社長の男気
彼は風俗店のマネージャーだ。
“窓鏡”に映る自分の顔にふと思いついてポケットからシャキン!と櫛を抜き、ツヤツヤ光るリーゼントを整えイキがってみせる。
と、事務所に誰か訪ねてきた様だ。
ボーヤが応対に出たのでマネージャーは櫛をしまい、何わぬ顔でソファーに身を投げる。
「上川社長がお見えです」
この上得意の来訪にマネージャーはさっ!と居住まいを正し、その顔に笑顔を貼り付け、上川を出迎える。
「これは!社長!!ご足労ありがとうございます!!」
上川は、深々と下げて見せるマネージャーのテカテカした頭に言葉を振り掛ける。
「冴ちゃんをクビにしたそうだな」
「もう、お聞き及びですか! ちょっとゴタゴタがありまして……残念ですが辞めさせました」
上川はその言葉には応えず、懐から帯封されたままの札束とタバコの箱を出し、札束はテーブルに投げて、タバコを咥えた。
マネージャーは透かさず、そのタバコに火を点ける。
「ちょうどこれから面接なんですよ!何名かをね! どうですか社長! そのコ達を“口開け”してみませんか? 社長のお眼鏡に叶えば間違いなしだから……」と言いつつ、マネージャーの目の端はテーブルの上の札束を追っている。
そこで上川は初めてドカッ!とソファーに腰を下ろし、マネージャーは床に膝を付いて傅いた。
「社長にはいつもお世話になっておりますから……ピカピカピチピチなのを10名ほどご用意いたします。時間と場所は社長のご都合で……」
「そう言う話じゃねえんだ」
「はっ?!」
「今日の午前中、サツに出向いて身元を保証して来た。『佐藤冴子は間違いなくウチの社員だ』ってな!それからお前んとこのオヤジにも話は入れて置いた。くれぐれもトラブルにならない様にと」
「そうでしたか……」
「とは言っても、実際ゴタゴタを処理するのはお前だろ?!」
「ええ、まあ……」
「オレがお前に頼みたいのは、冴ちゃんに絶対に火の粉が掛からない様、キレイに火を消してもらいたいんだ。この金はその手数料だ」
そう言われてもマネージャーは札束に手を伸ばそうとしない。
「なぜ取らない? 出来かねると言うのか?」
「いえ!……そんな事は!!」
「じゃあ、何故だ?
「……」
押し黙るマネージャーに上川は軽くため息をついた。
「どうやらお前は……オレの背中のキズの訳を知っている様だな」
「……」
「だとしたら、冴ちゃんの事は“あの時”以上と知れ! もし、万一、冴ちゃんにちょっかいを出す元客が現れたら……ソイツだけでなく、お前のオヤジもひっくるめて事務所ごとぶっ潰す」
「……」
「だから、さっさとその札束をお前のポケットにしまっちまえ!」
マネージャーは大きく首を振って札束から逃げた。
「勤めてくれた女の子を……辞めた後も守ってやるのが自分達の仕事ですから……」
「それは良い心掛けだな」上川はテーブルの上の札束を懐に戻しながら言葉を継ぐ。
「せっかく“小遣い”をやろうと思ったのに……お前といい、お前のオヤジといい。無欲なもんだな! ま、いいさ!」
そう言って上川は咥えていたタバコを灰皿にギュッ!と押し付け、マネージャーの肩をパン!と叩いた。
「よろしくな!」
上川が出て行った後、マネージャーは身を屈め、大きくため息をついた。
先程セットしたばかりの髪が、かいた冷や汗を含んで彼の額へバラリ!と落ちた。
おしまい
このお話は私達姉妹の代表作
『こんな故郷の片隅で 終点とその後』
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へと続きます。
一所懸命書きました(未完ですが本編は終了しています)
併せてご一読いただければとても嬉しいです!!
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