第八話 やるわ! 同好会設立
高校生活がスタートして二週間が過ぎた。桜の花もすっかり葉桜へと変わり、吹き抜ける風も少しずつ初夏の匂いを帯びている。クラスの雰囲気にも落ち着きが出てきて、生徒たちは自然と自分の居場所を見つけ始めていた。部活動もほぼ出揃い、大半の生徒が何らかの所属先を決めた。ある者は帰宅部を選び、ある者は学習塾へと通い始め、まさに「原宮高校スタイル」な日常が動き出している。
──そんな中、僕はというと、いまだ宙ぶらりんのままだった。体育会系からのラブコールは相変わらず鳴り止まないが、どの部も他部の目を気にして本格的な勧誘には踏み切れず、その隙間を縫うように僕は教室と校門を往復していた。目立たず、平穏に。高校三年間をそつなく終える。それが、サイボーグとして存在する僕にとって、何よりも優先すべき命題だった。
なのに──
「おはよう! ヤスくーん!」
通学路の向こうから、満面の笑みで手を振る長谷光葉。そしてその隣を無言で歩く西条ジェシカ。……クラスの二大美少女に毎朝つきまとわれて、目立たないわけがない。二人とも何かしらのクラブに入ってくれれば、僕ももう少し静かに過ごせるのに──そう思わずにはいられなかった。
◇◆◇
その日の放課後、僕たちは中通り商店街にあるマクドナルドにいた。夕方の光がガラス越しに店内を照らし、制服姿の学生たちの笑い声があちこちで響いていた。
「光葉ちゃんもジェシカさんも、何か部活動しないの? 光葉ちゃんなんて文芸部とか似合ってると思うけど。ジェシカさんは体育でも目立ってたろ? どこの運動部でも活躍できると思うんだけど」
僕はストローをいじりながら、できるだけ自然に、しかし強く願いを込めて言った。
「部活、だよねぇ……やるならやっぱりヤスくんを中心にした、探求系の面白い活動をしたいんだけどなぁ」
光葉はポテトの袋を置き、頬杖をついて僕を見つめる。その瞳の奥に、いつもの「策士モード」が光っていた。
(来た……また何かを企んでいる……)
「私も部活なら君と一緒がいい。白岳が運動部に入るなら、マネージャーでも何でもやるつもりだ」
ジェシカも視線を逸らさず、やや真顔で言い放った。
(西条さんもやけにグイグイ来るな……目的が読めない)
僕は話題を変えるために尋ねる。
「今あるクラブで、何か気になるのはあった?」
「強いて言うならUMA探求同好会かな? でも、まだまだ浅いと思うんだよね。UMAなんて所詮は地球産の新種じゃん?」
光葉はハンバーガーにかぶりつくと同時に、さらりとぶっ飛んだ意見を述べた。
「やはり探求するのなら、無限に広がる大宇宙か、科学で証明できない超常現象だと思うんだ」
ジェシカの表情がピクリと動いた。光葉と目が合い、二人の間に謎の電流が走る。
(光葉のこの流れ、、一流の仕事を見せてやるって感じだな……)
ジェシカは一拍置いて、うん、と頷いた。
「私もそう思うな。ロマンを求めてこそ青春じゃないか」
「へぇー。意外と西条さん、ロマンチストなんだね」
僕は本気で驚いてしまった。
「そうだよ! 私とジェシカちゃんは同志だからね!」
光葉はハンバーガー片手に無邪気な笑顔を見せた。
(どのタイミングでそんな連帯感が生まれたんだよ……)
「まあ、分かったよ。それで具体的にどうするの?」
光葉は満を持して学生手帳を取り出し、ページをめくりながらニヤリと笑った。
「校則によると、有志が三人集まれば同好会の設立も可能なんだって! 更に会員が集まれば、部活への昇格もOKみたい!」
「なるほど……それで意味不明な同好会がたくさんあるのか……」
僕は手帳を覗き込みながら、肩をすくめる。光葉は立ち上がり、トレイを抱えたまま拳を突き上げて宣言した。
「というわけで、『SF超常現象研究会』を立ち上げたいと思います!」
「それ、僕も参加するの!?」
「君がいなきゃ意味ないよ! 活動の半分は君の観察だし!」
光葉は当然のように言い切った。
(監視を合法化してくるとは……さすがエージェント光葉)
ジェシカは隣で静かに頷く。
「私も参加希望だ。SFも超常現象も、大体理解しているしな」(一般教養レベルで)
僕の脳内AIが突如ぴこんと反応し、眼内モニター上に『妻or恋人の口を塞ぐ具体的なキスのテクニック』を表示し始めた。
(ヤメロ! 誤学習にも程がある!)
