第82話 ピンチ! 合唱コンクール
中間試験も終わり、秋の空気がやわらかく漂う頃。教室にもようやく穏やかな日常が戻ってきていた。そんなある日、僕たち一年A組は、差し迫った合唱コンクールに向けて課題曲に取り組んでいた。 「鬼の子」と校内で恐れられるこのクラスだったが、ここにきて思わぬ弱点が露呈する。そう――音楽的センスが、見事なまでに欠けていたのだ。
偶然か、それとも運命のいたずらか。どのクラスにも一人はいる「ピアノが弾ける生徒」が、僕たちのクラスには一人もいなかったのである。伴奏は録音さえあれば練習できる。だが、より良くするためのアドバイスができる人間がいないのは致命的だった。
ちなみに、僕もマリナもピアノは弾ける。……が、どちらも元々のセンスは皆無。脳内補助AIの指示通りに指を運ぶだけの「機械演奏」しかできない。抑揚も感情もない演奏に、クラス委員の的場がそっと天を仰ぐ。
「くっそー! 天は我らを見放したのか!?」
天井を仰いだままの声に、クラス内がしんと静まる。
少し間を置いて、もう一人のクラス委員――見晴さんがぽつりとつぶやいた。
「誰か、音楽センスあふれる助っ人を探してくるしかないのかなぁ……」
そのつぶやきに、教室中の視線が一斉に跳ね上がる。
「「それだ!!」」
妙に息の揃った大合唱。……だが、叫んだあとで皆の顔に広がるのは「でも、誰を?」という現実的な戸惑い。結局、冷静な者から口を開く。
「……いや、でも音楽教師は今どこも引っ張りだこだろ?」
「そうそう、青山先生なんて……」
言いかけて、全員が同じ方向を見てうなずいた。
「音楽どころかリズム感すら壊滅的だったよな……」
「……だよね」
小さなため息が幾つも重なる。こうして、放課後。クラス委員二人を交えて、僕たちはSF研にて善後策を練ることになったのである。
◇◆◇
部室にて。その部室で、古新開が一人、気炎を上げていた。
「ははははは! なぜ俺を頼らない? ピアノ演奏など、二週間もあればマスターしてみせるぜ!」
その豪語に、全員が一瞬ぽかんとした。沈黙を破ったのは麗だった。
「ヒロ! 合唱コンクールは二週間後よ。あなたがまた古鷹山に籠もっている間に終わっちゃうじゃないの」
「はっ! そうだった……」
(そもそも古鷹山で、どうやってピアノ特訓するつもりだったんだろ……)
僕が内心で突っ込むのと同時に、古新開はしゅんと肩を落とした。
「古新開の気持ちはありがたいけど、弾ければいいってもんじゃないんだ」
的場が苦笑しつつフォローを入れる。
「そうなのよね。クラスの合唱の出来不出来もわかる、そんな逸材をどうにかしないと……」
「すまないな。私も楽器演奏はイマイチなんだ。歌唱には自信があるんだが……」
見晴さんが眉を寄せて言うと、ジェシカが申し訳なさそうに手を合わせる。
「私もお兄ちゃんも、役に立てずにごめんちゃい」
マリナも肩をすくめて、ちょこんと謝る。部室に小さなため息が広がる中、光葉が胸を張って前に出た。
「まあまあ……みんな。ここはこの私に任せてもらいましょう! 例によって、大物を降霊してバッチリクラスを導いてあげるわ!」
自信満々な笑み。しかし麗がすぐに水を差す。
「光葉ちゃん……そのことなんだけど」
困った顔で言葉を選びながらも、隣のB組クラス委員としての立場から伝える。
「先日のクラス委員の申し合わせで、『お札を貼った指導者の禁止』が決まったの」
「ええぇー!?」
光葉が素っ頓狂な声を上げ、椅子から転げ落ちそうになる。
「実はそうなんだ。他のクラスや二、三年生からも『ずるい』って意見があってな」
的場が苦々しい顔で補足する。
「そうなの。ベートーベンとかモーツァルトとか来たら、どうするんだって……」
「なるほど。全校生徒が応援するクラブ活動ならともかく、クラス対抗行事に使ったら確かにずるいか」
僕が納得したように言うと、光葉は腕を組み、ぐぬぬと唸る。
「うーん……困ったねぇ……」
一同が頭を抱えていると、ガラリとドアが開き、男子高校生の姿の福浦(化け猫)が顔を出した。
「あれ? 福浦じゃん」
「え? 福浦くん? どうしてここに?」
意外な登場にクラス委員の二人が首を傾げる。光葉ちゃんが説明を補った。
「言ってなかったっけ? 福浦くんは、うちの同好会に入部したんだよ」
「そうなんだニャ。今日は何やってるニャ?」
にやにやと笑う福浦に、僕は答えた。
「おいおい、福浦もA組じゃないか。合唱コンクールの相談だよ」
「ピアノ弾く子を探してるのかニャ?」
「三毛太郎は心当たりあるの?」
ジェシカが食い気味に尋ねると、福浦は意味ありげに口角を上げた。
「うーん、あるにはあるが、受けてくれるかは分からんニャ」
その言葉に、部室の空気がざわりと揺れる。
「じゃあ今晩23時に、音楽室に集合ニャ」
「ええっ!?」
的場と見晴さんが同時に叫び、思わず顔を見合わせた。
「これは……面白そうな予感」
光葉が目を輝かせる。その反応を楽しむように、福浦はにやりと笑い、手をひらひら振って再び部室を去っていった。
◇◆◇
夜の学校。
その夜半、僕たちSF研のメンバーは再び集められていた。古新開と麗は江田島在住のため不参加。どこか安心したように胸を撫で下ろす声が、心の中で聞こえた気がした。
(よかったー……正直、私は怪異はちょっと苦手だから……) by 麗
そしてもう一人、引率という名目で呼び出された人物がいた。――青山先生だ。
「お前ら! 季節外れの肝試しか? いい加減にしろよ! こんな時間に呼び出すなんて……」
低い声には怒りというより、どっと疲労がにじんでいた。
「まあまあ先生。砲台山以来の、面白いモノが見られるかもですよ」
光葉ちゃんが軽く返すと、先生はピタッと足を止めた。
「え? そうなの? いやいやいや、聞いてないわよ! そんな話……」
明らかに腰が引けている先生を、ジェシカとマリナが両脇からがっちりホールドする。
「先生、行きましょう~! マリナがついてますよー」
「フフフ……怖いのは私もです。呪われるときは一緒です……(涙目)」
にっこり微笑むマリナと、妙に爽やかなジェシカ。その余裕がむしろホラー感を増幅させる。
やがて、福浦が指先で合図を送った。
「みんな、集まったニャ?」
「こっちの準備はできてる。案内頼む」
僕が返すや否や――
「いやぁー! やーめーてー!」
真っ暗な校舎に、青山先生の悲鳴が木霊した。コンクリの廊下に反響し、冷たい風と混ざり合って、不気味さをさらに増幅させる。そんな先生を置いていくように、福浦を先頭に僕たちは足早に音楽室へと進む。
そして――その耳に届いたのは。誰もいないはずの音楽室から、まるで迎え入れるかのように華麗なピアノ演奏が流れ出していた。軽やかで、それでいてぞくりと背筋をなぞるような旋律。僕たちは顔を見合わせ、ただ息をのむしかなかった。
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