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第60話 死神その参 交換留学生

 残暑の余韻が肌にじっとりとまとわりつく九月の半ば──原宮高校の正門前に、ある教員が運転する一台の普通乗用車が静かに停まった。その朝の全校朝礼。体育館の壇上に現れた転入生を見た瞬間、原宮高校の生徒たちは一様に息をのんだ。


 彼女の名はルナ・ベネット。オーストラリアの姉妹校から来たという、二年生の交換留学生。年齢は十七歳と紹介された。


 ──が。 その姿は、あまりにも強烈だった。


 陽光を跳ね返すような金髪に、小麦色のヘルシーな肌。整った顔立ちからは眩しい笑顔が弾け、真っ白な歯が「キラーン」と光る。ここまでは「爽やかグラビア」系として許容範囲内だったが、問題はその“中身”である。


 制服のブレザーは明らかに規格外サイズ。豊満な胸と曲線美のヒップが限界ギリギリに押し込められ、生地の伸縮音すら聞こえてきそうなほどにピチピチ。シャツのボタンは、今にも飛んでいきそうな張力を保ち、男子生徒たちの視線は一気にロックオンされた。


 ・・・一言で言えば、「痛いアダルトコスプレ」。


 だが教師陣も生徒たちも、表向きは「欧米人の発育はすごいなぁ~」という空気を保っていた。誰もが「本当に十七歳かよ」と心で叫びつつも、なんとか理性で押しとどめていた。


 当のルナも、その視線の痛さを理解しているのか、頬を赤らめて目をそらしながらも、元気いっぱいにマイクを握った。


「オーストラリアから来ましたルナ・ベネットです! 皆さんとたくさんお話したいです、よろしくお願いしますっ!」


 その挨拶に拍手が起きる。陽気に手を振る彼女の姿に、女子も男子も「まあ……いいか」と受け入れ始めていた。かくして、原宮高校に新たな“異分子”が加わったのであった。


◇◆◇


 ──少し時間を遡る。


 徳丸さやかの依頼を受け、莫大な前金を手にした闇の組織は、意気揚々と多数の下請けへ“仕事”をばら撒いていた。標的は、呉市にいる謎の女子高校生と、その飼い猫。見返りに比してリスクは低いと踏んだ者たちが、次々と動き出す。


 だが、現実は甘くなかった。


 公安とCIAが張り巡らせた鉄壁の迎撃網が、どのルートも先回りして潰してくる。ことごとく失敗し、呉市にすら近づけずに退場していく暗殺者たち。最後には切り札とされた超一流の刺客すらも消息を絶ち、組織のボスはついに机を叩いて呻いた。


 ──しかし、そんな絶望のさなかで、思わぬ報せが舞い込んだ。


 なんと、組織としても全く期待していなかった「バックアップのバックアップの、更にその下の下の下」、つまり存在すら曖昧な無名の殺し屋が、あの厳重な防御網をすり抜け、呉市への潜入を果たしたというのだ。


 ボスは一瞬耳を疑ったが、次の瞬間には狂喜乱舞していた。 ──たとえ下の下の下でも、所詮は女子高生一人と猫一匹。いけるだろう、いや、いってくれ。もう誰でもいいんだ……頼む、やってくれ……(泣)もはやそんな心境だった。


 ちなみに、ルナ・ベネット(24歳)がその防御網を突破できた理由は至って単純だった。


 ──彼女は、実績ゼロの駆け出し殺し屋だったのである。


 過去の戦績も曖昧、技能も中途半端、まして諜報機関のデータベースにも存在しない。公安もCIAも、彼女の存在そのものを「気にする価値なし」と判断していた。ルナはあらゆる“監視の目”の圏外にいたのだ。


 ルナは、仲介者に渡された女子高生コスチュームに着替え、偽造されたパスポートと改ざん済みの学歴証明を持たされ、言われるがまま空港へ向かった。気づけば飛行機に乗っていて、入国審査を無事にスルーし、そして──原宮高校の朝礼壇上に立っていた。


 流れるようにスルーされた異常事態。すべては彼女が“無名すぎた”がゆえの抜け道だった。しかも、その時点でも彼女の正体に気づいた者はいなかった。見事なステルス潜入成功である。任務は楽勝ムードにすら思えた。


 ──ただし、当の本人はというと。痛すぎる制服姿に心底ストレスを感じており、鏡を見るたびに胃がキリキリ痛んでいた。(早く仕事片付けて、さっさとこのコスプレ地獄から抜け出したい……)そればかりを考えていたのであった。


◇◆◇


 その夜。ホームステイ先──野球部監督で体育教師でもある鹿田先生の家。


 2階の一室では、ルナがパソコンとスーツケースを開いて“業務”の準備を進めていた。そこへ、鹿田の奥さんがやってくる。


「ルナちゃん、今日もまたEMSで荷物が来てたわよ。それにしても、毎日よく届くわねぇ……大丈夫なの?」


「ありがとうございます! 大丈夫ですー、気にしないで!w」


 にこやかに荷物を受け取るルナ。彼女の元には、任務の成功を祈る組織から、数々の「秘密の暗殺アイテム」が国際便で届けられていたのだった。届いた荷物を開封。中から現れたのは、精密なデジタルウォッチ。


「あっ! この時計知ってる。ボタンを押すと……確か『麻酔針』が出るタイプよね? 標的を一発で眠らせるヤツ!」


 テンションの上がったルナは、好奇心のままボタンを押してみる。


『ぷすっ!』


「え? ……えっ!?」


 チクリ、と小さな刺激。時計から飛び出した細針が、彼女の豊満な胸元に突き刺さっていた。


「うっ! これ……麻酔じゃない……即死系神経毒……だ……」


 急激に青ざめる顔。呼吸が荒くなり、全身から汗が吹き出す。


「やばっ……! 解毒剤、解毒剤ッ! 早く打たなきゃ……止まるな~、私の心臓ぉおおおおお!(涙)」


 床をのたうち回りながらスーツケースをまさぐり、解毒注射を引っ張り出して胸にブスリ。


 沈黙の時間──  


「……はっ!」  


 再び目を開いたルナは、薄く笑ってつぶやいた。


「よかった……間に合った。ふぅ……なんなのよもう、こんな危険アイテムばっかり……」


 文句を言いながらも、そっと時計を箱に戻そうとする。


 『ぷすっ!』


「え!? またスイッチ押しちゃった!? ぐはぁー、毒がっ……毒が回るっ! 解毒剤は? どこに置いたっけ! 早く打たなきゃ! いやぁー! 死にたくない~(涙)」


 ──こうして、呉に舞い降りた“死神”ルナ・ベネットの、前途多難すぎる潜入任務が幕を開けたのだった。

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