第93話 決戦!呉文化ホール
数日後──。ついに原宮高校の合唱コンクール当日がやってきた。
波多見先生が臨時教師として姿を現してから約十日。一年A組のメンバーは土日も返上し、放課後の練習も夜遅くまで残って、必死に自由曲「ムー帝国の歌」を磨き上げてきた。最初はバラバラだった声も、今ではひとつの響きになっている。連帯感。責任感。そして……青山先生の“カラオケおごり”という禁断のニンジン。どれもが僕らを結束させた。
決戦の舞台は、呉市中心部にある多目的ホール──呉市文化ホール。有名歌手のライブや劇団の公演も行われる、街が誇る大舞台だ。原宮高校はこのホールを一日貸し切り、全学年・全クラスが課題曲と自由曲を歌い、頂点を競う。最高の音響と照明に包まれたこの舞台で決められなければ、どこで決められるというのか。
──僕らの決意は固かった。
全校生徒が固唾を飲んで見守る中、僕らはトップバッターとして舞台に上がる。眩しいライトの下、ちらりと審査員席を覗けば、校長、音楽教師、市議会議員の姿……。その端っこで、やたら気楽そうに座っている見慣れた顔を見つけてしまった。
──僕の親父、白岳康太郎だった。(なんで呼ばれてるんだ!?)
「ぴこーん」 補助頭脳AIが唐突に「結婚式で父親を泣かせる名曲十選」をおすすめしてくる。
(いらんから! 今は人類の存亡がかかってるんだぞ!)
「よーしお前たち! 今までつらい特訓をよく頑張った! 今日、ここが最終決戦の場だ! 気合を入れろ!」
青山先生の熱い檄に、一年A組全員が腹の底から「はい!」と応じる。
「みんな、よくできてると思うよ。生前、ムー帝国の大神官だった私が保証するからね」
波多見先生がにこやかに言い放ち、クラス中に「え?」「なに?」という困惑の声が走る。
「ははは……波多見先生ったら、中二病なんだから!」(おいおい、正体ばらす気か!?)
「前世の話ですよね、先生!」(実際ホントなんだけど!)
僕と光葉ちゃんが慌ててフォローするが、ジェシカはぎこちなく肩をすくめた。
「光葉も波多見先生も、妄想ばかりね!」(二人とも変人で押し切るしかない!)
「やるからには勝つぜ! 優勝あるのみ!」(優勝なくして大海獣に届かないだろ!)
古新開は拳を握り、気合満点で叫ぶ。
「あっ! 康太郎パパだ!」(優勝はもらったわ! パパなら私に五万点くらい入れてくれるはず!)
マリナが客席に手を振ると、親父はニヤリと笑い返した。
◇◆◇
意気揚々と舞台に進む一年A組。だが、その姿をホール上段からじっと見つめる影があった。生徒会長・徳丸さやか。そして副会長以下の生徒会メンバーだ。さやかの率いる原宮高校生徒会は、今や闇の組織の幹部候補として彼女に絶対の忠誠を誓う者たちになってた。
「みなさん……これから始まることをよく見ておきなさい。あの一年A組……いえ、長谷光葉とSF研メンバー。あの子たちが、我が組織が次に狙うターゲットですわ」
お多福面の下から、静かで凛とした声が響く。
「さやか様……例の太平洋の“あれ”に、彼らが関わっていると?」
「まさか!? 未確認古代兵器との繋がりが……?」
副会長と書記の問いに、さやかは仮面の下で唇を歪めた。
「ええ……私には感じますの。波多見先生から溢れる異様なオーラを。そして、太平洋の巨獣との因縁を」
「……しかも、あのクラスにはミケランジェロ(福浦のこと)もいます」
会計の低い声に、さやかの目が爛々と光った。
「そうですの。取り戻しますわよ。そして手に入れますわ──あの子たちすべてを」
さやかに従う者たちが一斉に頷く。
「御意のままに」
その姿は絶対君主に傅く大貴族達の様相を呈していたのだった。
◇◆◇
観客も生徒も知らない。だがその頃、海の彼方では──。
大海獣と日米合同艦隊による“鬼ごっこ”が延々と続いていた。最初の遭遇からすでに数日。昼も夜も関係なく、巨大ジュゴンは気まぐれに艦隊を追い回し、翻弄し続けていた。幸いにも死者はゼロだった。だがそれは大海獣の慈悲か、あるいはただの余裕か。被害は凄まじい。護衛艦は転覆し、潜水艦は強制浮上させられ、空母はバランスゲームの玩具にされる。
遠巻きに監視していた中国太平洋艦隊の主力空母「広東」も、不運にも大海獣の目に留まった。口から吐き出された凄まじい水圧の奔流は、艦載機を次々と海に押し流し、艦橋を捻じ曲げる。まるで巨大な消火ホースで蟻の巣を洗い流すかのようだった。
さらにロシア極東艦隊の原子力潜水艦K-583。こちらはもっと悲惨だった。水中を静かに潜航していたところを、大海獣に“むんず”と捕まれ、そのまま海面へ引きずり上げられる。次の瞬間、まるでオリンピックのやり投げ選手のように投擲されたのだ。数百メートル空を飛ぶ原潜。着水の衝撃は地震計にも記録され、艦内は重傷者多数の大惨事。幸い沈没は免れたものの、艦長は後日「これは訓練ではありません!……多分!」と錯乱した証言を繰り返すことになる。
そのほか、アメリカのイージス艦は“追いかけっこ”のターゲットにされ、甲板上で巨体のヒレにちょんと突かれるたびに横転しかけ、艦橋では「遊ばれている……!」と絶望の声が漏れた。
数日をかけて、大海獣は各国艦隊の攻撃力を「壊滅」ではなく「手加減して無力化」していった。誰の目にも明らかだった。これは単なる破壊ではない。──まるで「お仕置き」だった。そして巨大ジュゴンは再び北上を開始する。悠然と、しかし止めようのない速さで。その進路は、誰が見ても日本だった。
日米両国は最終防衛ラインを設定。そこに到達した場合は、海からだけでなく陸上からの長距離ミサイル、航空機、さらには特殊部隊まで投入する総攻撃を決定した。だが誰もが心の奥で感じていた。これまでの戦いぶりを見れば、その程度の攻撃で巨獣を止められるはずがない、と。未知の巨獣との“最終決戦”は、刻一刻と迫っていた。
◇◆◇
舞台袖。照明が落ち、客席が静まり返る。ピンと張り詰めた沈黙の中で──。
「みんな……無理しなくていいからね。私的には、人類への粛清はやぶさかでない感じだから」
波多見先生がさらりと本音を漏らす。
「いやいやいや……ここまで来て諦観しないでくださいよー! めっちゃ練習したんだし、人類のためにお願いしますよ!」
僕が必死に叫ぶと、波多見先生は楽しそうに微笑んだ。
「まあ、約束だから頑張るけどね〜。私だってカラオケ行きたいし」
一年A組の歌声は、大海獣に届くのか──!?
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