンをがじがじ。
「や、やめろ! 客用だ! 金払ってない!」
客席からは笑いと悲鳴が入り混じる。
「かわいい~!」「いやいや、可愛いで済ませられるか!」
「……リオン、これはもう災厄じゃなくて“パン害”だな」
カイルが腕組みしながら冷静に言う。
「俺は何度目の胃痛だと思ってんだ……」
リオンは必死でトリスの首を押さえる。だが三つ同時に暴れるせいでバランスを崩し、床に転がった。
「ぎゃぅ!」「きゃぅ!」「ばぶ!」
トリスは楽しげにリオンの顔を舐めまわす。
「……幼獣期に入った証拠だな」
カイルがノートに書き込みながら言う。
「幼獣期?」
「赤子から成長して、力と好奇心が一気に増す時期。俗に“召喚士の地獄期”とも呼ばれる」
「そんな呼び名いらねえええ!」
その日の午後。
町の広場で、子供たちがトリスに群がっていた。
「わぁ、三つ首だ!」「おっきい犬だ!」
トリスは得意げに尻尾を振り、片方の首でかくれんぼ、もう片方でボール遊び、もう片方はおやつを強奪。
「リオン! なんとかしろ!」
町の父兄が慌てて声をあげる。
「はいすみません今止めます! トリス、おいで! おいでってば!」
「……知らんぷりされたぞ」
カイルが冷静に観察する。
リオンは頭を抱えた。
(もう“赤ちゃん”じゃない。言葉も覚えてきたし、力も増した。でも……全然言うこと聞かねえ!)
夜。
家の二階の部屋。
トリスは布団の上で三つ首それぞれ別の方向に寝そべっている。
「今日は大変だったな……」
リオンが額を押さえてため息をつくと、三つ首が同時にくしゃみをした。
「へっくし!」「ぶしゅっ!」「ふがっ!」
小さな火花と風と水滴が布団に飛び散る。
「うわああ! 寝具が死んだああ!」
「……育児は次のステージだな」
カイルが本を閉じながらぼそり。
リオンは天井をにらんで叫ぶ。
「どうすりゃいいんだよ! 誰か答え教えてくれええ!」
胃痛とため息に包まれながらも、リオンの“育児第二ステージ”はすでに始まっていた。
**
昼下がりの市場。
「蜂蜜パン追加!」「焼き栗パンもお願い!」
母の声に応え、リオンは大急ぎでパンを棚に並べていた。
だが次の瞬間――。
「がぅぅぅぅ!!」
トリスが屋根の上から飛び降り、パン山にダイブした。
「やめろぉぉぉ!!」
リオンの絶叫もむなしく、三つ首はそれぞれパンをくわえ、尻尾をブンブン。
左はクリームパン、右はフランスパン、真ん中はカステラパン。
「食い逃げ!?」「店主の息子が何やってんの!?」
市場の人々が大騒ぎ。
「……リオン、今日の被害総額、ざっと銀貨三十枚だな」
カイルが帳簿をはじき出す。
「俺の人生の残高がマイナスだぁぁぁ!!」
夜。
静まるはずの町に、不気味な大合唱が響いた。
「わおーーん!」「がおーー!」「ばぶーー!」
トリスが家の屋根の上で三つ首そろって夜吠えを始めたのだ。
三声のハーモニー(?)は近所中に轟き、赤ん坊の泣き声と犬の遠吠えを融合させた地獄の音。
「眠れねぇぇぇぇ!!!」
「どうにかしろ、フェルディナンド家!」
窓という窓が開き、住民が顔を出して怒鳴り散らす。
「トリス! 静かに! お願いだから!」
リオンが必死に叫ぶが、三つ首はおかまいなしにボリュームアップ。
「お前、もう歌手目指せよおお!!!」
翌朝。
町役場の前に、住民たちが詰めかけていた。
「もう限界だ!」「子どもたちが寝不足で学校行けねぇ!」
「パン屋の商品は全部食われるし!」
リオンは肩をすくめ、トリスを抱えて頭を下げる。
