第71話 待て……死んでないから
秋祭りの喧騒が嘘のように沈んだ四つ道路の一角。
僕がようやく現場にたどり着いたときには、既にすべてが終わっていた。そこにあったのは、騒然とした人だかり──。混乱の中、叫び声を上げる人々、何が起きたのかを理解できない観客たち、慌ただしく指示を飛ばす警官たち──そして、その真ん中に、血を吐いて地面に倒れている古新開の姿。
僕は群衆を押し分けながら、彼の元へ走った。制止する警官たちに「友人です!」と強引に告げ、なんとか彼の傍らにしゃがみ込む。目の前の古新開は、あまりにも酷い状態だった。体中に擦り傷と打撲、服の破れからのぞく血まみれの肌。中でも、胸部への損傷は異常だ。強化人間(身体に機械は埋め込まないが、遺伝操作や薬物・生体移植などで強化された、ある意味での生体サイボーグ)でなければ、その場で即死していただろう。
僕はすぐさま内蔵スキャナーを起動し、彼の身体状態を分析。心拍は不安定、心臓はほとんど停止寸前。咄嗟に近くの警官に向き直り、声を張り上げた。
「お願いします!AEDを! 早く!」
そのときだった──。 ビルの屋上から何かが音もなく打ち上げられる。打ち上げ花火のように見えたそれは、僕たちの遥か頭上で何かを起動させた。無音──だが、僕の神経系には確かに伝わってくる。皮膚の奥を震わせるような違和感。
低高度EMP(電磁パルス)弾だ──!
瞬間、目には見えない電磁の波が四方に放たれる。その余波は凄まじく、周囲のスマートフォンは次々とブラックアウトし、街の電灯やオフィスのモニターもパチパチと音を立てて沈黙。警官たちの無線も一斉に機能を失い、パトカーのサイレンが不自然にフェードアウトする。
混乱は一気に広がった。人々がスマホを見て絶句し、機器を叩き、何が起きたのかとざわつく。警官すらも機能停止した装備に対処できず、現場は更なる混乱の渦に呑まれた。僕自身も、その瞬間わずかに動揺した。だが──僕はサイボーグだ。こうした事態は充分に想定されている。EMP耐性は身体全体に施されているし、回路には自動的な再起動プロトコルが走っている。
そして──
「白岳……頼みがある……」
地面に横たわる古新開が、わずかに目を開け、掠れるような声で語りかけてきた。
「俺を……連れて逃げてくれ……」
かすれた声だが、意思ははっきりしていた。
「何を言ってる!? 救急車がもうすぐ来る! 病院に行かなきゃ!」
「大丈夫だ……じきに回復する……。それより、話があるんだ……俺を担いで、逃げてくれ……」
(……ここじゃ話せないんだ。彼女の事は)
その表情は弱々しいながらも、どこか真剣だった。命の灯火が今にも消えそうな中、彼は必死に何かを伝えようとしていた。
「……分かった! お前を信じるぞ!」
僕は迷いを捨て、古新開の身体をそっと、だが素早く担ぎ上げた。肩にかかる重み──だが、それ以上に彼の中にまだ残る“意志の重さ”を僕は感じ取っていた。
(──だが、何かがおかしい。奴らの本当の目的は、古新開だったのか……?)
