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第80話 大熊猫の実力を見せてやる

 雑居ビル突入から、およそ一時間弱が経過していた。


 住宅街の静けさの中に混じる金属音や衝撃音が、じわじわと人の好奇心を呼び寄せ、路地や角の向こうから野次馬たちがぽつぽつ集まり始めている。誰かが通報したのだろう。遠くからパトカーのサイレンが途切れ途切れに聞こえ、やがてそれが重低音を増して迫ってくる。──この対決も、そろそろ終わりを迎える。


 パンダ怪人・黄幡遼は、全身の筋肉を大きく波打たせながら攻撃を繰り返してきたが、すでに息は荒く、白黒の毛皮の隙間から熱気がもわっと立ち上っている。可愛らしい見た目に似合わず、その爪は風を裂き、振るうたびにアスファルトに白い傷跡を刻んだ。


「おやじさん……大丈夫? 光葉ちゃんも解放してるはずだし、もうこれ以上戦っても意味ないんじゃ?」


 僕は息を整えながら問いかける。遼の胸が大きく上下し、吐く息はまるで蒸気機関車のようだ。


「うるさい! 任務は絶対! 最後まで戦わなければならぬ理由がある! 俺は、この地で必ず情報を得ねばならんのだ!」


 その声は、疲労で掠れながらも揺るぎがなかった。


「そうなのか……じゃあ遠慮なく殴るけど、いいよね?」


 拳を握り直し、足を半歩踏み込む。


「殴る……だと? ハハハハハ! 見ろ! この姿を! 世界的絶滅危惧種であるジャイアントパンダだぞ! 殴っていいと思ってるのか!」


 遼は胸を張り、両腕を広げて見せつけるように毛並みを輝かせる。


「なんだと……!」


 その瞬間、こちらの迷いを見透かすような笑みを浮かべた。


「貴様の目は節穴か? 見ろ、この可愛さを!」


 遼は大きく腕を振り上げ──突然、くるん、とぎこちない前転を披露した。その動きは妙にぎこちなく、それでいて妙に愛らしい。思わず僕の口元が緩む。


 その瞬間──。 きらーん! 


 パンダの黒い瞳が妖しく光り、息を呑む間もなく鋭い突きが胸元を狙って突き出された!突きが突風を巻き起こし、頬を焼くような突風が駆け抜けた。反射的に後ろへ跳び、紙一重でそれをかわす。


「くっそー! なんてエグい攻撃をしてくるんだ!」


 かわした直後、僕は冷や汗をぬぐいながら距離を取る。


「フハハハハハ! 俺を倒せば、地球上から貴重なジャイアントパンダが一頭消えることになる! ほらほら……殴れるのか?」


 声には挑発と嘲りが入り混じっていた。


「ううっ……このド変態怪人めぇー!」


(くそ……分かってる、これは怪人だ……でも、こいつを殴って死体にでもしたら全国民から非難される気しかしない……!)


 遼は、あざとい可愛さを見せつけるように首をかしげ、次の瞬間には牙と爪で距離を詰めてくる。その可愛さと殺意のギャップが、こちらの攻撃のタイミングを奪っていく。


「ぜぇぜぇ……そろそろ仕留められろよー!」


 吐く息は白く、足運びは依然として重い。


「いや……それはご遠慮したいんだけど!」


 押し込まれながら防戦していると──。


「お兄ちゃん! 助けに来たよ!」


 背後から元気な声が飛び込んできた。振り向けば、マリナが笑顔で駆け込んでくる。


「待たせたな! ここからは俺に任せていいぞ!」


 古新開もすぐ後ろに続く。しかし、敵の姿を見た瞬間──構えていた足が思わず止まる。


(え、パンダ!?)


「いやぁーん! なになに? めっちゃ可愛いんだけど!」


 マリナは両手を頬に当て、目を輝かせる。


「おおっ!? ジャイアントパンダだと?」


 古新開も口を開け、まじまじと見つめる。


「そうなんだ! こいつ、可愛い仕草からいきなり攻撃してくるぞ! 気を付けろ!」


 僕は慌てて釘を刺す。


「お兄ちゃん……どうやって倒そう?」


 マリナは首をかしげながらも目を離さない。


「生け捕りにしたら、動物園とかに売れないかな?」


 古新開が顎に手をやって妙な案を口にする。


「ちょうど南紀白浜のパンダが帰国して、和歌山が大変みたいだ……」


 僕は思わず話に乗ってしまう。


「こいつを送ったら、みんな喜ぶかな?」


 マリナも軽く笑みを浮かべながら同調した。


 僕らのひそひそ話を、パンダ怪人はピクリと耳を動かして聞いていた。


「貴様ら、何を話している? ここで死ぬ奴らが片腹痛いわ!」


 その声には、怒りというより若干の苛立ちが混じっていた。


 ◇◆◇


 その時──。


 暗がりの奥から低い唸りが響き、路地の闇がひときわ濃く揺れた。猫影のようなシルエットがスッと地面を横切り、しなやかな体が宙を舞う。前脚が着地する瞬間、「ポン」と軽い音とともに毛並みが膨張し、駐車場の照明をはじいて金の稲妻のように閃く。盛り上がる筋肉、逆立つ毛並み──わずか数秒で、そこには巨大な三毛猫へと変貌した福浦三毛太郎が立っていた。


