第68話 奇襲! 謎の軍団
僕がジェシカとランチを楽しんでいたその頃──
呉の秋祭りの熱気に包まれる中、僕たち二人を見失ったSF研の面々は、追跡をあきらめて祭りを楽しむ方へと気持ちを切り替えていた。神社の参道には、色とりどりの屋台の灯がずらりと並び、香ばしいソースの匂いや、甘い綿あめの香りがあたりを満たしている。
浴衣姿の人波に押されながら、一行はゆっくりと石段を登っていく。坂の上に鎮座する亀山神社に辿り着いた頃には、肌を撫でる秋の風に汗が引き、みんなの顔にも笑みが戻っていた。
「これが……神社……!」
鳥居をくぐったマリナが、異国の神聖な空気に目を見開く。日本の神社参拝は初めてだという彼女に、古新開と黄幡麗が横から丁寧に作法をレクチャーする。
「えーと、まず二礼二拍手一礼だったか?」
「口で言うと簡単だけど、案外ややこしいんだよねー」
そうして多少ぎこちないながらも、マリナはなんとか無事に参拝を終えることができた。
一同は神社の境内を後にし、今度は来た道を戻って参道の屋台を一軒ずつ巡り始める。たこ焼き、イカ焼き、りんご飴、綿あめ……日本の“お祭りフード”のオンパレードに、マリナのテンションは一気に跳ね上がった。
「わぁー! このお店は何なの、古新開!」
指差した先には、ゴリゴリと氷を削るリズムが響く、かき氷の屋台。冷気とシロップの香りが混じった甘やかな空気が漂っている。
「これはだなー、かき氷だ。削った氷にシロップかけた……お菓子? 飲み物? いや、まぁ食べ物!」
「一つください!」
説明の途中にもかかわらず、マリナはほぼ反射的に注文を済ませていた。
「……もう、説明聞くより先に買ってるし」
古新開が呆れたように肩をすくめると、光葉がくすっと笑ってフォローする。
「まあまあいいじゃない。マリナちゃんにとっては、こうして自由に買い食いできるのが嬉しくてしょうがないんだよ」
「でもあの人、屋台の人にめちゃくちゃサービスされてません?」
黄幡さんが周囲を見回しながら呟く。確かに、マリナが屋台に立ち寄るたび、オマケをもらったり、試食を渡されたりしている。
「ま、ロシア美少女なんて呉じゃなかなか見かけないからなぁ」
古新開が苦笑交じりに言うと、光葉がニヤニヤと口元を吊り上げる。
「ふふっ、結果的に美女三人とお祭りを楽しめてよかったね、古新開くん」
「……古新開、顔が赤いよ」
マリナに指摘され、本人はばつの悪そうに顔を背けた。すると今度は黄幡さんが、彼の手をそっと取って引っ張っていく。
「古新開くん、次はあっちのお店見ませんか~!」
「お、おうっ!」(黄幡さん……こんなに積極的なのは珍しいな……性格はいいし、ほんと普通に素敵なんだよな……)
そんな二人の様子を、ニヤニヤ顔の光葉が後ろから追いかける。
「うんうん、あの二人……なかなかお似合いじゃない」
一方マリナはというと、かき氷を一口食べた拍子に頭がキーンときたらしく、うずくまって悶絶していた。
「うう~……! 脳に……冷気が……直撃……!」
そんな呑気なやりとりが続く中、彼らは秋の祭りを堪能しつつ、ゆっくりと石段を下りていく。
◇◆◇
一行が、秋祭りの熱気に浮かれた空気の中、屋台の戦利品を手に参道から繁華街へ移動していたその時だった。彼らがちょうど、四つ道路の交差点付近──上下合わせて五車線が歩行者天国になった広い通りへと差し掛かると、見覚えのある“やぶ”たちが姿を現した。
亀山神社の例大祭の名物、鬼の面に金棒姿の若者たち。しかし、今日は何かが違う。十人ほどのやぶが交通整理の警備員と共に現れ、無言のまま手際よく人々を押しのけ、広い円形のスペースをその場に作り始めたのだ。
観客たちは「おっ、パフォーマンスか?」「始まるぞ」とざわめきながら、徐々にスペースの外へと押しやられていく。金棒を模した棒を横にして、人々を押しのけるやぶたち。その動きは妙に統率が取れており、まるで舞台演出のような異様な静けさと確信を帯びていた。やがて、その群衆の中心にぽっかりと空いた円形の空間が浮かび上がった──。
