第96話 スカウトしますわ
合唱コンクールから数日後。
土曜日の夜。オーストラリアからの交換留学生、ルナ・ベネットは広島市にいた。本来のルナは、徳丸さやか生徒会長が率いる闇の秘密組織から長谷光葉暗殺を請け負った殺し屋だ。実年齢二十四歳。無理やり着せられる原宮高校の制服は、もはや限界を迎えていた。きつすぎるスカート、肩に食い込むブラウス。本人のストレスは頂点に達し、煙突のバルブのように、今にも爆発寸前だった。
ルナは一計を案じた。「そうだ、観光に行こう!」とばかりに呉市を離れたのだった。ホームステイ先の鹿田家には「宮島観光一泊旅行」と告げ、JR呉線に飛び乗る。広島市内の百貨店で年相応の大人コーデを買い揃え、制服を脱ぎ捨てる。
そして夜の繁華街へ──。彼女の頭の中を占めるのは、酒、タバコ、そしてイケメン……ただそれだけだった。
「ほほほほほ……やったー! ここなら人目をはばからず遊べるわー! 一ヶ月以上も禁酒・禁煙とか、修行僧でも無理よ! 私、よく頑張った!」
組織から託された活動資金は、余るほどある。ルナは“二十四歳の美獣”として広島市の繁華街・流川に解き放たれた。ボディコンシャスなワンピースにサングラス。ブランド物のポーチ。口には高級外国タバコ。通りすがりのサラリーマンも大学生も、誰もが彼女の肢体に目を奪われる。
そして今夜、ルナが狙う場所は──数日前からスマホで調べていたホストクラブ「MARUKUTO」。外見も中身も「ただの二十四歳の美女」な今の彼女にとって、そこは楽園。黒服たちにVIP客として迎えられ、豪華なルームへ案内される。
シャンデリアに輝く店内。次々と運ばれてくる高級酒。そして笑顔を振りまく美青年たち。ルナは舞い上がり、ためらいもなくシャンパンタワーを注文した。 ──どうせ組織の金だ。呉ではコンビニと学食くらいしか使えなかったんだから。
「楽しい〜! 日本人の美青年たち……いいわー! 今日はもうALLで遊ぶ! アフターは誰かお持ち帰りしようっと。ふふふ……」
夜の流川に、逆ハーレムの饗宴が広がっていた。
◇◆◇
ルナの宴が盛り上がる、その最中。店長がにこやかに現れ、ルナの前に姿を現した。燕尾服に白手袋、胸元には金色のバッジ。見るからに「この店の顔」というオーラを放っている。
「お客様! 本日はご来店、誠にありがとうございます!」
深々と頭を下げる店長。突然の大仰な態度に、周囲のホストたちもざわめく。
「はーい! 何か用かしら?」
シャンパンのグラスを片手に、上機嫌で答えるルナ。口元には余裕の笑みが浮かんでいた。
「はい! 初来店にもかかわらず、とても楽しんでいらっしゃるご様子。実はオーナーが、是非お礼を申し上げたいとのことです」
「へ? オーナーさんが?」
ルナの眉がぴくりと動く。イケメンが集まるホストクラブ、その頂点に立つオーナーといえば──。
「そうなのです。オーナーは若くして大成功された実業家であり、超絶イケメンとしても有名なお方。是非お会いください」
(じゅるり……イケメンなら是非! お持ち帰りリストに加えちゃおうかしら)
頭の中で勝手にバラ色の未来を描きながら、ルナは勢いよく立ち上がる。
「ではこちらへ。ご案内いたします」
両脇のホストたちが「お客様〜!」「また戻ってきてくださいね!」と声をかけ、惜しむように手を振る。ルナは「ふふふ、あとでまたね〜!」と余裕たっぷりに応じ、ヒールをカツカツ鳴らして店の奥へ。
そこに広がるのは、別世界のような豪華な応接ルームだった。壁には黄金の額縁に収められた西洋画、天井からはクリスタルシャンデリアが燦然と輝き、空気には薔薇の香りが漂う。中央に置かれた漆黒の大理石のテーブルは鏡のように磨かれ、座り心地の良すぎるソファーは雲に腰掛けているかのようだった。
◇◆◇
ルナが腰を下ろした瞬間、応接ルームの重厚なドアがきぃ……と静かに開いた。赤い絨毯に靴音が響く。空気が張り詰める。
(来た……! きっと噂のオーナー! 絶対、超絶イケメンに違いない!)