「す、すみません! 本当に反省してます!」
「反省で済むか! 次に暴れたらどうする!」
トリスは無邪気に尻尾を振り、舌を出して「ばぶ?」と鳴いた。
その仕草に一瞬ざわめきが和らぐ。だがすぐ、怒号が戻る。
「見ろ、反省してないじゃないか!」
「いや、赤ん坊……じゃなくて幼獣だからな……」
会議室。
町長と住民代表が集まり、リオンとカイルを前に叩きつけられた紙があった。
《反抗期鎮圧プラン》
「……なんすかこれ」
「お前のケルベロスを管理するための規約だ。散歩は一日三回、糞の後始末は必須、夜吠え防止に結界を貼れ」
「これ、犬の飼育マニュアルじゃねぇか!」
「いや、まさに犬だろ!」
カイルが苦笑する。
「リオン、諦めろ。町は本気だ」
リオンは唇を噛んだ。
(学院の時みたいだ……また“追放”の二文字がちらついてる。でも……)
腕の中のトリスが小さく「わふ」と鳴く。
そのぬくもりに、リオンはかすかに笑った。
「……俺がやる。町から出て行かないために、トリスと一緒に育てる!」
町にとっては災厄の再来、リオンにとっては育児の継続――「反抗期鎮圧プラン」の名のもとに、新たな試練が始まった。
**
町役場の大会議室。
ぎゅうぎゅう詰めの住民たちがざわめき、壇上には町長、議員、そして学院からの監査官まで並んでいた。
中央の檻――いや、簡易柵の中で、トリスはのんきに「ばふぅ」とあくびをしている。
三つ首同時に欠伸をする姿に、会場から「かわいい……いや違う!」と怒号が飛ぶ。
町長が机を叩いた。
「議題! フェルディナンド家の飼うケルベロス、存続か追放か!」
怒声。
「追放だ!」「町が持たん!」
「でも子供たちに人気なんです!」「いやパン代で赤字だろ!」
監査官がすっと立ち、巻物を広げた。
「直近一か月の被害報告を読み上げる――」
パン屋の在庫流出:計48個
市場の品荒らし:肉類17キロ、果物12房
夜吠えによる睡眠障害:苦情23件
家屋破損(屋根落下・水害含む):修繕費計金貨12枚
子どもたちの遅刻:8件
「……これを、町の経費で補填するのは現実的ではない」
リオンは頭を抱えた。
(数字で出されると胃がさらに痛え……!)
討伐派の住民が立ち上がる。
「災厄指定を野放しにするのは危険だ! 学院と同じ轍を踏む気か!」
「でもまだ幼獣だ!」
「いや幼獣だから危険なんだ!」
声が交錯する。
その間もトリスは三つ首で柵をかじり、尻尾を振っている。
「がじがじ」「がじがじ」「がじがじ」
柵がミシミシと悲鳴を上げ、会場全体が揺れた。
「ほら見ろ! 討伐しかない!」
カイルが手を挙げた。
「待て。代替不可能なことを忘れてないか? このケルベロスを制御できるのは――今のところリオンだけだ」
場内がざわつく。
リオンは思わず立ち上がり、叫んだ。
「そうだ! 俺しかできない!」
一瞬の静寂。
(……あ、やべ。言っちゃった)
「ならば責任を全て背負え」
町長が杖を叩きつけるように言った。
「お前を“町内保育責任者”に任命する!」
リオンは蒼白になり、カイルに耳打ちする。
「なあ、これ絶対ブラック任務だよな?」
「まあな。だが言ったのお前だから」
「俺の口はどうして勝手に……!」
会場からは安堵の声と不満の声が入り混じった。
「まあ管理下なら……」「いや責任取れるのか?」
町長が続ける。
「新たに町内版《保育結界》を張る。費用は町とお前で折半だ」
「ひ、費用折半ぅぅ!? 俺もう食うパンすら怪しいのに!」
トリスはそんなやり取りを尻目に、三つ首で「わふっ!」と同時に吠えた。
