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第87話 臨時教師 登場!

 月曜日の朝。白岳家にて。


 目覚ましの電子チャイムが鳴るよりも早く目を覚ました僕は、顔を洗い、制服に着替え、いつものように一階のリビングへと向かった。だが、そこには予想外の光景が広がっていた。普段は両親しかいないはずの食卓に──見慣れぬ客人が二人。いや、よく知っている“存在”ではあるが、その姿でそこにいるのはどうにも異様だった。


「ごはん、おかわりだニャ!」


「はーい! 私もおかわり!」


 空になった丼ぶりを、義母・スヴェトラーナ博士へ勢いよく差し出すのは、猫又姿の福浦と、父が開発した家事用アンドロイドに憑依したアマビエ様。その食欲は凄まじく、和朝食の基本セット──納豆、味噌汁、焼鮭、目玉焼き、お漬物──を、まるでフードファイターの如く食い尽くしていく。


「うまいニャー! 鰹節も欲しいニャ」


「はいはい。鰹節はそのまま? お醤油もいるかしら?」


「奥さーん! お味噌汁もお代わり!」


 妖怪と幽霊が宿ったアンドロイドによるモーニングラッシュに、スヴェトラーナ博士はにこやかに応じながら、次々と追加の料理を運んでいく。あまりに自然な光景に、逆に違和感すら抱いてしまう。なんだこの異次元の朝食風景は──。僕が挨拶とともに席につくと、二人は満面の笑みで返してくれた。


「おはようニャ! 先にいただいてるニャ!」


「おはようー! 朝ごはんは大事だからね。あぁー、久しぶりに実体で食べるご飯は美味しいわぁ」


 感極まったように呟くアマビエ様。その表情はまるで、五十年ぶりに文明を味わった人のようだ。それに応じるように、父が誇らしげな笑顔を浮かべる。


「はっはっはっ! そうでしょうとも! 生体部分を維持するだけじゃ物足りないと思って、昨夜のうちに五感をきっちり感じられるよう調整しましたからなぁ!」


 まるで発明品を褒められた少年のように、父は鼻高々に続ける。


「少々食べても、余ったカロリーは駆動エネルギーに変換しますから、気にせずどんどん食べてください!」


「ありがたいですー! 買ってよかったわ、この身体!」


 このアンドロイド、もはやただの家政婦ではない。サイボーグを通り越して、ほぼ“人間の上位互換”である。僕も両親に挨拶を終え、ようやく朝食にありつく。ふと、アマビエ様──いや、今日からは“臨時教師”として原宮高校に登校する彼女を見やった。


 父の調整により、彼女の外見は昨日までのマネキンのような無機質さが嘘のように洗練されていた。今どきの人気女優、しかも広島出身のあの正統派美人を思わせる端正な容貌へと“進化”している。もはや“ときめきの家政婦さん”だった頃の面影はない。そこにいるのは、まさしく“きらめきの美人教師”そのものだ。


「おはよう! 急だったが、青山先生が休日返上で書類やら何やら整備してくれてなぁ。アマビエ様のキャラ設定も完成したみたいだぞ」


 父が新聞をたたみながら、朗らかに言う。


「ほほほほ……そうなのよ。ヤスくんも、そのつもりで接してあげてね」


「了解です! マリナは寝坊中かな? 後で説明しておいてくださいね」


「ああ。情報の同期はちゃんとメインコンピューターからやっておく」


 マリナが遅刻するのは日常茶飯事だが、情報共有がAIで行えるあたり、さすがは白岳家といったところだ。


 僕は改めてアマビエ様に問いかける。


「ところで、アマビエ様のキャラってどうなったんですか?」


「もぐもぐ……原宮高校・音楽の臨時講師。名前は波多見遥はたみはるか。年齢二十三歳で、音楽大卒の呉市民みたいだね」


 “波多見遥”──教壇に立つ姿が、既に目に浮かぶ。けれど、果たして上手く演じられるのだろうか……?


「うまく演じられそうですか?」


「まあー、大丈夫だニャ。昔は弱った人間に憑依して、あちこちでブイブイ言わせてたからニャ」


 涼しい顔で即答する福浦。自信満々だが、過去の“実績”がまるで意味不明だったりする。


「ええぇー! それで、憑りつかれた人はどうなったんですか!?」


「うん? みんな元気になったわよ。私が憑りつくと、しばらくしたら病気治っちゃうし」


「まあー、そうやって、戦後の呉市で餓死しそうになってたり、復興後もヤバい病気になったうら若き乙女を何十人も快復させてきたのニャ」


 神か妖怪か──いや、もうどっちでもいい。目の前にいるのは、確実に“何か”凄い存在だ。


「あざーす! (くぅー……このコンビ、最高に凄いぜ!)」


 思わず胸の中で拝んでしまった。


 こうして朝食を終えた僕たちは、寝坊ギリギリで合流したマリナも連れ、義母の運転する車で原宮高校へと向かった。校門前には、校長先生と青山先生が、まるで戦場へ向かうかのような顔で僕たちを待ち構えていた──。


