第62話 ターゲット・ロックオン
週明けの月曜日。朝の通学路を、ルナ・ベネットはやや気怠そうな表情で歩いていた。
──制服がキツい。何より、痛い。(うぅ……やっぱりコスプレ地獄……)
欧米仕様のボディに対して明らかに無理のある日本の女子高生制服。体のラインが強調されすぎていて、本人としては羞恥心との闘いだった。
だが、その表情は登校門をくぐる頃には、スイッチを切り替えたかのように一変する。明るく、フレンドリーで、ちょっとだけセクシーな“かっこいいお姉さん”キャラ──ルナは、完璧に演じていた。
そのコミュニケーション能力は伊達ではなかった。わずか一週間足らずで、彼女はすでにクラス内に一定のポジションを築きつつあったのだ。
その日、教室の休み時間。ルナはさりげなく情報収集を開始する。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど──この学校に、カリスマ女子高生っているって聞いてさ。誰のことか、わかるかなぁ?」
声をかけられた女子生徒が、すぐさま頷いた。
「ルナちゃん、それってきっと生徒会長の徳丸さんのことだと思うよ! 彼女は本当にすごいんだから」
彼女の隣の女子も、うんうんと同意しながら言葉を継ぐ。
「頭も抜群にいいし、困ったことがあれば相談に乗ってくれるし……なんか、もう、頼れるカリスマ指導者って感じ!」
さらに、近くにいた男子生徒が口を挟む。
「ちょっと変わり者でもあるけどな。いつもお面つけてるし……でも、顔がヤバいって噂もあるぞ。絶世の美女だって言ってた奴、いたしなぁ」
(お面で顔を隠してるって絶対ヤバイ人物よね。ビンゴ!)
ルナは内心で拳を握り、ガッツポーズを取る。
(多分、その徳丸って人で間違いない! しかも──猫がいれば完璧!)
ニッコリと笑い、ルナは自然な流れで言葉を続けた。
「そうなんだー! ありがとう、みんな! ちなみに、生徒会室ってどこにあるの? わたし、日本の生徒会にも興味あってさ。一度お話聞いてみたいな~って思ってたの」
「だったら、放課後に案内してあげるよ!」
「わぁ~! 助かる~! ありがとう!」
笑顔で会話を終えたルナ。だが内心では── (ふふっ……この任務、ちょろいかも!)
自信満々だった。
◇◆◇
放課後。旧校舎の廊下を、ルナはクラスメイトと並んで歩いていた。静かな夕暮れの校舎に、彼女の靴音が軽やかに響く。
その時──廊下を一匹の猫が横切った。ハチワレの猫。その正体は福浦三毛太郎である。普通は学校内にいない動物を見つけたルナは、その猫を無意識に目で追った。
福浦は、生徒会室のドアの前でピタリと止まり、少しの間、室内の気配を伺っているようだった。どうやら中に人の気配はない。
そして──器用な前足で、バーンとドアを開け、そのままスッと中に入り、再び自動ドアのようにドアを閉める。
実は、生徒会室には、ちょっと変わった“福祉制度”が存在していた。
その名も、「猫缶カンパ制度」。
これは、福浦三毛太郎──かつて生徒会に常駐していた(今はSF超常現象研究会に匿われている)“愛猫”のために、歴代の生徒会メンバーたちが自主的に続けてきた支援活動だった。生徒会猫である福浦の食生活を支えるために、役員たちは少しずつ猫缶を買い足し、生徒会室の一角に保管していたのである。
当然、福浦もそのことは百も承知。今現在は、さやか達の目を盗んで、時おり旧校舎を訪れて、生徒会室のドアを器用に開け、自分の“食い扶持”とも言える猫缶を受け取りに来るのだった。
(あの猫……まさか……)
ルナの脳裏に、あの断片的な情報が蘇る。
「……在校生で、猫を飼っている」
生徒会室。猫。女王と呼ばれる生徒会長。
すべてのピースが一致したように感じた。
(ここにいる女……この部屋にいる人物こそ、標的だ!)
しばらくして、生徒会室から一人の男子生徒──人型に変化した福浦が出てきて、軽く会釈をしながらルナたちの横をすり抜けていった。
「え、男……? いや、そんなはずないよね……今の子が猫を飼ってるわけないし」
不確かな違和感が心に浮かぶが、すぐに押し流される。
(情報は断片だったけど……やっぱり私はやれる子!)
ルナの顔に、自然と笑みが浮かんでいた。
そして、訪問した生徒会室は全員不在で、生徒会長・徳丸さやかには会えなかったが、確かに猫がこの部屋に入っていったのは間違いない。
ルナは満足そうに胸を張って、一歩前へと踏み出す。
「よーし、今度こそ──絶対、暗殺しようっと♪」
すぅーっと心が晴れて、任務成功への期待にウキウキするのだった。
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