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第73話 困った時のヤツ頼み

 今年の秋の例大祭は、謎のパフォーマンスと、低高度EMP弾による突発的な大停電という想定外の混乱によって、夕方には早々に中止が発表されていた。


 通信インフラから交通網まで広範囲に被害が及び、呉市の行政機関や警察は混乱の渦中にあった。しかし、その混乱の陰では、僕──白岳靖章の身体に関する機密データを巡って、謎の諜報組織が暗躍を続けていた。


 そしてなにより──光葉が誘拐された。考えるだけで、胸が締めつけられる。僕は、彼女を守ると誓ったのに。結局、何もできなかった。ソファに沈んでうなだれている僕に、ジェシカが優しく声をかける。


「ダーリン、元気出して。麗が手引きしたのだとしたら、これはどうあっても防げなかったと思うわ」


 彼女の言葉は、敗北感で固まりかけた心に、静かに染み込んできた。


「そうよ、お兄ちゃんは悪くない! それより、どうやって光葉を探す?」


 隣でマリナも、明るく前を向こうとしていた。


「呉市内にまだいると思うんだがな」


 古新開がぽつりと口を開く。その真剣な声に、僕は問い返す。


「どうしてそう思う?」


「勘だ。犯人が麗なら、長谷さんを監視しながら守ってくれるんじゃないかと思うんだ」


 古新開の顔には、迷いが残っていた。それでも、その目には確信が宿っている。


「黄幡さんが裏切り者としても、か?」


「ああ……俺の前から去っていく前の、彼女の寂しそうな顔が目に焼き付いてる。俺たちと敵対するのを心から楽しんでいる顔じゃなかったんだ」


 彼の言葉に、ジェシカも静かに頷いた。


「そうかもね。彼女は命令で仕方なく動いてる可能性もあると思うわ」


「光葉……無事でいて……」


 マリナのか細い呟きが、部屋に沈黙を落とした。


 ──そして、その時だった。僕の脳裏に、ある人物の顔が浮かぶ。


「うーん……一か八か、あいつを頼ってみるか」


 僕のつぶやきに、ジェシカが眉をひそめる。


「ダーリン……あいつって?」


「そうか! あいつなら、もしかしたら……!」


 何かに気付いたように、古新開も目を見開いた。


「ああー! もしかして、福浦三毛太郎?」


 マリナがすぐに正解を言い当てる。


「そうだ! 僕らには奴らが思いもよらない、超常の味方がいるじゃないか!」


「そうね。人事を尽くしてもダメなら、神頼みもいいかも。すぐに部下に車を用意させるわ。原宮高校へ急ぎましょう。あと、古新開は着替えを用意させるから。そんなボロボロの格好じゃ連れて行けないわよ!」


「すまん、助かる」


 古新開が息をつくように礼を述べた。こうして、僕たちはジェシカの用意した車に乗り込み、夜の原宮高校へと急行した。


 ◇◆◇


 到着した校舎はすでに静まり返り、校門も硬く閉ざされていた。人の気配はない。僕たちは裏門へと回り込み、ひっそりと塀を乗り越えて敷地内へ潜入した。向かう先は、SF研の部室。福浦三毛太郎がいるはずの場所だ。


 と、その時──クラブ棟の一角、僕らの部室から賑やかな笑い声が漏れてきた。恐る恐る近づき、そっと戸を覗き込む。そこには、福浦三毛太郎──妖怪猫又の本性を現した彼と、見たことのない幽霊や妖怪たちが、ちゃぶ台を囲んで宴会の真っ最中だった。


