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第66話 秋祭りにて

 十月。呉の街は、年に一度の熱気と喧騒に包まれていた。


 それもそのはず──亀山神社の例大祭、通称「呉の秋祭り」が開催されているのだ。千四百年の歴史を誇る呉市最大の神社。その祭事は市を挙げての一大イベントとなっており、参道から繁華街「中通り商店街」にかけて、無数の屋台がずらりと立ち並ぶ。わずか二日間で数万人の人出が予想される、まさに呉の秋の風物詩である。


 中でも異彩を放つのが、「やぶ」と呼ばれる鬼の存在だ。


 若い男性の氏子が鬼面をつけ、金棒に見立てた棒を手に、神輿と共に街を練り歩く。その姿で子供たちを追い回して驚かせ、軽い尻叩きで悪霊祓いを演出するのが慣例だが──その風習の起源は、いまだ謎に包まれている。


 そんな由緒正しくもミステリアスな祭りの日、我らがSF超常現象研究会、通称SF研のメンバーは、町中華「東和園」の前で待ち合わせをしていた。祭りを皆で楽しもうという、“ゆるくて大事ないベント”である。


 僕とマリナ、そして光葉ちゃんの三人は、広電バスに揺られて現地へと向かっていた。「中通三丁目」のバス停で降り、人混みを縫うように歩いていく。祭りの喧騒に包まれる中、光葉ちゃんは目を輝かせ、マリナは浮かれ気味に後ろをついてくる。僕は右に光葉ちゃん、左にマリナ──モテモテのようでいて、ただの荷物持ちみたいな構図だ。東和園の店先では、既に麗がジェシカと古新開と共に待っていた。


「みんな、お待たせ! 人出が多くてバスが満員で遅れたんだ。ごめんごめん」


 僕が頭を下げると、光葉ちゃんは顔をぱっと輝かせた。


「わあ、凄く賑やかだね! ヤスくん、マリナちゃん、今日はみんなで楽しもうね!」


「お兄ちゃん! 日本の屋台って色々なものがあるんだね! 何買おうかなー!」


 マリナが目をきらきらと輝かせて、すでに視線は焼きそばとりんご飴に釘付けだ。僕はあわてて忠告する。


「マリナ……屋台は結構高いから、無駄遣いしちゃだめだぞ」


 だがその忠告に対し、マリナはにやりと笑い、服の下から財布を取り出してひらひらと見せつけた。


「へへへ……康太郎パパが『お祭りだから』って、お小遣いくれたからマリナはお金持ち~!」


「な……なんだって!? 僕には一円もくれてないんだが……!」


 僕が愕然とすると、古新開が苦笑しながら肩をすくめて言った。


「まあ、仕方ないんじゃないか? 男親は娘には弱いみたいだからな」


「くぅーっ! 親父の奴めぇ~!」


 と、ここでジェシカが一歩前に出て、場の空気を支配する。


「ところで、今日という今日は、ダーリンは私とデートしてもらうから」


「え? どうしたの、ジェシカさん」


 僕が目を丸くすると、すかさず光葉ちゃんが不満をぶつけてくる。


「そうだよ~! 私だって我慢してるのに、ヤスくんを独占するのは反対だからね!」


「ジェシカ! お兄ちゃんは私とデートするんだからね! ぷんぷん!」


 マリナもプクーと頬を膨らませて抗議するが、ジェシカはどこ吹く風だ。


 ◇◆◇


「二人ともすまないな。今日ばかりは譲ってもらうわ」


 そう言うやいなや、彼女はいつものレザーバッグから書類を一枚取り出し、僕の目の前に突きつけた。


 そこに書かれていたのは、信じがたい文面──


『白岳靖章の護衛のため多大なる貢献をした西条ジェシカに、靖章とのデートの許可及びその執行権を与う。署名:国家公安委員会委員長&アメリカ合衆国大統領ドナルド・ポーカー』


