第七話 バリバリの入部体験
原宮高校では、新学期恒例の課題試験、一年生はスタディサポートと、行事が続く。
金曜日、部活動紹介の朝を迎えた。僕はすっかり懐かれた光葉と一緒に登校する。大空山の朝はまだ冷たく、春の気配がかすかに漂う山道を下って、四ツ道路バス停で降車すると、そこには西条ジェシカが立っていた。制服のブレザー姿のまま、いつものレザーのショルダーバッグを肩に掛けて。だが、その鋭い眼差しは相変わらず職務モードで、まるで駅前に潜む潜入捜査官のようだった。
彼女ともここ二、三日で打ち解けて、いつの間にか僕らは仲良し三人組になってしまっていた。ただ、クラスの二大美少女を左右に従えて登校する僕が、クラスメイトや同校の先輩たちから微妙な目で見られているのはヒシヒシと感じている。
僕に搭載されているらしいAI補助頭脳は、しきりに「光学迷彩によるステルス化」を提案してくる。ちなみに自宅で試しにOKを出してみたのだが、僕の色白の肌の色が健康的な小麦色に変わったくらいで、全く役に立ちそうにない。というか、瞬時に日焼けしたら目立ちすぎるだろ!
親父が勝手に装備したのか分からない「なんちゃって機能」に振り回される僕は、とりあえずAIの言うことは信じないことにしている。
【西条ジェシカの心の声】
(今日も二人は仲が良いみたいだな。わずかな期間で標的の懐に入る手腕がすごい。本国からは、長谷光葉は無害、引き続き任務に当たれという返答。彼女は米国が……いや……ドナルド・ポーカー大統領が直々に送り込んだシークレットガードかもしれない。くそ! 舐めやがって。白岳のハートは私がもらう。負けてたまるか!)
「ジェシカちゃん、おはよう! 今日もいい天気だね!」
光葉は元気よく挨拶しながら、ジェシカの前にぴょんと跳ねるように現れた。頬に朝日が差して、さらに笑顔が映える。
「おはよう、光葉。機嫌いいな。何かあった?」
ジェシカは訝しげに眉を寄せる。その視線は探るように光葉を観察している。
「ジェシカちゃんも宇宙人がいるって知ってるよね?」
光葉は目をキラキラさせながら、一歩近づいて問いかけた。
(最高機密だが……)
「もちろん知ってるさ」
ジェシカは目線をそらさず、静かに頷く。
「だよね! 白岳くんも金星人がいるって言ってくれて! わたし、いい友達ができて嬉しくて!」
光葉は僕の方へパッと顔を向け、純粋な笑顔で見上げてくる。
(まあ、親父の話じゃ“いるらしい”から、バスの中で思わず相槌打っちゃったけど……)
僕は内心で額に手を当てたくなった。光葉の脳内変換は、時として想像の宇宙を超える。
「そうだな。なかなか秘密を共有できる仲間(諜報員的)は得難いものさ」
ジェシカは神妙な顔つきで頷く。まるで秘密工作員同士の会話だ。
「仲間っていいよね! クラブ活動だけどさ、私たち三人で立ち上げようよ!」
光葉は興奮気味に、ジェシカの腕をがしっと掴んで目を輝かせた。
(さすが凄腕は仕事の質が違うな)
ジェシカはその勢いに乗せられるように軽く頷いた。
「それは素敵だね。賛成するよ」
「ちょっとちょっと、今日の部活動説明会を聞いてから決めてもいいんじゃないかな!? 気が早いよ! それに何するクラブなの!?」
僕は慌てて口を挟む。
「一応、文化系クラブで考えてるけどね。参加者が他にいなかったら同好会もありかな」
光葉はさらりと答えるが、その目は本気だった。
「まあいいけど……」
僕は、もはや二人の勢いに押されるしかなかった。
◇◆◇
原宮高校の講堂では、一年生が整然と椅子に座らされ、壇上では各クラブの代表が順番にマイクを手に説明していた。自由な校風が売りの高校だけあって、ユニークなクラブや同好会も多い。茶道部、天文部、ボードゲーム研究会、果てはUMA探求同好会なる謎の団体まで。僕はどこに入ろうか迷いながらも、無難な文化系を探していた。
この説明会が終われば、一年生は解散だが、先輩たちにとってはここからが本番だ。講堂の外には、ポスターを掲げたり、派手なユニフォーム姿で新入生を待ち構える上級生たちがびっしりと並んでいる。
案の定、僕が講堂から出ると、真っ先に旗東中学の先輩が僕を見つけて駆け寄ってきた。
「おーい! 白岳くん! 来たな、原宮へ! 君を待っていたぞ! 一緒に行こうぜ、甲子園!」
その声を皮切りに、他の運動部の先輩たちがどっと押し寄せてきた。
「君が噂の旗東のサイボーグ(←中学時代のあだ名)か! サッカーもすごいんだろ! IHから国立まで一緒に目指そう!」
「いやいや、時代は今はバスケだ! 即レギュラーを約束する! 是非一緒に全国へ!」
それからはもう、あらゆる運動部の先輩たちがわらわらと僕の周りに群がり、勧誘合戦が始まった。
