第77話 光葉救出作戦!
雑居ビルの一階で繰り広げられる、サイボーグと改造人間の凄絶な激突。そのすぐ裏手で一匹の猫が、静かに、そして大胆にビルへの侵入を試みていた。
人は言う、「猫は液体だ」と。福浦三毛太郎はその言葉を体現するかのように、壁のひび割れで生じた格子窓のわずかな隙間へと頭を突っ込み、全身をぬるりと滑り込ませた。そして内部から、前足を器用に動かし、裏口の電子ロックを「カチャリ」と解錠。
中へと通されたのは、戦闘服へと着替えを終えたジェシカと──戦場に戻る覚悟を決めた古新開宙夢。福浦は彼らを無言で先導し、地下室へと通じる分厚い鉄扉の前へと向かっていく。
「この鍵は暗証番号で開くタイプか。鍵穴がないだけに厄介だぜ」
扉を見上げながら、古新開が腕を組んで唸る。だが、福浦は尻尾をふりふりさせながら呑気な声で言った。
「そうかニャ? わしには簡単だニャ」
「どういうこと?」
ジェシカが眉をひそめたその瞬間、福浦は得意げにヒゲをぴくりと揺らす。
「霊視してみたところ、押された跡のある番号は『3569』だニャ。この4つの組み合わせから選ぶニャ」
「わかったわ……じゃあ、5963(ご苦労さん)なんて……」
ジェシカが軽く冗談めかして数字を入力すると、すぐさま「ピーッ」という軽快な電子音が鳴り、扉のロックが外れた。
「こんなにあっさりと……!」
ジェシカが呆然と呟く。彼女の諜報員としての矜持が、猫又の一言と鼻息で打ち砕かれた気がした。
「なんか、諜報員的に色々と悩むのが馬鹿みたいだわ……(汗)」
「先へ進むぜ!」
古新開が空気を切るように言い放ち、三人と一匹は足早に階段を駆け下りていった。地下へと至る通路の奥には、無数のお札と呪符が貼られた──見るからに禍々しい気配を放つ一枚の扉。
「ここもわしに任せるニャ」
福浦がそう言った瞬間、その身体がぐわんと膨張し始め、見る見るうちに巨大な猫又へと変貌を遂げる。
「どすこーい!」 その掛け声とともに、分厚い掌でドアを一閃!
──ドゴォォォン!!!
衝撃波が通路全体を震わせ、結界と扉は同時に粉砕された。
「おおー! すげえパワーだな!」
古新開が呆れたような賞賛を口にする。
ジェシカは崩れ落ちた破片の向こうに、椅子に座る少女の姿を認め──叫んだ。
「光葉! そこにいるの!?」
迷うことなく飛び込んだ先、いたのは涙ぐんだ瞳を浮かべた長谷光葉だった。
「みんな! 助けに来てくれたの!?」
その顔に広がるのは、混じり気のない安堵と歓喜の笑み。
「待たせたな。すぐに解放する」
古新開が駆け寄り、縛られた椅子の拘束具に手をかける。
「よかったー! やっぱり古新開くんはピンピンしてる! 麗ちゃんの話じゃ殺されたって聞いたから心配してたの!」
「殺されかけたのは本当よ」
ジェシカが苦笑しながら補足し、古新開も静かに頷く。
「心配かけたな。見てのとおり無事だから。詳しい話は後でな。すぐここを出よう」
「うん! でもこれを見て……」
光葉は首元を押さえ、そこに装着された爆弾付きの首輪を見せる。
「これがあるから、部屋からは出られないみたいなの……」
ジェシカが覗き込み、目を細める。
「見せてみて。うーん……下手に外そうとすると、爆発するタイプのヤツかも……」
「くそぅ……ここまで来て……!」
古新開が悔しげに唇を噛んだそのとき── 福浦が光葉の首元へと歩み寄り、「くんくん」と鼻を鳴らし、前足でちょんと首輪に触れる。
──ポンッ!
