第91話 やる気スイッチON
ざわつく音楽室。ざわざわという囁きが波のように広がり、机を叩く音、椅子を引く音が重なっていく。中には「やってられっかよー!」と捨て台詞を吐き、帰ろうとする者まで出始めた。
──ヤバい! このままじゃ練習どころかクラスが瓦解する!
ぴこーん! 僕の補助頭脳AIが、まるで時報のように無慈悲な警告を叩きつけてきた。
『人類滅亡シナリオの完遂まで、残り十日と九時間十七分です』
(うわー! カウントダウンやめろ! 焦るから!)
青山先生も顔色を変え、必死に場を抑えようと両手を広げる。
「みんな落ち着け! これは冗談じゃないんだ!」
だが空気は収まらない。ざわめきはむしろ膨らんだ。
その時だった──。
ピアノの椅子に腰かけていた波多見先生が、ゆらりと立ち上がる。白のスーツの裾がひるがえり、空気が一変した。
「悪い子は誰かぁぁぁ……?」
その声と同時に、教室全体が凍り付く。
きらり、と光ったのは目……ではなかった。いや、目どころか──光ったのは口だった!次の瞬間、炎を超えた熱線が放たれる。
「ちゅいーん」
赤い光が一直線に走り、帰宅しようとした生徒の行き先──出入り口の扉の持ち手をじゅっと焦がし、白い煙を上げる。金属は赤く溶け、鈍い音を立てて変形した。動きかけていたクラスメイトたちが、一斉に硬直する。誰もが息を飲み、目だけを大きく見開いた。
「おうおうおう……人類よぉ……みんな……いい子にするって言ってたよなぁ〜? 警告は二度目までだぜぇ~」
ドスの効いた波多見先生の声。にこやかな笑みのままで放たれた一言に、クラス全員が震えあがる。
「みんな……いったん席に戻ろう」
的場くんが震える声で呼びかける。背中に冷や汗がつっと伝った。
「そうよ。きっと青山先生も何か考えがあってこの曲を選んだはずだから……」
見晴さんが必死にフォローを入れると、青山先生は「え?」という顔で固まりかける。
(いかん、このままじゃ!)
「先生、ちょっと! あと、福浦も来て!」
僕は先生と福浦の腕を引き、強引に廊下へ連れ出した。
「白岳、どうする!?」
青山先生の声が震える。額には冷や汗。いつもの冷静さは、熱線とともに蒸発したらしい。
「ここは、ニンジン作戦しかないです! 福浦も協力して!」
僕は拳を握り、声を潜めながらも力を込める。
「うにゃー。何すればいいニャ?」
福浦は首をかしげ、ぽりぽりと耳の後ろをかく。のんきだが、その図太さが心強い。
「福浦って、めちゃくちゃお金持ちみたいじゃん? 少し融通してよ。人類のために!」
僕の必死の頼みに、福浦はわざとらしく「ふぅーん」とため息をついた。
「仕方ないニャ! わしのゴールドカードで何でも奢ってやるニャ!」
胸を張って学生服のポケットから光るカードを取り出し、ちらつかせる。金色の輝きが、今や世界を救う切り札に見えた。
「凄いな! ゴールドカードなんて持ってるんだ!」
思わず声が裏返る僕。青山先生も、驚愕と尊敬を半々にした視線で福浦を見た。
「おお、太っ腹だな! それで、何を餌にする?」
青山先生の問いに、僕はぐっと身を寄せ、耳元で素早く作戦を囁く。先生の目が一瞬だけ鋭く光った。勝利の絵面が脳裏に描けた将の眼光。 ──勝負だ!
◇◆◇
ガラッと扉を開けて音楽室に戻る僕ら。
(熱ビームで貫通した扉の穴……どうしよう……。いや、今は見なかったことに!)