(うわ……これはちょっとした狩りの光景だ……)
「これは……面白いわ」
光葉は両腕を組み、どこか誇らしげに僕を見ている。ジェシカは少し口を開けて、その混乱を見つめていた。次の瞬間、光葉が一歩前に出た。
「みなさん! ちょっと待ってください!」
その声に、先輩たちが一瞬動きを止めた。光葉はジェシカの腕を引き寄せ、澄んだ笑顔で宣言する。
「私たちは白岳くんのマネージャー的存在です! 体験入部の受付はこちらへどうぞ!」
「ええぇぇ!? 光葉!? いいのか!?」
ジェシカは素で驚いた顔をした。
「面白そうじゃない? ジェシカも白岳くんの謎の力、見てみたくない?」
「まあ……興味はある」
ジェシカはしぶしぶ肯定する。
「ちょっとちょっと、何仕切ってるんだよ!? 僕は文化系のクラブに行くって言っただろ!」
僕の声はやや悲鳴混じりだった。
「まあまあ! このくらいいいじゃない! 見せつけてやりなよ、人類に! 君の力を!」
「やめろおぉぉー! 平穏無事に高校生活を送りたいんだよぉぉ!(血涙)」
しかし、光葉とジェシカは有能な秘書よろしくテキパキと受付をし、僕はこの先一週間、部活動登録会のある日まで毎日何かの運動部に体験入部することになった。
◇◆◇
まずは土曜日。硬式野球部だ。人工芝のグラウンドに照り返す朝陽がまぶしい。僕は練習用のユニフォームに着替え、軽くストレッチで体をほぐしながら、緊張をほぐす。視線を感じて顔を上げると、ギャラリーの中に光葉とジェシカの姿が見えた。二人とも、じっとこちらを見ている。
(……なんでマネージャー的存在まで張り切って来てるんだよ……)
そんな僕のぼやきも虚しく、キャッチボールが始まる。
「中学時代は軟式で140キロ投げたんだって? 硬式じゃ勝手が違うぜ」
先輩エースがからかうように言った。僕は無言でボールを受け取り、マウンドに立つ。クイックモーションからキャッチャーミットに向けてストレートを投げた。
スパンッ!
ボールはジャイロ回転しながら鋭く空気を裂き、推定150キロ超の速さで、音を立ててミットに吸い込まれる。周囲の空気が一瞬止まったように静まり返る。
ギャラリーが目を丸くする中、光葉は両手を胸の前で組み、仁王立ちして頷いていた。 まるで僕を指導してきた監督然とした風格だ。
(いや……違うだろ! その大物感、何!?)
次はバッティング。先輩エースが「バッティングはどうなんだ?」とばかりに、自慢の変化球を投げてくる。 正直、なかなかの変化だ。並みの高校生じゃバットに当てるのも難しいだろう。
僕は一球見送る。ギャラリーは次の投球を固唾をのんで見ている。先輩が再び鋭いスライダーを投げてきた、その瞬間。僕の脳内に「ぴこん」と間抜けた音がする。 『加速装置、始動!』 AIが無機質に僕に通知した。
(え? 僕は目を疑った……けど、ホントだぁー! ボールが止まって見えるわー!)
スイング──カァーン!
バットに完璧にミートしたボールは音速のごとく飛翔し、外野の校外飛び出し防止ネットの最上段を直撃して跳ね返った。一瞬の静寂のあと、部員たちが「うおぉ……」とどよめいた。光葉はドヤ顔で親指を突き出し、ジェシカは信じられないものを見るように頭を抱えていた。
(……もうやだこの生活)
その後も、サッカー・バスケ・陸上・テニス・弓道と、次々と顔を出しては伝説クラスの記録を叩き出し、部の先輩たちにトラウマ級の衝撃を残していった。その活躍を、まるでフィールドレポーターのように観察し続ける謎の美少女・光葉。そして、いちいち微妙な表情を浮かべるイケメン女子・ジェシカ。
入学から一週間。僕たち三人は、原宮高校の注目の的になってしまっていた。ちなみに部活動は──保留。
(運動部なんて入ったら、親父にどんな改造施されるか分かったもんじゃない)
そう、僕は文化系を目指しているのだ。本当は。
(……はぁ、クラブ活動、どうしよう?)
◇◆◇
そして、その一部始終を休日出勤で監視する担任・青山祥子(公安)。教員机の引き出し奥に仕込んだ極秘モニター越しに、眉間にしわを寄せていた。西条さんはともかく、長谷さんのおかげで、白岳の性能が尋常じゃないのは把握できてきた。
だが──
「あーあー……かったるい。毎日毎日、キラキラな甘酸っぱい高校生活を監視するってさあ……もう口からみかんジュース吐きそうだわ……」
青山は顎に手を当て、物憂げにため息を吐いた。
「……タバコ吸いたいなぁ……」
遠くを見つめるその目に、潜入捜査官としての苦労がにじんでいた。
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