「フウゥー!」


 背中の毛を総立ちにし、背を丸め前脚を小刻みに動かす「やんのかステップ」。金色の瞳が、まるで獲物を定める狩人の矢じりのように、真正面から遼を射抜く。


「なんだ……こいつは? 猫型改造人間かっ!?」


 パンダの口からわずかな驚きが漏れる。


「お前かニャ! うちの可愛い生徒たちを襲った奴は!」


 三毛太郎の低く通る声は、唸りと怒気を帯びていた。ジャイアントパンダは無意識に半歩後退し、後ろ足がアスファルトを擦る。 その刹那──。


「ウニャ!」


 風を裂く音と共に、三毛太郎が弾丸のように飛び出した。パンダの懐に一瞬で潜り込み、その太い胴を両腕でがっちりと抱え込む。まさに“もろ差し”だ!


「くっ……離れろ!」


 遼が吠え、巨腕で振りほどこうとするが──。


「ウニャニャ! わしが呉鎮守府の双葉山だニャ!!!」(※双葉山:かつて69連勝した伝説の横綱)


 容赦なく腰を締め上げる「鯖折り」が炸裂する。骨の軋む鈍い音と共に、黄幡遼の膝ががくりと折れ、巨体が地面に沈んだ。


「ぐはぁぁー!」


 腰を押さえ、パンダ姿のままアスファルトの上を転げ回る遼。その動きはもう、戦士ではなく、芋虫のように不格好だ。


「三毛太郎……よしよし。僕らは大丈夫だからもう許してあげて」


 僕は慌てて駆け寄り、三毛太郎の頭を軽く撫でる。グルグルと喉を鳴らす巨猫。やっぱ猫が可愛い。


 腰をやられた人間は、もう立ち上がれない。一度大地に転がると起き上がるのにも、地球の重力を身体全体に感じるという。腰をやった者は皆、思い知るのだ……地球という星の、重力という名の容赦なき神を!


 ◇◆◇ 


 パンダ怪人を打ち倒し、暴れる三毛太郎をなだめている僕を見つけて、光葉は弾かれたように駆け寄ってきた。次の瞬間、彼女は勢いそのままに僕の胸へ飛び込んでくる。小さな体がぶつかってきて、驚いたけれど、その震えに気づいて僕も強く抱きしめ返した。


「光葉ちゃん! 無事でよかった!」


「ヤスくん……! ありがとう! 私、君が必ず来てくれるって信じてた……!」


 その言葉に胸の奥が熱くなる。互いの鼓動が触れ合い、張り詰めていた緊張が少しずつほどけていく。


 遠くで響いていたサイレンは、もう耳のすぐそばで唸りを上げ、赤色灯が視界を激しく染め上げた。次々に駆け寄ってくる制服姿の警察官たち。その人波の中に、眉間に皺を寄せた青山先生の険しい顔が見えた。



 十分後。 


 駐車場のアスファルトの上、僕たちは一列に正座していた。僕、光葉ちゃん、ジェシカさん、マリナ、古新開──そして福浦は? 影のように姿を消していた。(おい!)


「お前らー! 私を無視して無茶しやがって! 呉署でじっくり話を聞かせてもらうからな! その上で、きっちり生徒指導室送りにするから、そのつもりでな!」


 青山先生の声が夜気を震わせる。 一同、同時に深く頭を下げた。


「「どうも、申し訳ございませんでしたー!」」


 黄幡遼ことパンダ怪人は、ジャイアントパンダ姿のまま逮捕。パトカーに乗るのを頑なに拒み、軽トラの荷台にロープで括られて、まるで運搬用荷物のように連れ去られていく。


(このまま和歌山に送ればいいのに)


 麗さんは胸の傷が塞がったものの、回復後の経過観察のため救急搬送。古新開が付き添い、青山先生と古新開の計らいで、海上自衛隊と両谷博士の保護下に置かれることになった。──きっとまた、あの笑顔に会えるだろう。


 こうして、僕らの秋祭りの一日は幕を閉じた。夜風がやけに冷たく感じる──そして、アスファルトの正座は、本気で痛かった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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