第九話 遅れてきた男
江田島──呉湾を挟んで呉市の西に位置する島である。かつて海軍兵学校が置かれ、現在も海上自衛隊第一術科学校として日本の国防を担うエリートを育成する。その「日本海軍の聖地」から、一人の男子学生が原宮高校へと向かっていた。
江田島市の小用港を出港したフェリー「古鷹」の上甲板。甲板に立つ男は、原宮高校の制服をちょっと崩した自己流に着こなし、晴れやかな顔でまっすぐ呉港の先、休山方向にある学び舎を見つめている。
「待たせたな、原宮高校! 俺が今からどでかい嵐を巻き起こしに行ってやるぜ!」
そんな恥ずかしいセリフを臆面もなく大声で叫ぶ男に、江田島から通学する他の原宮高生たちは、そっと視線を外し、目を合わせないよう努めていた。
◇◆◇
始業前の原宮高校職員室。一年A組担任の青山祥子は、その男──古新開拓夢と対峙していた。
「君が例の新入生か。入学するのが嬉しすぎて特訓を張り切ったおかげで大怪我? 医者のOKが出るまで二週間自宅待機だったと?」
青山は疲れた顔で目の前の少年を睨む。
「はい! ご心配おかけしました! 今は体調はもちろん、心身ともに万全です! この古新開、派手にやってやりますよ!!」
古新開は迷いなく、はっきりとした声で言い放った。その全身からほとばしる熱気に、青山は軽くたじろぐ。
(何をやりに来たのか、さっぱりわからんなぁ……)
「まあ、また張り切りすぎて怪我をしないよう、ぼちぼちやれ!」
「了解です! あ、そうそう、両谷博士から先生にこのファイルを渡しておけと預かってきました!」
古新開が差し出したファイルに、青山は眉をひそめる。
「なんだと? 両谷先生が? 君は一体……?」
青山はファイルを開き、中身をめくる。そこに書かれていたのは、青山にとっても衝撃の事実だった。
──『古新開拓夢。防衛省所属の特別候補生。政府が現在企画・開発を進めている、次期特殊戦隊のリーダー候補。以下、スペックがずらずらと記入されている……』
そして書類の最後には、防衛省お抱えの科学者(白岳康太郎に並ぶ変態技術者)である両谷博士から「三年間よろしくね」とのサイン。祥子は軽くめまいを覚えた。そして、目の前の学生を改めて見る。古新開は青山の様子など意にも介さず、らんらんと目を輝かせている。
「青山先生……! 同じクラスにいる白岳とかいう奴、そいつがターゲットなんですよね? ははははは、楽しみでならないっすよ! どんな奴なのかなぁ、俺のライバルにふさわしいか、試してやりますよ!」
古新開は、まるで獲物を見つけた猛獣のように興奮している。
「古新開! 穏便にな! 喧嘩したら停学にするからな!」
青山は釘を刺すが、古新開はそんな忠告も聞かず、すでに教室に走り去っていた。
(また厄介な奴が……! 古新開は犬ぞりで例えるなら、先頭を走りたがるイケイケのハスキー犬だ。体力・やる気・根性は申し分なし。ただしおバカだ……隣に頭脳明晰なセーブ役がいて初めてソリはまっすぐ走る。しかし、今やつは一人……どこへ突っ走るかわからん! 防衛省は何を考えているんだ!?)
「はぁ……胃が痛い……」
青山は机に突っ伏した。
◇◆◇
朝のHRが始まった。担任の青山先生は、一人増えた教室を見渡し、生徒たちに告げた。
「お前らに紹介しておく。入学式前にちょっとした怪我をして、登校が遅れてしまった男子(バカ野郎)がいただろう。こいつがその古新開だ。医者のOKが出て、今日から合流する。みんな、こいつに遅れた分を教えてやってくれ。古新開、挨拶しろ」
古新開は、教壇の前に立つと、きらびやかな笑顔を生徒たちに向けた。
「一年A組のみんな! 待たせたな! 俺が古新開拓夢だ! 今日からよろしく頼むぜ!」
その声は、教室内に響き渡る。
「座右の銘は、『先手必勝』と『考えるな、感じろ!』だ! スポーツ、勉強、リーダーシップ、何でも自信がある! 胸はいつでも貸してやる! ガンガンぶつかってきてくれ! 以上だ!」
複雑な表情の青山先生が、生徒たちに苦笑いを見せた。
「まあ……みんな……こんな奴だ。悪気はないみたいだから、テキトーに絡んでやってくれ。HRは以上だ」
僕は担任の気苦労を察して、青山先生に「頑張れ」の小さいガッツポーズを送るのだった。(返事はなかった)古新開は自己紹介の後、僕の隣の空席だった机に向かってきた。そして、僕に元気よく挨拶をしてくる。
「古新開拓夢だ! よろしくな!」
「白岳靖章だ、よろしく」
僕も簡潔に返した。すると、古新開の両目がカッと見開かれた。
「お前が噂の白岳くんか! ふふっ、いい面構えだ!」
古新開は、獲物を見定めたかのように僕を見つめる。
「今日の予定は体力測定だってな! どうだ? 俺と勝負しないか!?」
「きっぱり断る!」
僕は間髪入れずに即答する。面倒なことになりたくない。
「ほうー、逃げるのか? まさか、俺から逃げるとはな! 噂とは違うぜ、白岳!」
古新開は自信満々に挑発してくる。うわ、めんどくさい奴だ。すると、僕たちの間に、ひょっこりと光葉が割って入ってきた。
「二人とも、話は聞いたよ! この勝負、私が見届けてあげるよ!」
光葉は、面白そうに目を輝かせている。
「おお! それはありがたい! 頼むぞ、誰かさん!」
古新開は、光葉に気づいた瞬間、さらにテンションが上がったようだ。
「自己紹介がまだだったね! 我が名は、光葉! 海上自衛官の娘にして、父の転勤で呉の街に降り立ちし者! 原宮高校・SF超常現象研究会の代表にして、いつか宇宙人の実在を証明する者!」
光葉は決めポーズを取りながら、流れるような自己紹介を披露した。
「おおおー! なんかカッコいいなそれ! よろしくな、光葉!」
古新開は素直に感銘を受けたようだ。
「そして、白岳くんは私がマネージメントしてます! 勝負はいいけど、負けたら中通り商店街は福住のフライケーキおごってもらうよ!」
光葉はウインクしながら言い放つ。
「おいおい、勝手に話を進めないでくれ!」
僕は慌てて抗議したが、時すでに遅し。
「ああ! 了解だぜ! 何個でも買ってやるよ!」
古新開は豪快に笑った。
「諦めろ、ヤスアキ。光葉がああなったら、誰も止められない」
ジェシカが、諦めたような顔で僕の肩を叩いた。
「わざと負けたらどうなると思う?」
「ヤバい未来しか見えない。勝つしかないぞ、ヤスアキ」
ジェシカの忠告に、僕は頭を抱える。
「どのくらいのスコアで勝てばいいのか……加減が分からない」
「放課後はフライケーキパーティーだね!」
光葉は勝利を確信したかのように、嬉しそうに呟いた。
「はっはっはっ、やってやるぜ!!」
古新開は気合十分で拳を握りしめた。
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