◇◆◇


 ―同日午前、原宮高校・体育館―


 朝の全校朝礼。全校生徒を前に、壇上に立つのは、相変わらず眉間にシワを寄せた校長先生。その隣では、青山先生がげっそりとした顔で立っている。


「皆さんに紹介します。新しく当校にて教鞭をとっていただく、波多見遥先生です」


 校長の声がマイク越しに体育館中へと響く。生徒たちがざわつく中、僕は一人、(おいおい…)と心の中で頭を抱えていた。


 壇上に紹介された“波多見遥”──そう、うちの父が作ったアンドロイド「ときめきの家政婦さん壱号」。そしてそのボディには、あの大妖怪であり、自称ム―帝国の末裔・アマビエ様が憑依している。 当然ながら、その中身の正体は極秘事項。校長と青山先生以外の教師には、アンドロイドであることすら伏せられているのだ。


「教科は『音楽科』と『家政科』を担当していただきます。波多見先生、一言お願いします」


 校長の合図を受けて、壇上へと進み出た波多見遥──アマビエ様。白のリクルートスーツに身を包んだその姿は、どこからどう見てもフレッシュな新人教師だ。長く艶やかな黒髪が肩で揺れ、優しげな目元に微笑みを湛えている。


「おはようございます! ご紹介にあずかりました、波多見遥です。みなさん、海は好きですか? 私は大好きです〜」


 柔らかな声と、にこやかな第一声に、ざわついていた体育館が一瞬で静まりかえる。その完璧な挨拶に、生徒たちも「わぁ…なんかステキな人が来たな」と思い始めたその矢先──。


「すべての生物を産み出した大いなる母である海。海なくして、地球の生物は生きていけませーん。なのに、人類はどうして海を汚すのかなぁ?」


 その言葉が放たれた瞬間、会場の空気が変わった。波多見の優雅な微笑みのまま、発せられた内容は──明らかに物騒だった。壇上の校長の顔から、みるみる血の気が引いていく。青山先生は口元を押さえ、目を見開き、魂が口から抜けそうになっていた。


 それでも彼女は止まらない。マイクの前に立ち、さらににっこりと笑って──


「…そういうわけで、しばらく君たちを観察して、いけない子ばかりだったら、人類の文明に滅んでもらおうと思ってまーす。みんな、いい子にできるかな?」


 体育館が、凍った。まるで、氷点下の冷気が一気に吹き込んだような静寂が場を包む。マイクを通して響く波多見遥の朗らかな声。だが、その内容は一言一句、まるで宣戦布告だった。僕は慌てて壇上の様子を見上げた。


 校長は「何かがおかしいぞ……」とでも言いたげな顔で固まっていた。そして青山先生はとうとう白目をむいていた。もう駄目かもしれない。波多見は、耳に手を当てて、生徒たちからの反応を待っている。しかも、園児へ呼びかける「みんなー、お返事は〜?」みたいなノリで。


 ……いやいやいや、これ返さないと洒落にならんぞ。ぴこーん。僕の脳内補助AIが冷静かつ無慈悲な通知を叩きつけてくる。


 『人類滅亡へのスイッチオンまで、推定1分48秒──』


 やばい! このままだと世界が終わる!僕は心の中で神にも仏にも祈りつつ、腹の底から声を張り上げた。


「はーい! もちろんいい子にします! 僕らの時代には、きっと海洋汚染対策を推進しますんで、人類を滅ぼすのは勘弁してください〜!!!」


 その叫びが、体育館に響き渡る。ぽかんとこちらを見ていた生徒たちも、ようやくヤバさに気づいたのか、僕の叫びに乗っかるようにパンパンと手を叩き始める。そして──「いい子にしまーす!」という声が、あちこちからわき上がる。もはや集団催眠のような光景だ。


「わかりましたー! じゃあもう少し猶予をあげるから、ちゃんと海を守ってね!」


 波多見はにこやかに笑い、マイクを校長に手渡した。あの笑顔が、なぜか一番怖い。


 舞台袖に戻ってきた波多見を見て、隣にいた光葉ちゃんが、ひそひそ声で僕に話しかけてくる。


「今更だけど、ヤスくん……アマビエ様に身体を提供してよかったのかな?」


 さらに、ジェシカと古新開までが、沈んだ顔で僕に問いかける。


「ダーリン……たかが合唱コンクールのために、人類に未知の脅威を解き放ったんじゃ?」


「白岳! 一体どうなってるんだ?」


 うぅ……やっぱりそう思うよね。僕も思ってるよ。


「うーん……とりあえず合唱コンクールを頑張ろう。いい子にしてたら、今のところは大丈夫だと思う」


 そう答えると、福浦がぽつりと呟いた。


「ウニャ〜……あの『人類をいつか滅ぼす』とか、酔っぱらったらいつも言ってたけど・・・冗談だとばかり思ってたニャ」


「「おいおい……」」


 こうして、高性能アンドロイドのボディに、アンチ人類の魂を持った新人教師が、ついに原宮高校に降臨したのだった──。

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