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第70話 激突! 強化人間

 呉市最大の秋祭り。


 その喧騒の一角で、突如始まった“奇襲劇”──その包囲網を鮮やかに飛び越えたマリナは、空中から次の着地点へと身体を投げ出した。その真下にいたのは、偶然祭り見物に来ていたルナ・ベネット。彼女は何が起きたのか理解する間もなく、突然空から降ってきた“凶器”──マリナのブーツに肩を踏みつけられ、地面に叩きつけられる。


「グヘェ~……!」


 カエルを潰したような呻き声を漏らし、地面に這いつくばるルナ。だが、マリナは振り向くこともなく、さらなる跳躍で人混みの向こうへと姿を消していく。


「ああぁ! ルナ先輩ごめんなさいー!」


 形式的な謝罪の言葉を投げつつも、マリナの頭の中はすでに祭りの喧騒を超えた、戦場の気配でいっぱいだった。──連れ去られた長谷光葉と黄幡麗。自分たちを襲った謎の“やぶ”戦闘員。恐るべき強敵との遭遇。そして、古新開との分断。


 マリナはそのまま走りながら、緊急事態用の回線を通じて、兄・靖章への連絡を開始する。普段は互いのプライバシーを重視する彼ら兄妹にとって、脳内通信を用いた直接連絡は“非常事態”でしか使用されない。それだけに、この通信が意味するものは明白だった。


『お兄ちゃん! 大変だよ、長谷光葉と黄幡麗が誰かに攫われた! 私は二人の行方を探索中! ……だけど古新開と一緒に私たちも襲われた! 敵は四つ道路、今も古新開は応戦中! ものすごい強敵だよ! すぐに助けに来て!』


 焦燥と緊迫の中、マリナは目まぐるしく動く人波を縫うように走り続ける。だがこの人混みでは、自身のサイボーグ能力を完全には解放できない。戦闘時に発揮されるセンサーやサーチ能力で手がかりを探そうとするも──攫われた二人の痕跡は、祭りの喧騒にまぎれて掻き消されていた。


「光葉……麗も……どこに行ったの~!!!」


 マリナのその叫びは、太鼓のリズムと歓声に押し潰され、誰の耳にも届かなかった。


 ◇◆◇


 一方、呉阪急ホテルのフレンチレストラン「ベッセ・ポワール」の最上階VIPルーム。

 

《マリナからのSOSの緊急信号が、意識の中に直接割り込んでくる。音声だけでなく、彼女の視覚情報、焦燥、現場の温度まで──五感すべてがリンクした。》


 そして、まるで自分がその場にいるかのように、緊迫する現場の光景が脳裏に流れ込んでくるのだった。


「ジェシカさん! 光葉ちゃんたちが大変みたいだ! お祭り会場に行かなきゃ!」


 立ち上がる僕に、ジェシカは冷静ながらも険しい表情を浮かべ、すぐさまタブレットを取り出す。


「このタイミングで? それにおかしいわ。うちのメンツを護衛に配置してたんだけど……」


 タブレットの画面に目を走らせるジェシカ。その目がわずかに見開かれる。諜報員の相互通信が途絶えている──その事実が示すものは明らかだった。


「アプリが異常を示しているわ。ダーリン……すぐに駆けつけましょう。私はマリナと合流して光葉と麗を追いかける。ダーリンは古新開を救出して! 青山先生にもすぐ動いてもらうよう手配するわ」


「分かった! ……でも走って間に合うか……」


 僕が呟くと、ジェシカはすでに次の手を打っていた。


「階下でうちの部下に自転車を用意させるわ。ここからなら車よりその方が早いかも。行って! ダーリン!わたしもすぐに追いつくから」


「分かった! じゃあ借りるよ!」


 返事を終えると同時に、僕は部屋を飛び出す。エレベーターですぐさま降り、ホテルの玄関へと走る。そこではすでに、ジェシカの部下がクロスバイクを準備して待っていた。サドルにまたがると同時に、脳内AIが最速ルートを表示する。


『現場到着まで約5分です。ただし、祭りの影響で歩行者が多数。事故に気を付けてください』


 ──わかってる。けど、今は“最速”がすべてだ。ギアを最大に入れ、僕は車道を疾走する。祭り会場へ向けて、猛スピードで。


(古新開ならきっと無事だ。でも、あいつが“手こずってる”ってんなら──その敵、ただ者じゃない……!)