 さらに追い打ちをかけるように、こう記されていた。


『但し、この指令を受け入れない場合、日米間の自動車関税を直ちに25%に引き上げるものとする byポーカー』


「な……なんだって!? マジなのか!?」


 硬直する僕に、ジェシカは申し訳なさそうに微笑む。


「ごめんね、ダーリン。こんな手を使いたくはなかったんだけど、最近ずっと私につれないから」


 そこへ、僕のポケットの中でスマホが震えた。画面に表示された名前を見て、思わず眉をひそめる。


 ──青山先生。 このタイミングで一体……? そう思いながら通話ボタンを押す。


「もしもし、私だ」


 落ち着き払った、いつもの低い声。


「先生!? どうされたんですか?」


 咄嗟に姿勢を正しながら問いかけると、先生は淡々と続けた。


「今頃、お前がジェシカの命令書に戦慄してると思ってな」


 ──的中。見透かされたような言葉に、思わず口ごもる。


「この命令……先生もご存じなんですか!?」


 まさか、と思いつつ問い返す。だが返ってきた答えは、予想の斜め上だった。


「もちろんだ。すまんな、白岳。この国の自動車産業の生死がかかってるんだ。大人しくデートしてやれ。私も許す」


 どんどん話が大きくなっていく──こっちはただの高校生なのに!


「聞いてませんよ~! マジですか!?」


 つい本音が出た僕に、先生はやや疲れたような声で返す。


「マジだぞ。お前は知らんかもだが、マリナの件か、ヤバい奴らが大挙押し寄せて来てな。私もジェシカも大変だったんだ」


 え、マリナが原因で? やはりロシアからの刺客はあれだけじゃなかったのか!?


「それで大統領まで巻き込んで・・・いや・・一度このおっさん殴ってもいいですか?」


 僕の苛立ち混じりの質問に、先生は少しだけトーンを緩めて笑ったようだった。


「そうだな。奴の任期が終了したら一緒に殴りに行こう」


 ……意外とノリノリじゃないか。


「それに校則じゃ不純異性交遊はダメなんじゃ?」


 ダメ押しの一言を放つ僕に、先生はあくまで“建前”を崩さず言い切る。


「まあ、高校生らしい健全なデートで頼むぞ。分かったな!」


 ──なんだこの押し切り方。まるで軍事作戦の指令じゃないか!


「先生! ちょっと待って!」


 必死に引き止める声を上げた瞬間、


 ──プツッ。


 通話は一方的に切られた。僕はスマホを握り締めたまま、しばしの間、天を仰いだ。


 ……なんで、僕だけこんな目に……。


 ◇◆◇


 SF研メンバーが騒然とする中、光葉ちゃんとマリナの不満は頂点に達している。


「いいじゃないか、今回だけ大目に見てよ。私も色々と頑張ってるんだから」


 ジェシカが宥めるように言うと、光葉ちゃんは腕を組み、鋭く切り返す。


「じゃあ次は私も単独デートするから。ジェシカちゃんも前みたいに妨害しないって約束してくれるならいいわよ」


「私もその次にお兄ちゃんとデートするんだからね!」


 マリナも一歩も譲らずに叫ぶ。


「まあいいだろう。よし! じゃあ交渉成立だな。今日は私がダーリンとデートするから。さっ、行きましょう」


 ジェシカは満面の笑みで僕の手を取り、人混みの中へと自信満々に歩き出した。


 その背中を見送る古新開が、ぽつりと呟く。


「西条ジェシカ……遂に国家権力をも使うか……」


 黄幡さんも苦笑いを浮かべながら言った。


「行っちゃいましたねー。光葉ちゃんにマリナちゃんも、お祭りは私と古新開くんで案内するから、そう落ち込まずに楽しくやろうよ!」


「えーん! お兄ちゃんがぁ~!」


 マリナが涙目で叫んだ直後、光葉ちゃんがマリナにそっと顔を寄せ、囁くように言った。


「みんな……こっそり尾行するよ」


(いい雰囲気になったら超能力でぶち壊す!)


 国家権力、妹、そして“女帝”の陰謀──波乱の秋祭りが、いま幕を開けた。


(この時、僕はまだ知らなかった。すでに“別の誰か”の視線が、僕たちを捕らえていたことを──)

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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