第86話 アンドロイドはムー帝国の夢を見るか?
白岳研究所、地下の特殊格納庫。
父・康太郎が開発した家事用アンドロイド──その常軌を逸した高性能ぶりに、僕たちは言葉を失っていた。火炎放射にレールガン搭載のメイド型家政婦なんて、一体誰が想像できるだろう? だが一方で、憑依中のアマビエ様はというと、ノリノリだった。
「白岳博士! ちょっと待ってください! こんな危険な武装のあるアンドロイドを校内に持ち込むのは、許可が下りないですよ!」
震える声で叫んだのは、もちろん青山先生。あの鉄の肝っ玉をもってしても、さすがに目の前のバ火力メイドは恐怖対象のようだ。
「そうなのー? いいじゃない! うちの子のガードもできるし、その設定がOKな場合はちょっと値引きしますよ!」
だが、父はまるで悪びれもせず、むしろ“新しいビジネスチャンス”を発見したかのように、ニコニコと売り込みモードに突入する。
「ちょうど一年A組の合唱コンクールの面倒を見るんで、ガードもできるわよ?」
アマビエ様も追い打ちをかけてくる。どこからどう見ても【軍事用兵器】のくせに、本人(?)はごく自然に“学校の行事に参加する気満々”である。
「ちょっと上の許可を取らないと……!」
青山先生が脂汗を浮かべながら口元を引きつらせる。現実的な責任が彼女の肩にずっしりとのしかかっていた。
「じゃあとりあえず安全装置で武装はロックしときますよ。それで10パーセントオフでどうですか?」
もはや完全に商談だ。ここまでくると、どこまで本気なのか判断がつかない。
「父さん! 研究に協力してくれるんだから、タダでレンタルしてよ!」
僕は思わず叫んだ。まさか本当に売買の話になるとは──思ってもみなかった。
「そうよねー、なんとかなりません? あなた」
隣でスヴェトラーナ博士も父に助け舟を出してくれる。が──
「気に入ったから買い取るわ! 三毛太郎、出して!」
空気を切り裂くようなアマビエ様の宣言。直後、それを聞いて福浦から心得たとばかり声が飛び出す。
「ウニャ!」
福浦がポンッと猫又の姿に変化し、前足を脇の下へ突っ込むと、どこからともなく──
ゴトン、ゴトン、ゴトン……!
金色に輝く金塊が、次々と床に転がり出た。重量感のある金属音が、静まり返った格納庫にやけに響く。
「白岳……今の金の相場はいくらだニャ?」
「えーと……」
福浦の声に応じて、僕の補助頭脳AIが反応した。
『ピコン♪ ご報告〜、10キロで約一億七千万なりまーす!』
「だってさ」
「それじゃあとりあえず五本出すニャ!」
さらに金塊がごろごろと追加されていく。その場にいた全員が、その非現実的な光景に呆気にとられた。
「すごっ……どこから手に入れたのかしら?」
ジェシカがぽつりとつぶやく。冷静に見える彼女も、さすがに驚きを隠しきれていない。
「おおおお! これだけあれば、引退して遊んで暮らせそう……って、福浦! お前は妖怪だったのかっ!」
青山先生がついに叫んだ。夢見心地の顔から、混乱と驚愕が入り混じった表情に変わっていく。
「まあまあ先生。いい奴なんですよ、福浦って」
僕がフォローを入れる中、父がふむ……と腕を組んだ。
「康太郎博士、これで買い取り、どうでしょう?」
アマビエ様が柔らかく促す。場の空気を見て、早めに手を打とうという判断だ。
「じゃあー、ちょっと鑑定するからね。靖章、見てみて。マリナも」
父に指示され、僕とマリナで金塊のスキャンを始めた。
「出所はわからないけど、純度九九・九九パーセント。本物だよ」
「康太郎パパ、こっちも本物! 総額約八億五千万ってとこかな」
「もうちょい足りないかなー」
淡々とした父のひと言に、思わず僕は引いた。金額の桁が違うとか以前に、“金を持ち込んでアンドロイドを買う妖怪”という存在がすでに現実感を逸している。
◇◆◇
その時、アマビエ様が真剣な表情で口を開いた。
「うーん……残りはム―帝国の最終兵器の起動アイテムとかじゃダメですか?」
あまりにも突拍子もない言葉に、場の空気が一瞬止まる。耳を疑った僕だったが、それより先に反応したのは光葉ちゃんだった。
「ええっ!? 超古代文明の!?」
彼女が思わず声を上げたのも無理はない。さっきまで金塊を積み上げていたかと思えば、今度は古代兵器の話。常識のストッパーがとっくに壊れている。
「そうそう。私ってム―帝国人の末裔だし」
軽い口調で続けるアマビエ様。事もなげに語るその言葉に、僕は頭を抱えたくなった。
「妖怪アマビエじゃなかったんですか?」
誰もが思っていた疑問を、僕が代表してぶつけてみる。
「それは君たちが勝手に名付けてるだけだよ。失礼しちゃう話だからね! 約一万二千年前に太平洋のムー大陸に栄えた超文明は、まだ健在なんだから!」
なぜかちょっとムキになって主張してくるアマビエ様。しかも“まだ健在”って、今も何か動いてるってことか……?
「そうなんだ……それは興味あるなぁ! それで、最終兵器って?」
まるでおもちゃをねだる子どものように目を輝かせ、父が問いかける。もちろん科学者モード全開だ。
アンドロイドの姿のまま、アマビエ様が父に耳打ちする。
「ごにょごにょ」
そのささやきを聞いた瞬間、父の顔がみるみる輝き出す。あの顔は完全に「変態科学者スイッチ」が入った証拠だ。
(絶対ヤバいやつに違いない……!)