そして、何の前触れもなく事件は起きる。
「うわっ!?」
「きゃっ、ちょっと……!」
不意に背後から突き飛ばされるような感触。古新開とマリナの二人が、もつれるように円の中心へと押し出されていた。転びかけながら踏ん張った古新開が、眉をひそめて振り返る。
「おい! ちょっと何するんだ!」
「やーん! かき氷がこぼれちゃったじゃないのー!」
マリナは手に持つかき氷カップを見つめ、文字通り泣きそうな顔をしていた。その様子に構う間もなく、突如まるで特撮ショーの開幕を告げるような高揚感MAXのBGMが爆音で流れ出す。が──神社にそんな音響設備があるはずもない。
その音が合図だったかのように、やぶたちは一斉に棒を構え、古新開とマリナの周囲を取り囲みながらぐるぐると回り始めた。その動きはもはや伝統芸能の域を超え、まるで特撮ヒーロー番組の敵戦闘員さながらのフォーメーションだ。
「ねぇねぇ古新開、これって日本のお祭りの何かなの?」
マリナが目を丸くして尋ねる。その純粋な問いに、古新開は苦い顔で首を横に振った。
「いや……全然違うぞ。これは……ガチのやつだ!」
徐々に距離を詰めるやぶたち。その棒はただの飾りではない。鋭い眼差しと訓練された動作、周囲を囲む観客の無邪気なスマホ撮影――。誰もが、これは祭りの一環だと信じて疑っていない。
だが、その平和な錯覚は、次の瞬間に完全に砕かれた。やぶたちの持つ張りぼての棒が、ギギギと音を立ててスライドし、内部から伸びる長棍や三節棍が、現実味をもって姿を現した。
「来るぞ、マリナ!」
古新開が叫ぶより早く、棒の一閃が空気を裂いた。とっさに腕を前に出し、鍛え抜かれた前腕でその一撃を受け止める古新開。
「マリナ!大丈夫か!?どういう訳かはわからんが、この攻撃は本気だぞ!」
「そうみたいだね。私の中の補助頭脳AIが、戦闘モードに移行したから」
二人は背中合わせで円の中心に立ち、取り囲むやぶたちと対峙する。まるでショーのように見える構図――だが、その緊張感は本物だ。
「すごーい!これも演出?」「役者さん本気じゃのう!」
周囲を取り囲む群衆から感嘆の声が上がる。
マリナは、名残惜しげにかき氷のカップを地面に置き、両腕をぐるりと回して構えを取った。その動きは、ただの素人の遊びではない。ロシア陸軍直伝の実戦格闘術。流れるような重心移動と、無駄のない動線。対する古新開は、一撃必殺のあの実戦空手。呼吸を整え、気合を込めた一歩が、アスファルトに響いた。
BGMがさらに盛り上がりを見せる中、やぶたちは合図もなく一斉に襲いかかってきた!
「とぉっ!」
古新開の正拳突きが、真正面から飛び込んできた一体を吹き飛ばす。が、倒れたはずの相手は、まるで何事もなかったかのように再び立ち上がる。
(こいつらの身体……異様に硬い! 防具じゃない……これは硬身功か!)
マリナも、軽やかなステップから鋭い蹴りを放ち、周囲の戦闘員を一掃する勢いで応戦するが──
「いやぁーん! スカート履いて来るんじゃなかったー!」
彼女のハイキックのたびに、純白の美脚がスカートの奥から華麗に、いや無防備にのぞいてしまう。
「えーん! 下着見えちゃうかも!(涙)」
「お、おい! そんなこと気にしてる場合か!?」
古新開が叫ぶ中、戦闘員たちはまったく言葉を発することなく、黙々と攻撃を繰り出してくる。
「おい! 貴様ら何者だ!? どうして俺たちを襲う!?」
だが問いに答える者はいない。ただBGMだけが、狂気じみた熱気の中で鳴り響いていた。そして、パフォーマンスを装った奇襲劇は、まだ序章に過ぎなかった。
――この時、光葉と麗の姿は、いつの間にか群衆の中から消えていた。
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