『見つかった』異常 ★
「わかってないのかお前達!? ここはハザードエリアよ」
「ハザードエリア? 本当ですか?」
「私が嘘つく意味ある? でも……無事ってことは、お前達がここにいたモンスターをぶち殺したの? だったらやるわね」
声を高くした諸葉に対して、篠倉がコボルトの残骸を見せつけた。
「俺らが来た時にはもうこうなってたんだよね」
「ああ、そういうこと。さすがにこの短期間でここまで急激に強くなるのはありえんか。その残骸、入り口の近くにもあったわ。元はこの大広間一杯にコボルト共が詰まってたはずよ」
「二人で納得していないで、僕らにもわかるように説明してください」
景山が尋ねると、諸葉はつまんだ獣毛を顔の前に突きつける。
「はあ、鈍いわねそっちの二人は。まあ私は優しいから丁寧に教えてやる。要はこの部屋一杯にコボルトやらコボルトエリートやらがいたってこと。100匹はくだらない数がね。この広さなら200匹まであるわね」
「な! 本当にですか!?」
「コボルト10匹くらいならあんた達でも倒せるだろうけど、100匹もいたらさすがに無理、数の暴力で押し潰されてぶっ殺されてたわよ。お前らより先にここに来た誰かが倒しておいてくれたことに感謝しときな」
「私達、実は危なかった……ってことですか?」
玲奈が上目使いに尋ねると、諸葉はしっかり見返しながら頷いた。
玲奈はため息をついてうなだれる。
「ですよね。コボルト200匹はさすがに負ける気しかしません。せっかく他の人のいない方に来たのになあ。やっぱりダンジョンは危ないかー」
「そういうことね。こっちはまだ未開拓なんだからいつものゲートがある南方に引き返しときな、悪いことは言わんから。そっちなら私達『青の旅団』が調べて安全なルートもわかってるわ。どうせ欲張って未開拓エリアならレアドロップあるかもなんて思ったんでしょ? 気持ちはわからんくもないけど、無茶だけはすんな、マジで。何かあったら洒落にならない。ね?」
玲奈はしおらしく頷いた。
「そうそう、それでいいのよ。楽にレアものが手に入るなんてそんな都合のいい話はない。そういうのは、二層に上がって私達のギルドに合流してからやりゃいいのよ」
「お~、ちゃっかりスカウトに繋げたね、さすが『青き旅団』のスカウト」
篠倉が言うと、諸葉はふっと笑ってそちらに目線を向ける。
「最近は使える奴があんまいねーんだわ。目をつけたお前らにリタイアされたら困んのよ。ってわけで帰るわよ。あっちの出口を未練たらしく見てないで」
諸葉が笑った目のまま視線をゆっくりと戻すと、うなだれたままの玲奈が誤魔化す笑いを浮かべて顔をあげた。
「えへへ、バレちゃいました?」
「バレバレ。さ、戻るわよ」
「はあい。……でも、気になるんですけど。私達が来る前にこの広間にいた人って、ここにいた百匹以上のモンスターを全部倒しちゃったってことですよね?」
「そういうことになるわね。これだけの数をやるなら、結構な人数のはず。10人くらいはいたでしょうね。それでも一層探索してる奴にとっては楽じゃないだろうけど」
だがそれに景山が反論した。
「それは変じゃないですか? この辺りは一層でも未開拓という話のはずなのに、10人ものパーティを組めるなんて」
「……言われてみりゃそうね。私らのギルドもスカウトを除けば二層にいるし。わざわざこの辺に大所帯で来る奴なんて思いつかない」
「あ! 変と言えば、変なこともう一つあったんですよ」
そう言って玲奈は件のポーションを諸葉にも見せた。
「……は? 経験値が増えるポーション?」
「ね、変ですよね。普通のライフポーションは体力回復効果なのに。ここにぽつんと置いてあったポーションは経験値が増えるんですよ」
先輩プレイヤーなら何か知っているかも、と思ったのだが、アイテム説明を伝えて見せると、諸葉の顔色がみるみる変わっていった。
「……経験値がポーションで稼げるだって?」
「その顔、これって諸葉さんからしても珍しいっぽいです?」
「珍しいなんてもんじゃ! お前らこれ誰か他の奴に話した!?」
諸葉は玲奈の肩を鷲掴みにして顔を寄せる。
その剣幕に玲奈は驚きながらも首を横に振った。
「う、ううん……。そもそも見つけてから諸葉さんにしか会ってませんし」
「これ、誰にも言うんじゃないわよ。もちろんSNSにも投稿しないように」
様子の変わった諸葉に、景山も首を傾げて尋ねた。
「そんなに重大なことなんですか? 経験値の増えるポーションって」
「重大どころの話じゃないわね。私らのギルドも……いや、私が知る限りどんなギルドも、いまだかつて『経験値が増えるアイテム』なんて手に入れたことなんてない。あるはずがない。モンスターを倒すのが唯一の経験値入手手段、それがこのダンジョンの鉄の摂理。こいつはその摂理を覆してんのよ!」
興奮してまくしたてる諸葉の様子に、ダンジョンにまだ詳しくない玲奈もことの重大さを理解した。
どうやら、ダンジョンのベテランである先輩探索者にとってもあり得ないことが起きているらしい。
「なんでそんなものが……?」
「私にゃ見当もつかん。何しろ初めてのことなんだから……とにかく、私はこのことを速攻でギルドに報告しなきゃならなくなった。もしかしたら、ギルドの力関係が激変する始まりのラッパかもね。お前ら、こいつは大事にとっておいてくれ。クッソ貴重なものだから、間違っても飲むんじゃないわよ!」
そして諸葉は走って来た道を引き返していった。
ギルドに大急ぎで報告するというのを体現している。
諸葉の勢いに呆気にとられていた三人はしばしの間それを見送ることしかできなかったが。
「ははっ、とんでもないことになっちゃったみたいだねぇ」
篠倉がポーションを見つめる玲奈の肩を叩いて、再び時が動き出した。
「んじゃま、帰ろうじゃないの。俺もこれ以上先に進むのは危険だって諸葉ちゃんの意見に同意だね、この大広間の様子を見たらさ。引き返していつも通り人の多いところを探索しましょうや」
そう言うと篠倉は元来た入り口へと引き返していき、蓮もついていく。
しかし玲奈は考えごとを続けていた。
(あんな風に生身でぽつんとポーションがあるなんておかしいよね。まるで誰かが置き忘れたみたい。………………もしかして、コボルトを倒した『誰か』があの経験値ポーションを置き忘れた『誰か』だったり? 間接的に私を助けてくれた人があのポーションの本来の持ち主?)
「どしたの~玲奈ちゃ~ん」
「あ、ううん、ちょっと考え事してただけ! 行こ行こ!」
笑顔を見せながら、篠倉達に追いついていく。
(なんか運命感じるなー。いつか会ってみたいな、どんな人なんじゃろな、と)
そんなことを思いながら。