まるで「よろしくな!」とでも言うように。
リオンは膝から崩れ落ちた。
「……もう胃薬じゃ足りない」
こうしてリオンは、町公認の“唯一の保育責任者”として正式に指名されてしまった。
**
リオンの部屋。
床はすでに惨状だった。破れた布団、かじられた机、壁に小さな焦げ跡。
その中央で、三つ首ケルベロス・トリスが無邪気に尻尾を振っている。
「なあカイル。俺……もう限界かも」
「お前、まだ“反抗期序盤”だぞ」
「序盤でこれかよぉ!」
リオンは床に崩れ落ちた。
カイルはノートを開き、眼鏡をくいと上げる。
「トリスの三つ首は、それぞれ役割が違う。左は食いしん坊、右は甘えん坊、中央は暴れん坊。三方向に違う行動を同時にとるから、混乱が起きる」
「それ、どうやって対応すんの?」
「だから作戦を考えた。“三首家庭教師作戦”だ」
「名前からして嫌な予感しかしない!」
まずは食いしん坊対策。
パンを並べて「待て!」と命じる。
「……待て!」
「わふ?」「ばぶ?」「がぅ?」
一瞬止まった。リオンは感動して両手を合わせた。
「おお! 通じて――」
ばくっ。
三方向から同時にパンに突進。
「通じてねぇぇぇ!!!」
次は甘えん坊対策。
リオンが腕を組んで背を向け、無視する作戦。
「……これで、かまって攻撃は収まるはず」
「なるほど、無視は有効だ」
カイルも頷く。
トリスは三つ首同時にしょんぼりした表情を見せた。
リオンは胸が痛む。
(こんな顔されたら……俺のほうが耐えられねえよ!)
結局すぐに振り返って抱き上げてしまった。
「よしよし! 悪くないぞ!」
「……しつけになってないな」
「うるせぇ!」
最後は暴れん坊対策。
カイルが縄を三本用意し、トリスの首ごとに結んで訓練する。
「じゃあリオン、合図を送れ」
「よし! 座れ!」
一瞬、三つ首が同時に腰を落とした。
「おお! できた!? できたよな!?」
リオンが歓喜に震える。
だが次の瞬間、左は転がって遊び始め、右はリオンに飛びつき、中央は縄を噛みちぎった。
「ぎゃああああ!」
三つ首に引きずられ、リオンは壁に激突。
床に倒れ込むリオンを見て、トリスは三つ首同時に心配そうに覗き込む。
「わふ?」「きゃぅ?」「ばぶ?」
リオンは息を切らしながら微笑んだ。
「……でもさ。三つ同時に俺を心配してくれてるんだよな。そこだけは……通じてる」
ほんの一瞬、三つ首の瞳が同じ方向を見た気がした。
カイルが腕を組み、ぼそり。
「理解の試み、五分五分ってとこか」
「五分……いや、三割も怪しい……」
リオンの胃がまたキリキリと痛んだ。
通じる瞬間と通じない現実――それが、反抗期トリスの「理解の試み」だった。
**
パン屋の朝。
リオンは店番を手伝いながら、トリスの三つ首を順番に撫でていた。
「なあ、今日はいい子にしてろよ」
「わふ」「がぅ」「ばぶ」
三方向の返事は元気そのもの。
――だが。
数分後には、トリスが客の荷物を咥えて逃走していた。
「ぎゃああああ!」「あの犬どろぼう!」
「ち、ちがう! 盗みじゃない、遊んでるだけなんです!」
リオンは必死で弁解するが、町人の怒声は止まらなかった。
その夜。
町役場前には住民が集まり、松明が揺れていた。
「もう限界だ!」
「パン屋の家に災厄が居座るせいで、町が回らん!」
町長が重々しい声で言う。
「リオン=フェルディナンド、貴様のケルベロスは災厄ではなく――“騒乱指定”とする」
リオンの心臓が冷たく縮む。
(まただ……学院と同じだ。俺のせいで……!)
