第69話 最強の刺客現る!
呉市最大の秋祭り。その一角で、突然として奇妙なストリートパフォーマンスが始まった。
地元名物「やぶ」の格好をした十数人の集団が、金棒を模した棒を手に、まるでヒーロー番組のショーかのように登場。そしてその彼らが取り囲んでいたのは──見るからに熱血漢なイケメン高校生・古新開と、銀髪に碧眼のヒロイン然とした美少女・マリナだった。
やぶたちは、威嚇するように無言で棍を振り上げ、二人へと次々に襲いかかってくる。
だが、古新開はその攻撃を正面から受け止め、時に身を翻して紙一重で避け、時に反撃の正拳を打ち込む。マリナもまた、軽やかな身のこなしで攻撃をかわしつつ、鋭い蹴りを繰り出して応戦する。周囲の見物客たちは、これを祭りの余興だと信じて疑わない。むしろその迫力に、拍手や歓声が上がっていた。
──だが、その輪の中心で戦っている当人たちは、困惑と警戒でいっぱいだった。
「くそっ! こいつら、ただのパフォーマーじゃない! 訓練された兵士か!?」
古新開が叫びながら、三節棍の一撃を両腕で受け止める。骨が軋むような衝撃が全身を駆け巡った。
「全員が脅威度B以上だよ、古新開。力を解放しないと……このままじゃ……」
マリナが焦った声で伝える。その間にも、やぶたちの攻撃は次第に精度と連携を増していく。まるでこの場の二人を完全に封じ込めるために、あらかじめ訓練された集団のように。
「そうだ! 長谷さんと黄幡さんは!? うん? どこへ行ったんだ?」
古新開がようやく異変に気づく。振り返っても、あの二人の姿はどこにも見当たらない。
「おかしいよ、古新開。長谷光葉も黄幡麗も姿を消した。私の探知システムからも消えてる」
マリナの冷静な報告に、古新開の思考が一気に加速する。
「もしかして……それが狙いなのか!? 俺たちをここに足止めして、二人を攫おうってことか!?」
脳裏に冷たい戦慄が走った。あり得る。今なら、あの二人は完全に無防備だ。
「まずい! 白岳とジェシカがいない隙を突いてきたのか……! どこの勢力かは分からんが、ヤバいことになったぞ!」
「古新開! この輪を抜けて二人を探しに行こう! 今ならまだ痕跡を辿れるよ!」
「よし! 力を解放して、一気にこの輪を跳び越すぞ! 準備はいいか?」
「ええ、いつでも行けるよ!」
二人が飛び出すその一瞬を狙ったかのように、やぶたちの動きが変わった。これまでの一人ずつの波状攻撃ではなく、二人一組の挟撃に切り替えてきたのだ。そのぶん、包囲網の密度はわずかに緩む。抜ける隙は……ある!
「マリナ! 行くぞ!」
古新開がそう叫んだその瞬間──
突如、すぐそばのドラッグストアの屋上から、一人の人影がふわりと空を舞って降りてきた。高さにして三階ほど。常人であれば骨折は免れない距離だ。だがその人物は、くるくると空中で回転しながら着地の衝撃を和らげ、まるで羽毛のように音もなく円陣の中心、古新開の正面に降り立った。
鬼の面、法被姿──外見はやぶと同じ。だが一目で、それが“格”の違う存在であると分かった。新たな刺客は武器を持たない。だが、太極拳のようなしなやかな構えと、気迫だけで周囲の空気を一変させた。 その立ち姿。流れるような重心移動。その一挙手一投足から、古新開の全神経が警戒を叫ぶ。
(……こいつは、今までのやつらとは違う!)
◇◆◇
対峙するその人物──細身の体躯にしなやかな筋肉、肩まで伸びた艶のある黒髪。鬼の面と法被の下に隠されていたのは、明らかに戦闘用のボディスーツだった。古新開は即座に見抜いた。
(この気配、戦意、構え……“本物”だ。武術の達人なんてレベルじゃない。おそらく、俺と同じ強化人間か……!)
その刺客が音もなく一歩前へ踏み出した刹那、空気がビリリと震える。
次の瞬間──! 「くっ……!」
凄まじい速度の突きが、まるで流星のように放たれる。古新開は反射的に身をかわすが、かすっただけで皮膚が裂けた。擦過した箇所が、ねじれたようにえぐられている。
(こいつの攻撃、ただ速いだけじゃない。全身を連動させて回転力を一点に集めた、文字通りの“必殺”だ!)
「マリナ! 一人で行けるか!? こいつは俺が引き受ける! 早く二人を探してくれ!」
古新開は叫びながら、両足を踏みしめて構え直す。だが、マリナは一瞬ためらったように眉をひそめる。
「駄目だわ……この人混みじゃ、100%解放したら“人間じゃない”ってバレちゃう。それに、誰か一般人に怪我人が出るかも……」
「……用意周到すぎるぜ……!」
周囲にはまだ無邪気に動画を撮る観客たちの姿。敵はそのことも計算済みということだ。
「マリナ! それでも、なんとか脱出を試みろ! 痕跡を追えるのはお前だけだ!」
「分かってる……古新開、無理しないでね!」
そう返すと、マリナは一気に地面を蹴った。フェイントを交えた変則的なステップで包囲を突破しようとする。だが──やぶたちが完璧な連携で進路を塞ぐ。
「……なら、先にこっちを崩す!」
マリナは、ため息をつくように呟いた。次の瞬間、彼女の両掌から、細く伸びる銀糸のような線がするりと放たれる。 それは、戦闘用サイボーグ・マリナの隠された武装──高強度鋼糸ワイヤー。 見物人には手品のように見えただろう。だがその鋼糸は、敵の武器を絡め取り、あるいは切断し、やぶたちの動きを完全に封じ始めた。
「ひっ……!」
殺気を帯びた糸に一歩でも踏み込めば、命はない。やぶたちは恐怖に足をすくませ、じりじりと後退する。
その間にも、古新開と謎の刺客の戦いは続いていた。古新開は攻撃を受けるたびに、拳の重みと気の鋭さに舌を巻いた。彼自身も強化人間として鍛錬を積んできたが──この敵はその上をいっている。
「マリナ、行けるか!?」
「準備OKだよ!」
二人は背中合わせに立ち、呼吸を合わせる。マリナが一気に跳躍して包囲網を突破、そのままビルの影へと姿を消す。観客の誰もが、それが“演出”だと思い込んでいた。
残された古新開に、刺客の殺気が集中する。もはや、その目に観客の存在は映っていない。視界の全てが、古新開ただ一人にフォーカスされている。
(……この気……完全に殺しにきてやがる!)
「上等だ……!」
古新開は拳を握り直し、気を練り直す。そして ──ついに、誰もが演出と思っていた舞台が── 今、本物の殺し合いとして幕を開けようとしていた。
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