 脳内で交錯する不安と焦り。それでも──僕の足は止まらなかった。


 ◇◆◇


 秋祭りの四つ道路・歩行者天国──そこは、ストリートパフォーマンスを装った謎の襲撃者たちによって、その場限りの異常空間と化していた。マリナの離脱後、戦場に残されたのはただ一人。古新開は、最強クラスの刺客と対峙していた。


 やぶの装束を身にまといながらも、明らかに“格”が違うその人物は、包囲していた戦闘員たちを静かに後退させると、古新開との一騎打ちの構えを取る。無言で整列する“やぶ”たち。その様子はまるで、舞台の照明が主役だけに当たる演出のようだった。


 祭りに訪れていた観客たちは、その一連の動きを「クライマックスの演出」と信じて疑わない。むしろ期待と興奮が最高潮に達していた。だが、舞台の中心で対峙する二人だけは、ここが命を懸けた“本物”の戦場であることを、肌で理解していた。


 刺客は、それまで円を描くようなゆるやかな太極拳の動きを見せていたが、突然──足を鋭く踏み込むと、その構えを一転。直線的かつ鋭利な動きに変化させる。まさに少林拳。拳も、蹴りも、関節技も織り交ぜ、跳躍と防御には一切の無駄がない。


 そして── 「拳打一条線」 その教義の名のとおり、刺客は寸分の狂いなく一直線に殺意を叩きつけてきた。


 古新開は実戦空手で応戦する。だが、次第に押し込まれていく。刺客の拳に込められた“力”──それは中国武術の真髄「発勁はっけい」。一撃に全身の連動を込め、力を一点へ集束させ、対象の内部へと破壊力を浸透させる。鍛え抜かれた古新開の身体ですら、その一打には意識が遠のくような衝撃を感じていた。


(強すぎる……! フィジカルでは勝ってるかもしれないが、格闘技術に天地の差がある!)


 息を吐く間すら惜しまれる中、古新開は反撃の隙を探すが、その隙を刺客が与えるはずもない。


 一方、戦う刺客の心の中には、まったく別の熱が灯っていた。


(ああ……古新開くん。なんて素敵なの……。ここまで私と渡り合える相手なんて初めて……。でも、そろそろ──仕留めなきゃ)


 その思考と同時に、二人の身体がほぼ同時に前へ踏み出す。 一合──二合──三合──火花のような応酬が続く。そして──遂に刺客の放った右の強打が、古新開の胸を抉るように突き抜けた。発勁と捻じれが乗った一撃。肉を貫き、骨を揺らし、その衝撃波が背後の空気までも震わせる。


(終わったわ──)


 刺客の脳裏を勝利の確信がかすめた、その瞬間。


「いや……まだだぜ……!」


 血を吐きながら、それでもなお前に出る古新開。そのまま渾身の頭突きを──鬼面の中心に叩き込んだ。


 カランッ!


 仮面が砕け、二つに割れ、宙を舞う。そして現れたその素顔──美しくも悲しげな表情を湛えた、黄幡麗だった。


「くっ……! まさか、ここまでやるとはね……」


 その声には、痛みよりも驚愕、そして微かな敬意すら滲んでいた。


「麗さん……どうして、君が……」


 古新開はその名を呟いた瞬間、口の端から血を垂らし、膝を折るようにして崩れ落ちた。


 その場の空気が、一気に変わる。


 見物客たちはその様子を“演技”とは思えなくなり、悲鳴が走る。子どもの泣き声、スマホを取り落とす音、逃げ惑う足音、ざわめき。祭りの熱気が、静かに、確実に、恐怖へと塗り替えられていく。


 「さようなら、古新開くん……」


 (……ごめんなさい。これが、私の任務なの──)


 そう呟く黄幡麗は、割れた鬼面を残し、すっと背を向ける。そして無言のまま、やぶ達と共に群衆の中に溶け込むように姿を消した。


 直後── 四つ道路交差点へと到着した僕が見たのは、地面に血を流し横たわる古新開と、それを取り囲むように駆けつけた警官たちの姿だった。遠くから聞こえてくる、救急車のサイレンが、秋祭りの雑踏を切り裂いていた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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