慌てて思考回路を手動リセット。気づけば、向かいに座る二人の唇を交互に見てしまっていた自分に顔を赤らめた。
「まあ、認められるか分からないし、申請だけはしてもいいよ。光葉ちゃんに任せるから」
「OK! 青山先生に用紙もらって提出してみるね!」
光葉は上機嫌でウインクしてみせた。
◇◆◇
翌日の放課後。薄曇りの夕空が西日で赤く染まりはじめたころ、光葉は職員室の扉をノックした。
「失礼します、青山先生にご相談が」
彼女は普段よりも少し控えめな声で、そっとドアを開ける。その目は、やたらとキラキラしていた。
「長谷か。どうした? 授業で分からないところでもあったか?」
青山先生はモニターから顔を上げ、淡く笑みを浮かべる。が、その眼差しには警戒心のような何かが一瞬、宿った。
「いえ、先生に相談がありまして。実は私たちも同好会を作りたいなって思ってまして」
「ほう、入学早々積極的だな。どんな同好会を作りたいんだ?」
椅子にもたれながら、書類を脇へよけ、青山は興味深そうに前屈みになった。
「はい! 『SF超常現象研究会』を作ろうと思ってます!」
光葉は背筋をピンと伸ばし、まるで表彰されるかのように胸を張った。
「なかなかマニアックだな……もう三人集めたのか?」
(嫌な予感がする。いや、これは確信犯の香り……)
青山の口元は笑っていたが、目元の筋肉がほんのり引きつる。
「わたしと西条さんと白岳くんです!」
──その瞬間、先生の目尻が「ピクッ」と明確に跳ねた。
(こいつら、揃いやがった……!)
「でも長谷、もう少しよく考えてみたらどうだ? 白岳は運動部だろ?」
「いえ! 彼はうちのエースですので!」
光葉は即答した。言葉に一切の迷いはない。自信満々である。
(どうなってる……? この展開は事前シミュレーションの範疇を超えている……!)
青山は、心の中でモニタールームの仲間たちに謝罪しながら、なんとか冷静を装った。
「……意味がよく分からんが、申請があれば上にお伺いしてやろう」
「ありがとうございます! では用紙に記入して、また持ってきます! 失礼しました!」
光葉は元気よくお辞儀し、晴れやかな足取りで職員室を出ていった。
【青山祥子の心の声】
(要注意監視対象とCIAのエージェント、そして一般人女子高生がひとつの同好会に集まるだと? しかも下手に認可したら、今後の監視業務に負担が増えまくるぞ。ヤバい……これ、下手したら“事案”じゃないのか?)
青山はペンを置き、こめかみを指で押さえながら天井を見上げた。
◇◆◇
その翌日、提出された同好会設立申請書は即日で受領され、青山の手から公安上層部へと回された。
その日の19時、場所は霞が関某所──警視庁公安部会議室。国家公安委員会、外務省、防衛省、文部科学省など、各省庁の錚々たる顔ぶれが長机を囲む。その額の多くに、深いしわが刻まれていた。
「白岳靖章が所属する“SF超常現象研究会”の設立認可について、これより協議を開始する」
開口一番、議長の声が重く響く。資料に記されたのは、「日本政府として取り扱いに極めて慎重を要するサイボーグ高校生」「CIAエージェント(※推定)」「一般女子学生」という、まるでギャグのような同好会構成員。
「どういうつもりなんだ、原宮高校は……」
「いや、米国大使館から“うちのやることに口出すな”って圧力が来ててだな……」
「クラブに昇格でもされたら、さらに一般生徒が巻き込まれるぞ!」
「……しかし、現状では“認可拒否”の法的根拠が弱い……」
責任を取りたくない大人たちの押し付け合いと、ぐだぐだな議論は深夜まで続き── 結局、「とりあえず様子見」という名目で、設立が許可された。
◇◆◇
二日後、昼休みのことだった。
「長谷。同好会の件だが──上(国家公安委員会)から認可が下りた。今日から活動してよしとのことだ」
青山は書類を机に置き、目の下にうっすらクマを浮かべながら告げた。
「とりあえずクラブ棟の空き部屋をひとつ提供してやる。くれぐれも事件事故の無いよう気を付けて活動するように!」
「青山先生、ありがとうございます! 上(校長)にかけあって下さったんですね! 嬉しいです!」
光葉は花が咲いたような笑顔で、ぴょんと軽く跳ねた。
「ああ、上もちょっと悩んだみたいだがな。 ちなみに顧問は私がやれというお達しだ。 よろしくな」
青山は疲れた笑顔を浮かべたが、その口角はピクリとも動いていなかった。
「そうなんですか! では顧問もよろしくお願いします! 頑張ってクラブ昇格目指しますね!」
「……ああ、好きにしろ……」
光葉は小躍りしながら職員室を後にした。その背中が見えなくなった瞬間、青山は椅子に深く沈み込んだ。
(……また仕事が増えてしまった……今夜はクラブ棟に監視カメラと盗聴器の設置……か)
机の上に山積みになった監視レポートを恨めしげに見つめながら、青山祥子は深いため息をついた。
「はぁ……誰か、私の人生もサポートしてくれないかなぁ……」
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。
星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)
そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。
更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!
今後の展開にもどうぞご期待ください。 感想も大歓迎です!