何の拍子抜けか、軽やかな音とともに錠前が外れ、首輪がぽろりと地面に落ちた。
「え!?」 「へ!?」
ジェシカと古新開の驚きが重なる中、光葉は歓声を上げる。
「やったー! 取れたよ首輪!」
「にゃははは! わしに掛かれば造作もないニャ!」
「ありがとう! 福浦くん、凄いね!」
光葉は猫又に駆け寄り、その毛並みに顔をうずめた。
「とにかく一階へ。青山先生にも解放を連絡して、応援を頼むわ」
ジェシカが冷静に言い放つ。
「行こう!」
三人と一匹は、急いで階段を駆け上がる。 その途中──
「西条と長谷さんと福浦はこのままビルを出て逃げてくれ。俺はまだやり残したことがある」
一階の出口に差し掛かったところで、古新開が足を止め、決意を込めた瞳で言った。
「麗ちゃんのことだね?」
光葉が静かに尋ねると、古新開は無言で頷いた。
「古新開……気を付けて。そして、早くダーリンとマリナに加勢してあげて」
「まかせておけ。じゃあ、行ってくる!」
振り返ることなく、古新開は激しい戦闘音が響くフロアへと、迷いなく駆けていった。
◇◆◇
雑居ビル一階の倉庫スペースは、かつて荷物が所狭しと並んでいたであろう広い空間──今は、そのほとんどが撤去され、がらんとした空間に変わっていた。
しかし、その静けさはない。今そこにあるのは、鋼と肉のぶつかり合う音、床を擦る足音、そして荒い息遣いのみ。マリナと黄幡麗──サイボーグと強化人間が拳と蹴りを交わしながら、目にも留まらぬ速度で空間を駆けていた。
マリナの全出力を解放した身体能力は、まさに猛獣を凌駕する。高速連撃。跳躍からの回転蹴り。ロシア軍隊式マーシャルアーツの技が矢継ぎ早に繰り出され、麗を容赦なく追い詰める。
「どんどん行くよー! 古新開の分もお返しするからね!」
鋭い声とともに、連撃の圧力が増す。床を裂くような勢いで踏み込む足、うなりをあげて襲い掛かる蹴り──そのすべてに、怒りと悲しみ、そして友情の想いがこもっていた。
だが、麗もまた、一歩も退かない。彼女は流れるような動きで打撃を捌き、かわし、回避する。その所作はまるで舞。動きの一つひとつが無駄なく、しなやかで、攻撃の勢いを殺さずにいなす。
マリナの拳が麗の肩に届いた瞬間
バチッ!!
鋭い音とともに、火花が弾け飛ぶ。マリナの掌に内蔵された高電圧スタンガンが、麗の筋肉に焼けつくようなダメージを与えていた。
(厄介な武器を持ってるのね……しかし、電極に触れなければ大丈夫……!)
麗は戦闘の中でも冷静だった。マリナの手の位置、電撃の出力タイミング、そしてスタンスの傾きを観察し、正確に間合いを詰めるタイミングを図っていた。
「マリナちゃん! 古新開くんが自分より弱いって言ってたわよね? それは彼に対する侮辱だわ! 彼は強かった……そう……そんな小道具に頼る貴女よりね!」
その声を皮切りに──麗の身体が一瞬、影のように揺れた。見えなかった。視界から消えたかのような一瞬の踏み込み。次の瞬間、彼女はマリナの懐に潜り込んでいた。手足が絡みつき、身体を絡めとるように組み付く。
「ええぇー! 投げられた!?」
マリナの視界が回る。天地が逆転する。
ドォーンッ!!
マリナの身体が、壁際に叩きつけられるように投げ飛ばされた。強烈な衝撃。コンクリートの壁が鈍く鳴き、粉塵が舞う。
『衝撃大につき身体へのダメージ深刻。回復にエネルギーを要します。出力50%低下』
AIのアラートが無慈悲に告げる。全身への大ダメージ、マリナは体勢を立て直せずに膝をつく。
「マリナちゃん、ごめんね。貴女も死んでもらうわ」
麗は静かに歩み寄る。投げ技の余波で揺れる髪、その足取りには一点の迷いもない。彼女の目に宿るのは、哀しみではない。決意だった。
だが──その瞬間。
「ちょっと待った!」
空間の緊張を破る、力強い声。背後で扉が開かれ、静かな足音とともに、見慣れたシルエットが現れる。
「ここからは俺が相手をするぜ!」
姿を見た麗の目に、明確な動揺が走る。
「ええっ!? 古新開くん? どうして貴方がここへ!?」
その問いに、古新開は無傷の身体でゆっくりと近づきながら言う。
「麗さん、見ての通りだ。昼間のダメージはもう回復した。リベンジさせてもらうぜ」
「私たちの知らない治療方法があるのかしら……まあいいわ。もう一度壊してあげる」
麗の目が鋭さを取り戻す。再び殺意のオーラが全身にまとわりつき、指先が微かに震えた。
「望むところだ。俺はなんでも真面目に真剣に取り組む奴は嫌いじゃない」
微かに笑みを浮かべながら、古新開はマリナの横をすり抜けて前に出る。
静と動の均衡が崩れた。蘇った男と、凄みを増す女。ふたたびぶつかる、魂と魂。
第2ラウンドが、今、幕を開ける。
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