第75話 追跡、そして大暴れ
夜。秋祭りのパフォーマンスが行われた交差点、四つ道路の中心部は、祭りの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
警察が張った黄色の規制線が、まるで現場の悲劇を無言で語るかのように、冷たい風に揺れていた。監視の警官が時折、辺りを見渡す以外、そこに人影はない。本来であれば、余韻に浸る家族連れや、祭りの終わりを惜しむ若者たちで賑わっているはずだった。だが今、その場所は、仄かな焦げ臭さと虚無を漂わせていた。
僕たちは国道を挟んだ向かい側、寂れたバス停のそばに車を停めていた。マリナの膝の上に座る家猫姿の福浦が、車窓から鋭く夜の空気を嗅ぎ取っている。
「三毛太郎~、何か分かった?」
マリナが小声で問いかけると、福浦はひくりと耳を動かし、力強く宣言した。
「ウニャ! わしの髭に光葉の霊気がピンピン来たニャ!」
その言葉に、ジェシカの目が鋭く光る。
「それで、光葉はどこに?」
「北だニャ! このまま本通りを進むニャ!」
車はすぐに動き出した。静まり返った道路を、ヘッドライトが切り裂く。福浦の短く正確な指示に従い、僕たちは住宅街の方角へと向かっていく。
「光葉は攫われた際、意識を失ってたニャ。しかし、神原日美子が入れ替わって霊的マーキングをしたみたいだニャ」
「さすが光葉ちゃんの守護霊様!」
僕は思わず口元を緩ませたが、すぐにジェシカが冷静に状況を読む。
「こんな現場の近くにいるっていうの? このまま行くと黄幡さんの家の近くだけど……灯台下暗しってこと?」
「表向きは麗さんも誘拐されてるんだろ? だったら、その本人の家に潜伏してるって誰も思わないはずだ」
古新開の分析に、僕は小さく頷いた。
「麗さんが裏切ってるって知ってるのは、僕らだけか……」
「お兄ちゃん、青山先生には連絡する?」
マリナが慎重に問いかけると、ジェシカは間髪入れずに答えた。
「マリナ、ちょっと待って。バックアップは私の部下と監視ドローンでするわ。公安が動けば、こちらの気配も悟られる」
「僕らだけでやるか……でも後で青山先生にはこっぴどく叱られるなぁ……」
僕が苦笑すると、古新開が力強く言い放つ。
「その前にここで負けてちゃ話にならないぞ。麗は強い。それだけじゃない、戦闘員も一騎当千だ」
その言葉に、マリナは拳を固く握りしめ、気合を込めた。
「わたし、本気出すよ!」
「テロリストを無力化するガス弾があるわ。できるだけ戦いを避ける方向で行きたいわね」
ジェシカの現実的な判断に僕も頷き、提案を重ねる。
「麗さんが出てきたら、僕とマリナで抑え込もう。二人係りなら行けると思う」
その時、福浦が突然ぴくんと身体を震わせ、鋭い声をあげた。
「場所が特定できたニャ! あのビルだニャ!」
「やはり東和園の従業員寮だわ……」
ジェシカが地図を取り出し、福浦の指差す場所と照らし合わせる。
「お前たち……ここで待つニャ。わしがこの姿で探ってくるニャ」
そう言うと、福浦はドアの隙間からひょいと飛び降り、物音ひとつ立てず夜の闇に溶け込んでいった。
まるで風のように、雑居ビルの塀をひょいと飛び越えていく姿は、猫というより忍者だった。
◇◆◇
十五分後。
再び車に戻ってきた福浦は、僕らに淡々と状況を報告した。倉庫には人気がなく、二階以上に武装した戦闘員が数名。光葉はおそらく地下室に監禁されている。そして、ビルには複数のカメラとセンサーが仕掛けられており、侵入すればすぐさま増援が駆けつける可能性が高い。
「全員に、わしの幸運パワーをマシマシで授けておくニャ! うにゃ!」
福浦の体から発せられた眩い黄金の光が、まるで星の粒子のように僕たちを包み込んでいく。
(これが……福浦の幸運力……? なんだか、運すら味方にできそうな気がしてきた……)
「ありがとう、福浦。事件が解決したら『ちゅーる祭り』を約束するよ」
「お仲間の分のお供えもリクエストしてくれ」
福浦のひげが嬉しそうに揺れ、古新開も神妙に頭を下げた。
マリナは福浦の毛並みに頬を押し当てながら、優しく語りかける。
「三毛太郎~、大好きだよー! 光葉ちゃんは絶対助けるから!」
「ありがとう福浦くん。私も約束は守るから。じゃあ、ダーリンとマリナは正面玄関から堂々と行って。騒ぎが大きくなったら、私と古新開で塀を乗り越えて地下室を探るから」
ジェシカが作戦を仕切ると、福浦がそれに反応する。
「ジェシカ、わしも行くニャ! ここには強い結界を感じるニャ。わしがいれば結界を破ることもできると思うニャ」
福浦の力強い申し出に、僕の胸にも熱が灯る。
「よーし、それじゃあ一丁暴れますか!」
「光葉を確保したら合図するから、無理しないでね。誰一人欠けちゃだめだからね」
「「おおっ!」」
その掛け声と共に、僕とマリナは車を飛び出す。 ──ここに、光葉救出作戦が始まった!
◇◆◇
僕たちは陽動役。ならば派手に暴れてこそ役目というものだ。 ぴこーん! 僕の補助AIが唐突に脳裏に警告を表示する。「雑居ビルを倒壊させる最適な壊し方」とまで教えてくれる律義さが、逆に怖い。
(いやいや……それはさすがにやりすぎでしょ……)
心の中でツッコミを入れると、マリナが横でニヤリと笑った。
「お兄ちゃん、わたしが二階と三階の窓にガス弾を投げ込むよ! 階段から降りてきた奴をぶっ飛ばして!」
「ああ、マリナも投擲が終わったら合流してくれ!」
「ラジャ!わたしたちのコンビ技、見せてやろうよ」
マリナはビルを見上げてニコリと笑った。
「ごめんくださーい!」
軽いノリのその一言と共に、僕はドアノブを力任せに引き抜いた。バキィッという乾いた破砕音と同時に、室内に耳障りな警報が響き渡る。赤い警告灯が天井で点滅し始め、まるで蜂の巣を突いたように、ビル内が騒然とし始めた。だが構うものか。僕はズカズカと踏み込んでいく。
続いて、マリナが手際よくガス弾を二階・三階の窓に投げ込む。破壊音とともに「シュー、シュー」と白い煙が広がり、作戦は強制的に始動した。 騒然とする内部。 ガスを避けようと慌てて階段を駆け下りてきた中国工作員たちを、僕は全力モードで迎え撃つ。
「お前らか……僕の大事な彼女を誘拐した馬鹿野郎は?」
その言葉を皮切りに、男たちが一斉に飛びかかってきた。だが、父謹製の“エセ加速装置”が生む動体視力ブーストの前では、彼らの攻撃はすべてスローモーションに見えた。僕はそのまま、飛びかかってきた敵の腕を掴み、背後の壁へ叩きつける。次々と壁にめり込む工作員たち。そこへ、ガス投擲を終えたマリナも加わる。
──今ここに、暗闇の中の大暴れが始まった。怒りと決意、そして何より、大切な人を取り戻すという信念が、僕たちの動きを研ぎ澄ませていく。
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