トリスは横で無邪気に尻尾を振っている。
だがその目の奥に、わずかな反抗の色が宿っていた。
深夜。
リオンの部屋。
窓の外から月光が差し込む。
「なあ、トリス。お前……俺の声、聞いてるか?」
「……」
三つ首はリオンから顔を背けるようにして眠っている。
呼びかけても、小さな耳はぴくりと動くだけ。
胸がひりつく。
(俺は……こいつに嫌われたのか?)
翌朝。
悲鳴で目を覚ます。
「リオン! トリスが!」
裏庭の柵は食い破られ、足跡が町外れへ続いていた。
リオンは血の気が引く。
「……まさか、家出?」
カイルが険しい顔でうなずく。
「お前の声が届かなくなったんだ。三首とも、自由を求めてる」
「ちょっと待て……それって俺を捨てたってことか!?」
「現実を見ろ、リオン」
リオンは拳を握りしめた。
夕暮れの町の門。
住民たちが集まり、口々に言う。
「ケルベロスが出て行ったなら、好都合だ」
「戻ってきたら……今度こそ追放だ」
リオンは頭を下げることもできず、ただ立ち尽くした。
胸の奥で何かがちぎれる音がした。
(失った……俺の居場所も、トリスも……)
空は真っ赤に染まり、鐘が虚しく響いていた。
リオンの腕から三つ首が消えた夜、彼は“育児”のすべてを失った。
**
夜の森。
リオンは松明を片手に、木々の間を駆け回っていた。
「トリス! 返事しろ!」
返ってくるのは梟の鳴き声と、草を踏み分ける自分の荒い息だけ。
胸が痛み、汗が冷たく流れる。
(また失うのか……学院の時みたいに。俺は何も守れないのか?)
その時――。
「グルルルル……!」
低い唸り声が闇を震わせた。
開けた草地。
そこにいたのは、牙をむき出しにしたトリス。
「がぅ!」「わぅ!」「ぎゃぅ!」
三つ首が三方向に吠え、木々が揺れる。
炎、風、そして水が同時にほとばしり、森の一角が焼け焦げと泥に覆われた。
リオンは立ち尽くす。
「……俺の声、もう届かないのか」
三つ首の瞳は荒れ狂い、かつての赤子の面影はない。
カイルが追いつき、肩で息をしながら叫んだ。
「リオン! 今ならまだ抑えられる! 結界を張れ!」
「……違う」
リオンは首を振る。
「俺は……親のつもりで縛ってたんだ。もうこいつは、ただの子じゃない。俺の相棒だ」
彼は松明を捨て、トリスに向き合う。
胸が震え、声が裂けそうになる。
「――聞け! お前の二つ目の名は、《クロ》だ!」
三つ首がぴたりと止まる。
「……クロ?」
左の首がきょとんとし、右の首がくすぐったそうに鳴き、中央が戸惑ったように瞬きをする。
リオンは必死に叫ぶ。
「トリスは俺が与えた“始まりの名”。クロは――これから一緒に歩むための名だ! 家族じゃなく、相棒として呼ぶ名前だ!」
胸が熱く光り、刻印が二重に重なるように輝いた。
――二つ名契約。
成長した魔獣に新しい名を与えることで、関係を再定義する契約。
トリスは三つ首同時に「……わふっ」と鳴き、炎と風と水を収めた。
三つの頭がリオンにすり寄る。
「……戻ってきたか」
リオンは泣き笑いで抱きしめる。
「お前は俺の子じゃなくて……俺の相棒だ、クロ!」
カイルが安堵のため息をついた。
「やっと親離れ、子離れか」
「そうだな……でも胃痛は変わんねぇ」
「クロ」と呼ぶ声が、三つ首を親子から相棒へと変え、再びリオンのもとに戻した。
**
町の広場に人々が集まっていた。
パン屋の母、鍛冶屋の親父、学校の先生、そして子供たちまで。
壇上に立つ町長が宣言する。
「本日より、“三首家庭教師作戦”を発動する!」
どよめき。
「家庭教師……って学習塾か何か?」
「いや対象はケルベロスだ」
「ケルベロスに勉強……」