「ヒィー!」 思わず、ジェシカとマリナが同時に悲鳴をあげる。 ──どうやら、原宮高校の七不思議に属する怪異たちが集まっていたようだ。


「こらー! 福浦! 僕らがいないからって、勝手に知らない妖怪を呼び寄せて! 何やってるんだー!!」


「ウニャ! お前ら、何しに来たニャ? 今日はお祭りで、久々にみんなと飲んでたニャ」


 ゆるい口調で返す福浦に、割って入ったのは古新開だった。勢いよくスライディング土下座をかまし、声を張り上げる。


「福浦、すまん! お楽しみの途中で申し訳ないが、力を貸してくれ! 一生のお願いだ!」


「おおっ!? 小僧、どうしたニャ。何かあったのかニャ?」


 その瞬間、マリナが半泣きで叫ぶ。


「わーん! 三毛太郎~助けてよー! 光葉が悪い奴らに攫われたの!」


「そうなの。恥ずかしながら、私の情報収集力でも見つからないの。探してくれたら、『ちゅーる』でも『マタタビ』でも、何でも買ってあげるから」


「ニャんと! それは大変ニャ!」


 福浦は真顔になると、後ろの妖怪たちに丁寧に頭を下げた。


「宴は中止ニャ。皆の者、また日を改めて集まるニャ」


 異形の怪異たちは、「仕方ないな」「また今度ねぇ~」と言い残しながら、ふわりと宙に溶けるようにして姿を消していった。


「福浦、ありがとう! 僕らは光葉ちゃんを探し出し、黄幡さんを倒さなきゃならないんだ。話を聞いてくれ!」


「わかったニャ。話を聞こうじゃないかニャ」


 福浦は一度大きく伸びをすると、男子高校生の姿に変化し、部室の豪華な椅子──光葉の指定席に腰を下ろす。そして、僕たちの話に耳を傾けた。


 話が終わると、福浦は目を細めて腕を組み、しばし考え込むような素振りを見せた。そして、次の瞬間──ふいに表情をキリッと引き締め、スッと立ち上がった。


「任せておけニャ! 光葉の霊力を辿っていけば、必ず見つけられるニャ! わしの霊能力と神通力を信じろニャ!」


 その自信に満ちた宣言に、場の空気が一気に明るくなる。頼れる猫又が本気を出す──その事実だけで、希望が差し込んできたような気がした。


「さすが原宮のリアル招き猫! じゃあ場所を特定して、今度はこっちから攻め込むか?」


 僕は思わず笑みを漏らしてそう言った。受け身ではなく、こちらから動く時が来たのだ。


「まずは光葉の安全確保ね。それは私と古新開がやるわ。古新開は、奴らからしたら始末した相手。いないと思って油断してるはずよ」


 ジェシカが鋭く状況を読み取って指示を出す。彼女の頭の回転の速さには、いつもながら舌を巻く。


「じゃあ僕とマリナは陽動だな。」


 僕も即座に役割を理解して応じる。


 一瞬の静寂。


「お兄ちゃん、いっぱい暴れよう! 古新開の仇を討つわ!」


 マリナが拳を振り上げ、無邪気な笑顔で気勢を上げる。その目は本気だった。守るために、戦う覚悟を決めている。


「福浦……みんな……すまん」


 古新開が、絞り出すように呟いた。目を伏せ、肩を落としたその姿には、悔しさと責任の重さが滲んでいた。 ──命を救われたばかりの身で、再び危地に飛び込もうとしている。だからこそ、彼の言葉には痛みと決意が混じっていた。


 すると、福浦がゆっくりと目を閉じて集中するような仕草を見せた。そして、再び口を開く。


「まずは長谷さんの気配を探るニャ……うーん……いないニャ。意識が断たれた状態なのかニャ?」


 その言葉に、場の空気が一瞬、重く沈んだ。


「まさか……死ぬような目に遭ってはいないよね?」


 マリナが不安げに声を漏らす。心配を隠せないその表情に、僕も思わず息を飲む。


「それは大丈夫そうニャ。長谷さんの豪運は半端じゃないからニャ」


 福浦の断言に、ふっと空気が和らいだ。 ──豪運。それは一見ふざけたような表現だったが、この場にいる全員が、その言葉に一縷の希望を見出していた。


「みんな、そろそろ校舎の見回りに守衛さんが来る頃よ。車へ戻って、誘拐の現場に行きましょう」


 ジェシカの冷静な判断が場を引き締めた。時間は待ってくれない。


「ラジャ!」


 マリナが敬礼のようなポーズを決めた瞬間、福浦が「ポンッ」という軽やかな音とともに、ふわりと光の粒を舞わせながら家猫の姿へと変身する。彼の小さな体をマリナが抱きかかえる。僕たちは無言のうちに頷き合い、部室を飛び出した。


 目指すは四つ道路交差点──闇に消えた光葉の行方を追うためだ。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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