僕の補助頭脳AIの思考も、警報を鳴らしていた。
(ムー大陸の超兵器!? うちの情報にも実在は確認されてないけど……!もしそれが本当に動くなら──世界の軍事バランスが崩壊しかねない……!)
CIA諜報員のジェシカも難しそうな顔をしている。
「ねぇねぇ、それって大海獣とか万能潜水戦艦とかなのかな?」
光葉ちゃんの目がキラキラと輝き出す。こうなると誰も止められない。興味が限界突破した時の彼女は、ある意味では父以上にタチが悪い。
「ふふっ、気になる?」
「気になりますよー!」
アマビエ様の微笑に、光葉ちゃんが全力で応じたその瞬間──
「ちょっと待ったー!」
声を張り上げたのは、満を持して青山先生だった。まさに“堪忍袋の緒”が切れる瞬間だ。
(これ以上ヤバい人にヤバいモノを持たせられない……!)
緊迫した表情で、青山先生が一歩前に出る。空気がピリッと引き締まった。
「足りないところはうちでなんとかするんで、それでどうでしょう?」
理性の極みとも言える声色で、なんとか現実に引き戻そうとしている。
「えー? せっかく面白そうなモノを研究できると思ったのにー!」
父が唇を尖らせるも──やれやれという顔のまま、青山先生が視線を送る。
「白岳兄妹の保安要員として、正式採用するよう働きかけますから!」
その言葉に父の表情が一変。急に交渉テーブルから科学者に戻ったような顔になる。
「アマビエ様はそれでいい?」
僕が念のため確認すると──
「私はいいですよ。この身体、気に入りましたし」
満足げに微笑むアマビエ様。その表情はまさに、“買い物を終えた満足顔”だった。
「じゃあ商談成立ってことで。最終調整するから、月曜まで泊まっていってよ!」
父の声が上機嫌に弾む。
「はーい! よろしくお願いします!」
こうして、なぜか国家規模のヤバい取引があっさりと成立し、アマビエ様は研究所に残留。僕たちは一足先に帰ることになった。
この報告を聞いた的場は喜んでくれるかなぁーと、遠い目をする僕。光葉ちゃんは「超古代兵器、見たかったなぁ」と残念そうな顔をしていたが──それ以上に疲労困憊な表情をしていたのは、青山先生だった。帰り際、僕は研究所の冷蔵庫から「自衛隊専用栄養ドリンク・元気バッチリZERO」を取り出し、そっと先生に手渡した。
──この時の先生の「ありがとう」が、心なしか泣きそうに聞こえたのは、きっと気のせいではない。
◇◆◇
その日の午後。
霞が関某所では、国家公安委員会主導による緊急会議が開かれていた。土曜日だというのに、関係各省庁の高級官僚が一堂に集められ、室内は重苦しい空気で満ちている。誰もが休日返上の召集に不満を抱いていたが、議題を見ればそれも仕方がないと思わざるを得なかった。
──議題は、「原宮高校への護衛用アンドロイドの正式採用」について。
「現場の方から、更なる警備体制の強化に白岳製のアンドロイドを採用したいとのことです」
防衛省の担当者が冷静に報告を開始する。
「性能はどうなんですか? ただの飾りに金を出すのはどうかと」
財務省の官僚が渋面で問い返す。予算の出所にうるさい彼らからすれば、見た目だけの“お飾りメイド”に巨額の金をかけるのは許しがたい案件だ。
「手元の資料を見てくれたまえ。……表向きは“家事用”だが、この武装は相当ヤバい」
公安委員長が重々しい声で発言し、机の上に配布された資料へ視線が集中する。そこには、火炎放射、電磁レールガン、高速反応装甲……“家事”の意味を問いたくなる文言がずらりと並んでいた。
文科省、財務省、公安、外務……次々に意見が飛び交い、気づけば議論は現実味を失い始めていた。
これは防衛なのか、戦力配備なのか、はたまた新たな国際問題の火種か。誰もが頭を抱える中──
「試用ということで認可してみては?」
防衛省が、最も穏当な落としどころとして提案を出す。
「まあこの程度の支出なら……」
財務省も、しぶしぶながら折れたようだった。
その時、不意に外務省担当のスマホが震えた。全員がちらりと目を向ける中、その男は画面を確認して顔を引きつらせた。
「たった今ですが、米大統領から『面白そうだからOK』との回答がきました」
思わず室内が静まり返る。一瞬、時が止まったような沈黙のあと──
(あのおっさん…… 一回殴りたい!)
一同は声に出さなかったものの、心の中で硬く拳を握っていた。だが、その“無敵の一言”により、すべての議論は強制的に終了。かくして、原宮高校へのアンドロイド講師の正式配備が、あっさりと決定されたのであった。
◇◆◇
その夜。白岳家・地下研究所の特殊格納庫。
人の気配もなく、静まり返った室内。配線むき出しの天井からは低いLED灯の明かりが差し、中央に立つ一体のアンドロイドをぼんやりと照らしていた。
──「ときめきの家政婦さん壱号」。外見はただのメイド型アンドロイド。だが、その瞳にひとたび生命が宿れば、もはや“兵器”と呼ぶほかない存在。
きらーん……。誰もいないはずの研究所で、突然、その目が音もなく光を灯した。
(ついに自由に動く身体を手に入れたわ。大いなる母である海を汚す猿(人類)ども……。いずれ、我ら海底人の恐ろしさを見せてやる)
「ぷぅークスクス」
静かな格納庫の中に、不気味な笑いがまるで深海に響くように、ひそやかにこだました。
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