住民が困惑するなか、リオンは顔を真っ赤にして手を挙げた。
「す、すみません! でも本当にお願いします! 俺一人じゃ、クロを抑えきれないんです!」
広場の中央。
三つ首ケルベロス・クロが座らされ、周囲をぐるりと取り囲む大人たち。
「じゃあまず“待て”の訓練からだ!」
パン屋母がパンを置く。
「よし、食べるのは合図を聞いてから」
「……わふ?」
三つ首が困惑顔をする。
「ま、待て……待てだぞ……!」
リオンが必死に制止。
一瞬の静寂――。
ばくっ。
三方向からパンが消えた。
「やっぱり無理かぁぁぁ!」
次は礼儀作法。
学校の先生が前に出る。
「こんにちは、って挨拶できるかな?」
「わふ!」「がぅ!」「ばぶ!」
三声で返事。子供たちが爆笑する。
「おお、悪くないぞ!」
「いや、全然合ってない!」
鍛冶屋の親父が腕を組む。
「じゃあ力比べだ!」
綱を三方向に引かせる。リオンと住民が必死で押さえるが――。
「ぐぉぉぉ!」「わふふ!」「きゃぅ!」
三つ首が本気を出し、全員が泥の中へすっ転んだ。
「ぐええ!」「服が!」
「笑ってる場合じゃねぇ!」
広場は泥だらけ、パンくずまみれ、笑い声と悲鳴が入り混じった。
その混乱の中心で、リオンはふと気づいた。
(……みんな、本気で手伝ってくれてる。学院の時は孤独だったのに。今は、町が一緒にクロを育ててくれてる……!)
リオンは胸を張って叫んだ。
「これが“共生”だ! 俺一人じゃなく、みんなで育てるんだ! クロは災厄じゃない、この町の仲間だ!」
クロが三つ首同時に吠えた。
「わおーーーん!」
空気が一瞬止まり、そして拍手が広がった。
「……まあ、災厄ってよりは……騒がしい隣人だな」
「うん、町内の一員って感じ!」
町長が笑い、杖を掲げる。
「三首家庭教師作戦――完了とする!」
町全体を巻き込んだ「三首家庭教師作戦」が、リオンとクロの関係を町ぐるみの“共生”へと変えていった。
**
朝のパン屋。
リオンがトレーを抱えてカウンターに立つ。
「いらっしゃいませー!」
「蜂蜜パン三つお願い」
「はい!」
客の横で、クロが尻尾を振って座っていた。
三つ首それぞれが帽子をかぶせられ、赤いバンダナを首に巻いている。
「おっ、看板犬だ」「かわいい!」
子供たちがなで回し、クロは得意げに「わふっ」「がぅっ」「ばぶっ」と鳴いた。
リオンはにやりと笑った。
(パン害から看板へ……進歩したなぁ)
昼下がりの広場。
クロが子供たちと遊んでいる。
ボール遊びでは左の首が器用にキャッチ、右は子供の帽子を返し、中央はドッジボールの的にされて「がぅー!」と笑い声を浴びていた。
カイルが隣で言う。
「……町が認めたな。もう災厄でも騒乱でもない」
「まあ、今はただのうるさい隣人だけどな」
リオンが苦笑する。
だが心の奥では、温かな誇りが芽生えていた。
夜。
焚き火のそばで、クロが三つ首同時にあくびをする。
「ふぁぁ……」「わふぅ……」「がぅぅ……」
リオンはその頭を順に撫でながらつぶやいた。
「俺……育児、卒業したのかな」
カイルが火を見つめながら答える。
「育児は終わった。でも相棒としての旅はこれからだろ」
「……だな」
クロが「きゃぅ」と鳴き、リオンの肩に顔を寄せた。
ふと、町長の言葉を思い出す。
「次は“継承契約”だ。お前とクロの絆を未来へ渡せ」
リオンは焚き火の火に目を落とし、静かに笑った。
「継承か……俺たちが残すもの、か」
クロは三つ首同時に「わふっ!」と吠える。
その声は、夜空に響きわたり、星々を揺らすほどに力強かった。
育児は終わり、看板と相棒へ――リオンとクロの日常は、継承の未来へ続いていく。