自分の席へ戻り、福浦も得意げに続く。
青山先生が壇上へ上がり、教壇を軽く叩いて全員の視線を集めた。
「待たせたなお前たち。実はな……このクラスって優秀だろ? 少しは遊びというか、面白い所というか、愛嬌のある姿を見せたくてな。それでこの曲を選んだんだ」
クラスメイトたちから「へぇ〜」と半信半疑の声が漏れる。
「そこでだ……このサプライズに協力してくれたら、クラス全員を中通りのカラオケ『まねき猫』に連れてってやる! 先生のおごりだ!」
「「おおっ!?」」
教室の空気が一気に変わる。瞳が一斉にきらめきを帯びた。
「時間無制限の歌い放題だ! フードとドリンクも頼み放題にしてやろう! どうだ!?」
「やっほー!!」「先生カッコいい!!」「ありがとうございます!」「やるぜ!」「みんな頑張ろうね!」
一年A組、俄然盛り上がる!
「うんうん。頼むぞ、みんな! 波多見先生の言うことをちゃんと聞くんだぞ!」
「「はい! 頑張ります!」」
「くれぐれも頼むぞ。三度目の警告は無いみたいだから。ははははは……。(乾いた笑い)」
──カラオケ作戦、大成功!
浮かれ始めた空気に、波多見先生が再び声を飛ばす。
「みんな〜! やる気になったかな? いいですか? 大海獣は私みたいに優しくありません〜! 気合い入れていきますよー!」
「ん? ダイカイジュウ? なに?」
生徒たちがきょとんと首をかしげる。
「先生! 早く練習を始めましょう! みんな! 今は頭を空にして、曲に向き合うんだ!」
僕は疑問を上書きするように叫んだ。
「そうよ! 出来が悪かったら、カラオケの約束も無しされちゃうかもよ!」
ジェシカが茶目っ気たっぷりに煽ると、教室の空気がピリッと引き締まる。冗談めかした声なのに、その言葉はクラスメイトの心をがっちり掴んだ。
「はっはっはっ! 男性パートの主役は俺に任せておけ! みんなついてこい!」
古新開が胸を張り、舞台俳優ばりの大げさなポーズ。笑い混じりの拍手が起こる。
「みんなー! マリナに日本語のイントネーションとか教えて〜! 一緒に上手く歌おう?」
マリナが両手を振る。期待に満ちた表情に、女子たちが「かわいい〜」と小声で囁き合った。
「指揮は不肖この長谷光葉が務めるからね! みんなの歌声を私が増幅するから!」
光葉ちゃんが譜面台の前に立ち、指揮棒の代わりにシャーペンを軽く振る。「増幅?」と一瞬きょとんとした空気が、すぐに笑いに変わった。
困惑は残りつつも、SF研の熱量に押されて、クラスの歯車が回り始める。
「まずは先生! 通して行きましょう!」
僕らのフォローに合わせ、ついに練習がスタートした。
◇◆◇
(……なんとなく勢いで約束してしまったけど、本当にこれでよかったのだろうか?だが考えてみれば、どちらにしても人類が救われなければカラオケどころじゃない。この歌にすべてを託すしかないんだ。みんな……頼んだぞ!)
訳の分からない超古代帝国の歌詞が音楽室に満ちていく。最初は笑っていた生徒たちも、声を重ねるうちに、目の色が変わっていった。窓ガラスが微かに震え、古びた譜面台がきしむ。まるで教室そのものが、彼らの歌に呼応しているかのようだ。
「おいおい、そんな調子じゃ全然心に響かねぇぞ! 気合い入れろ! 技術よりまずはハートだ! 心を一つにしないと始まらないんだよ!」
ピアノの前から波多見先生の檄が飛ぶ。あの女優に似たのほほん笑顔は消え、そこにあるのは一人の“超古代帝国の大神官”の顔。
「「はい!」」
声を合わせる一年A組。まだ音程はバラバラ、リズムも怪しい。だが、確かに熱がこもり始めていた。
人類滅亡まで、残された猶予はあと十日。僕らの歌声は、果たして本当に大海獣の心に届くのか──!? 頑張れ一年A組!!!
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