第90話 合唱特訓開始!
その日の授業がすべて終わった原宮高校。
昼休みの緊急会議の後、僕らの方針は決まった。波多見先生のやらかした件は、とりあえず伏せておく。青山先生(公安)、ジェシカ(CIA)、古新開(防衛省)の三人にも固く口止めをし、僕らSF研と一年A組の力で人類を救う──そう腹を括ったのだ。
まあ、どうせ情報を流したところで、人類の通常兵器じゃ大海獣は止められない。仮に核兵器なんてぶっ放したら最後、大海獣の自爆でそれ以上の大惨事になるのは火を見るより明らかだ。もし通報して、波多見先生や僕らが拘束でもされようものなら──その瞬間に人類は完全に詰む。
ここはもう、堂々とやりきるしかない!そう開き直ってみると、不思議と合唱コンクールが急にワクワクしてきた。光葉ちゃんの超ポジティブ思考が、いつの間にか僕らSF研のメンバーにまで感染しているのかもしれない。
午後の授業中、波多見先生と青山先生は大海獣に捧げる「ムーの歌」を必死で譜面に起こしていた。古代言語を日本語に訳しながらの鬼気迫る作業。青山先生の眉間のシワは、もはや世界の運命そのものを背負っているかのように深まっていった。
◇◆◇
一方その頃、一年A組では。午後の授業の合間の休み時間、僕らSF研はクラス委員の的場くんと見晴さんを廊下へ呼び出していた。
「改まってなんだよ? いやあ、波多見先生だっけ? よくあそこまで完璧な人形を手配できたなー」
的場が感心したように目を細める。
「本当にすごいわね。中身はあの音楽室の怪異・妖怪アマビエ様なんだよね?」
見晴さんも驚きの表情を隠せない。
「そうなんだが……。二人に重大な話がある」
僕の声が自然と低くなる。その真剣さに、二人は顔を見合わせ、緊張したように背筋を伸ばした。そこで僕は、これまでの経緯をかいつまんで説明した──。
「ええと……すると、なんだ……うちのクラスが合唱を頑張らないと、人類がヤバいって!?」
的場が悲鳴混じりに叫ぶ。
「大丈夫なの? ただでさえ、うちのクラスは音楽苦手なんだよ!」
見晴さんまで絶望的な顔をしている。
「それがね……。日美子ちゃんが言うには、うちのクラスじゃないとダメみたい」
光葉ちゃんが勢いよく口を挟む。瞳は真剣そのもの。
「クラス全体の総霊力量に、メンバー同士の魂の結びつき……そういう全部が奇跡的に噛み合ってるんだって!」
「的場、見晴さん。後戻りは、座して死を待つのみ。やるっきゃねえんだ。腹をくくろうぜ」
いつも明るい古新開が、笑みを消し真顔で言い放つ。その重みが二人の心を揺さぶった。
「必要なバックアップは私と青山先生がやるわ。怖いのは私も一緒よ」
ジェシカが柔らかく笑いかけ、二人の肩をそっと押すように励ます。
「なんかねー。楽しそうな歌なんだよ。練習始まったら、みんなも楽しくなるんじゃない?」
マリナは相変わらず能天気に笑っているが、その笑顔が逆に救いの光にも見えた。
「白岳……マジなのか?」
的場が低い声で僕に確認する。
「ああ。僕らの話はほぼ真面目だぞ。諦めてくれ」
「分かったわ! 光葉ちゃんがやるっていうからには、それが一番ベストなんでしょ?」
見晴さんがきっぱりと言い切る。その顔には覚悟が宿っていた。
「残念ながらそういうことだ。誰一人欠けることなく、最高のパフォーマンスを表現する。このミッション……コンプリートするぞ!」
僕が拳を握りしめると──
「おおっ!!」
二人も声を合わせ、魂の決意が廊下に響いた。
◇◆◇
そして放課後。音楽室に一年A組のメンバーが三々五々集まり、合唱コンクールのクラス練習がついに幕を開けた。
「お前たち……よく来てくれた! 今日から本格的に合唱の練習をやるぞ!」
青山先生が熱い視線をクラス全員に注ぐ。その瞳には、もはや教師というより軍司令官の気迫が宿っていた。
「一応言っておく。課題曲などどうでもいい! この自由曲を全力でやる! 分かったな!」
「「はいっ!!」」
生徒たちの声が、音楽室の壁を震わせる。青山先生は満足げに頷いた。
「それじゃあ〜、みんな! 歌詞を配るから、まずは目を通してね」
波多見先生が合図すると、的場と見晴さんがプリントを配り始める。クラスメイトたちは受け取った紙を見た瞬間──言葉を失った。
ムー帝国 望郷の歌
第1番
悠久の時の流れに 沈みし光の都
ああ深海の底に響く 懐かしき故郷の歌よ
ムー ムー 大ムー帝国
第2番
海流は穢れ淀みゆき 海底山脈は怒りを秘める
汝らが知るべきは 深き慈愛と魂の調べ
ムー ムー 大ムー帝国
第3番
響け人類の天を越え 我が故郷の調べ
帰れ眠りし理想郷へ 共に歌わん大いなるムーを
ムー ムー 大ムー帝国
読み終えた瞬間、音楽室がカオスに包まれた。歌詞を読んでゲラゲラ笑い転げる者。絶望のあまり暗い顔で膝から崩れ落ちる者。怒りに任せて的場に詰め寄る者。クラスの心は今、完全に空中分解したかのようだった。
「うーむ……どうしよう?」
僕が頭を抱えていると──ただ一人、光葉ちゃんだけが目を輝かせ、きっぱり言った。
「ヤスくん! ムーの歌って、カッコいいね!」
(ううっ! 眩しい〜!)
その瞬間、音楽室の空気がほんの少しだけ救われた気がした。
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