第63話 疑惑は確信へ
翌日の原宮高校。
放課後の校舎には西陽が差し込み、長く伸びた影が廊下に揺れている。ルナは足音を静かに響かせながら、生徒会室のある旧校舎の一角へと向かっていた。
今回はきちんと段取りを踏んでいた。隣のクラスに所属する生徒会副会長にあらかじめアポを取り、正規のルートで訪問申請を済ませていたため、生徒会長・徳丸さやかとの対面は驚くほどスムーズだった。
ドアをノックすると、中から快活な声が返る。
「どうぞ、お入りなさい」
扉を開けた瞬間、ルナの目に飛び込んできたのは、整然とした空間だった。
生徒会室は一般教室ほどの広さがあり、木製の机が横一列に並び、奥には応接セットと簡素ながらも清潔なシンクが設けられている。壁には掲示物やカレンダーのほか、どこか得体の知れないお札めいた紙が控えめに貼られていた。
そして──中央のデスクに立っていたのは、狐面を装着した少女。
白い和装めいた特別製の制服に身を包み、姿勢良くルナを見据えるその人物こそ、生徒会長・徳丸さやかだった。ルナは一瞬、その異様な装いに面食らったものの、すぐに笑顔を取り戻す。
狐面の奥から響く、透き通るような声が空気を切り裂く。
「ようこそ原宮高校へ。わたくしが会長の徳丸さやかです。よろしくお願いいたしますわ」
その優雅な物腰、そして堂々たる態度──一見して只者ではないと分かる。
ルナは社交的な笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。
「突然お伺いして申し訳ありません。日本の生徒会に興味があったものですから、是非お話を聞きたくて」
「ほほほ。そうおっしゃって頂くのは大変嬉しいですわ。何でも聞いて下さいまし」
(この子がターゲットね……今日はじっくり観察して、本当に暗殺していいか確認しよう)
ルナは椅子に腰を下ろし、背筋を伸ばす。この場面に備えて前夜から用意しておいた想定問答を、順番通りに投げかけ始めた。どの質問も雑談めいて聞こえるが、すべてがターゲットの真偽を探る布石だ。
話が弾み、場が十分に温まったところで──ルナは満を持して核心に迫る。
「会長は私のクラスでも大人気みたいですー。何でも『原宮の女王』と呼ばれてらっしゃるとか?」
さやかは狐面越しに軽く首を傾げ、小さく笑った。
「うーん、どうなのかしら? 私は自分をそんな風には思っておりませんけど」
その控えめな否定の声を受け、すかさず副会長が横から加勢する。
「会長はそうおっしゃいますが、その実力・行動力・存在感……同学年の者は皆が『女王』と思ってますよ!」
「やはりそうなんですね。(よっし!)」
ルナは内心でガッツポーズを取った。情報のピースが、またひとつはまった手応えがあった。
さやかも少しだけ照れたように肩をすくめて言う。
「まあ……そう呼ばれて悪い気はしませんけど」
(よし、次は猫だ。とどめの一撃……)
「そうそう……聞いたのですが、なんでも生徒会室で猫を飼ってらっしゃるとか? 動物愛護からでしょうか?」
(ギクッ……どうしたものかしら?)
さやかの背筋が、わずかにこわばったのをルナは見逃さなかった。
だが、その一瞬の間を挟んで、さやかは仮面の下で完璧な笑顔を浮かべて答える。
「そうですの。ミケランジェロと名付けた子が、一匹おりますわ」
(決まり……!)
ルナの脳内に、決定的な鐘の音が鳴り響く。
「可愛い名前ですねー。見せてもらってもいいですか?」
「ごめんなさい。あいにくお出かけ中みたいで。そうそう、似顔絵ならありましてよ」
言葉通り、さやかは自分のデスク下からスケッチブックを取り出し、パラパラとページをめくる。
ルナの前に差し出されたページには──色鉛筆で描かれた、驚くほど稚拙な猫の絵があった。
(うわぁーこれは……幼稚園児レベルだ! それともUMAを描いたのかな?)
目を丸くしつつも、ルナは笑顔を崩さない。
「す……素敵な絵ですね! 十分わかりました!」
「ほほほ。(ごまかせたかしら?)」
さやかは満足そうにスケッチブックを閉じる。ルナは静かに立ち上がり、会釈した。
「ありがとうございました! 今日はこのあたりで失礼します。またよろしくお願いいたします」
(自ら『女王』呼びと『猫飼い』を認めた……絶対間違いない。恨みはないけど、これも私の生きる道。お命頂戴します!)
彼女の胸の内に渦巻いていた疑念は、今──確信へと変わったのだった。
◇◆◇
その夜から、ルナは静かに、しかし確実に“暗躍”を開始した。日中とは打って変わって静まり返った住宅街。鹿田家の二階、彼女の部屋の小窓が音もなく開く。月明かりに照らされた窓枠をスルリと抜け、ルナは忍者のような身のこなしで庭に着地すると、薄闇の中を素早く走り去っていった。
向かうは原宮高校の周辺──標的、徳丸さやかの動線と生活圏を探るためだ。
手には、組織から託された黒いアタッシュケース。その中には、軍事転用すら可能と噂される暗殺アイテムの数々がぎっしり詰め込まれている。しかも、それらはルナの力量には明らかに“過剰”な性能を持っていた。
(なにこのスペック……本気出しすぎでしょ組織……)
選び放題の中で、彼女が目を付けたのは「足が付きにくいハイテク機器」だった。銃火器やナイフといったレトロな暗殺道具は潔く却下。あくまで“証拠を残さず、距離を取って、確実に仕留める”──この条件を満たすアイテムを選ぶ。
次は設置場所、使用タイミング、想定されるターゲットの動線、習慣、反応パターン……などを念入りに洗い出す。もっとも、ここまで緻密に動けるのは、アイテムのマニュアルがめちゃくちゃ丁寧に書かれているからである。QRコード付きの電子マニュアルは30ページもあり、動画付きで手順を教えてくれる親切設計。
ルナ本人だけだったら──間違いなく初手から突撃して失敗していたに違いない。
「うーん……これなら行けそうかな? なんせ今まで誰も殺せなかったからなぁ。でも今度は行けそう! 優秀すぎるでしょー、このアイテム!」
ルナはアホみたいなテンションでつぶやきながらも、手つきはプロのそれだった。敵地の暗がりで身をかがめ、工具で地面を掘り返し、仕掛けを埋め、偽装用の小石を丁寧に戻していく。まさに任務中の工作員そのものだ。
ルナは着々と準備を整えた、数日後──いよいよ“決行の日”がやって来た。作戦は完璧。007ばりの暗殺アイテムはすでにセット済み。 ルナの作戦は、さやかの登下校時に使用される送迎用の黒塗り高級車を標的にしていた。
あとは、標的・徳丸さやかが登場し、予定通り送迎車に乗り込むのを待つだけだ。
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