期待で胸を高鳴らせるルナ。だが──次の瞬間、その鼓動は凍り付いた。
「ええぇー……あなた……まさか……徳丸生徒会長!?」
姿を現したのは、般若の面をつけ、原宮高校の制服を身にまとった女生徒。煌めくシャンデリアの下、異様なほど浮き上がるその存在感。紛れもなく、徳丸さやか本人だった。
「ごきげんよう、ルナ・ベネットさん。いけませんわね……わが校の交換留学生が夜遊びだなんて。飲酒に喫煙……羽目を外しましたわね」
冷気を帯びた声が、豪奢な部屋に響く。薔薇の香りも、一瞬で冷たい鉄の刃の匂いに変わった気がした。ルナの顔から血の気が引いていく。
「な……なんで、ここに徳丸さんがいるの?」
「探しましたわよ。私の大事な送迎車を爆破して、運転手をぎっくり腰にした、憎っき犯人をね」
さやかの一言が、氷柱のように突き刺さる。ルナの頭から、酒の酔いが一瞬で吹き飛んだ。背中に冷たい汗が伝う。
(やばい! ここから逃げなきゃ! 絶対に逃げなきゃ!)
立ち上がろうとした瞬間──ソファーの両脇に影が揺らめいた。気づけば副会長と書記が、左右からルナの腕をがっちりと掴んでいる。指先は鋼鉄のように硬く、びくとも動かない。
「くっ! 動けない!」
ルナの抵抗を嘲笑うかのように、さやかが面越しに見下ろす。
「ルナさん……あなたの正体も判明していますわよ。死神の首領にも話は通しました。あなた……長谷光葉じゃなくて、なぜ私を狙ったの?」
「えーん! ごめんなさい! 連絡ミスです! 女帝と女王を間違えてしまって! どうか命だけはお助けを!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、必死に命乞いをするルナ。
だが、さやかの声は一片の情もなく響いた。その声音は氷の刃のようで、応接ルームの空気をさらに数度下げる。
「本当にそうなの? 凡ミスにしても、許せませんわ」
般若の面の奥から放たれる視線に射抜かれ、ルナの背筋が震え上がる。逃げ場はない。心臓が耳の奥でドクンドクンと暴れ、冷や汗がドレスの背中を伝った。
「何でもしますから〜! ゆーるーしーてー!」
涙と嗚咽で声が裏返る。今まで培った暗殺者としてのプライドも、この瞬間は跡形もなく崩れていた。
だが、さやかは鬼面の奥で口元に薄い笑みを浮かべ、無慈悲に告げる。
「わかりましたわ。あなたのその暗殺スキル……うちの組織で使ってあげますわ。生涯、わたくしのペットとして」
その言葉は甘美な契約書のようでありながら、同時に断頭台の宣告にも等しかった。
「ひぃぃー!」
ルナは目を見開き、絶叫した。抵抗の力は完全に抜け落ち、ただ獲物として捕らわれた小動物のように震えるしかなかった。
副会長と書記が顔色一つ変えず告げる。
「それではこのまま『あの施設』に送り込みます」
「よかったなお慈悲をいただけて」
その様子を見ていたもう一人の生徒会役員、会計がさやかにファイルを手渡す。
「ルナの処遇ですが、改造人間コースでよろしいですか?」
さやかはページをめくり、わざとらしく考え込んでから口元を歪める。
「そうですわね。とりあえず、ホルスタイン牛怪人にしましょうか。無駄に大きな乳……せっかくだから、活かしてあげますわ」
「ええー!? そんな……ちょっと待って……ああああああ!」
絶叫を残して連れ去られるルナ。
こうして彼女は「旅行先で事故に遭い、集中治療室へ送られる」という設定で、原宮高校から一時姿を消すのだった。
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