混乱する人々の間を縫い、僕は疾走する。とりあえず、マリナの元へ向かわなければ。彼女が無事であることを祈りながら、しかし電磁パルスの影響がゼロとは言い切れない。パニックと混乱で溢れかえる通りを、僕はただ走った。
◇◆◇
一方その頃──。
街路灯が瞬き、街全体が不気味に静まり返る中、マリナは祭りの喧騒から少し外れた場所で足をもつれさせていた。先ほど上空で作動したEMP弾の影響で、彼女の身体に内蔵された各種システムにも一時的な誤作動が起きていたのだ。
「あーん……色んなシステムが誤作動してるー!」
彼女はふらつく身体を郵便ポストに預け、ようやく立っていられる状態だった。視界がちらつき、聴覚センサーも微妙にノイズが走る。脳内に響いたのは、冷静そのもののAIの声だった。
『誤作動中のシステムを再起動します』
小さな息をつきながら、マリナは一瞬だけ目を閉じる。
「……それにしても、低高度EMP(電磁パルス)弾まで使うなんて……相当にヤバい奴らみたいだね」
目を開いた彼女の視線は、なおも混乱する街の光景に向けられていた。
「通信もだけど……たぶん今日のあの襲撃パフォーマンスのSNS投稿とか出来なくしたり、いろんな記録されたらヤバいデータをぶっ潰すのが目的なのかな……」
回復した機能で光葉のスマホの位置特定などを試みるが、周囲の通信インフラはほぼ壊滅状態。センサーも曖昧な信号しか拾わず、光葉と麗の行方は依然として不明だった。苛立ちと焦りが膨らむ中、マリナは方向を変え、古新開の元へ戻ろうとした──その瞬間、視界に見覚えのある姿が飛び込んでくる。
「あっ!」
古新開を肩に担いだ義兄・白岳靖章の姿だ。彼の顔は真剣そのもので、全力でこちらに向かって駆けてくる。
「お兄ちゃん! 来てくれたんだ! 古新開は!?」
駆け寄るマリナに、僕は肩越しに声を返した。
「マリナ! 無事だったか! 古新開か? 見てのとおりだ……」
言葉のとおり、担がれた古新開は、血の気が引いてぐったりと力を失い、まるで死人のような顔をしていた。
「古新開……死んだのね……可哀そうに……強い私が脱出して、弱い古新開を残したばかりに……ううっ……この仇はきっと取ってあげるからね……!」
マリナの瞳に涙が溢れ、大粒となって頬を伝い落ちていく。その姿を見ながら── 担がれた古新開が、かろうじて意識を保ちながら、かすれた声で呟いた。
「待て……俺はまだ死んでないから……! それより、静かになれる場所まで移動してくれ……!」
「ああー! 生きてた! ホントかな?」
目を丸くするマリナ。感極まった表情で、古新開の胸部──最も痛んでいる箇所を、無邪気に人差し指でツンツンと突く。
「うがぁぁー! そこは痛いって……」
ガクッ…… 悲鳴を上げた古新開は、そのまま本格的に気絶してしまった。
「マリナ、駄目だぞ! 負けて死にかけてる男に鞭を打っちゃ!」
僕が言いたしなめる。
「ごめんちゃい! それより、どこへ行こう?」
「甚だ不本意だけど、ここはジェシカを頼ろう。呉中央の彼女のマンションへ行くぞ」
「了解! ジェシカと青山先生に連絡を試みるね!」
「頼んだぞ、マリナ!」
そう言うと、僕は再び走り出す。マリナもすぐにその後を追い、ふたりは混沌とした街を離れていく──光葉と麗の行方に思いを馳せながら。
◇◆◇
JR呉駅と呉市役所のちょうど中間──西条ジェシカの高級マンション前。
そこでは、既にジェシカがエントランスで待っていた。マリナが白岳家のメインコンピューター経由で特殊回線を用いて連絡していたおかげで、無事に合流できたのだった。
「ダーリン、大丈夫? 古新開は?」
「胸部にエグい衝撃を受けたみたいなんだ。とりあえず寝かせてやりたい」
「みんな、ここじゃ目立つし、とりあえず私の部屋へ行きましょう。光葉と麗の探索は私の部下が動いているわ。でも、古新開の手当が先ね」
「ジェシカ~! お願い! 古新開を助けて!」
マリナが懇願するように言う。ジェシカは一瞬だけ目を細めると、力強く頷いた。
「しかし……こいつがここまでやられるなんて、一体誰が?」
僕は低く呟く。
「分からない。だが、大掛かりな組織じゃないと、ここまでの事件は起こさないんじゃないか?」
マリナが腕を組み、真剣な表情で分析を口にする。
「あいつらの格闘技は間違いなく中国武術だった。中国の工作員かも」
その言葉にジェシカが反応する。
「この動き、ただの襲撃じゃない。情報の遮断と痕跡の抹消……内部に通じた連中の仕業ね」
「それより早くエレベーターへ。今は憶測ではなく、確実な情報を積み上げましょう。うちのドローンも電磁波でお祭り会場付近のはやられたから。マリナの戦闘記録と観測ログが唯一の証拠になる。それが頼りだわ」
そんな会話を交わしつつ、古新開を抱えて彼女の部屋へと向かう。
その直後── ジェシカのスマホが震えた。画面には“青山”の文字。
「西条か? 誘拐犯と思われる奴らから、こちらに要求が入った。……やはり狙いは、白岳だ」
その言葉を聞いた瞬間、空気が張り詰める。光葉たちが攫われた理由。そして、古新開を襲った刺客の正体。すべてが、僕──白岳靖章を巡る陰謀の一部なのだと、僕たちはようやく気付き始めていた。
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