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第59話 死神その弐 凶弾

 同日、深夜の山陽自動車道下り線──。


 闇の帳がすべてを包む中、一台の高級外車が、エンジンの重低音を響かせながら西へと疾走していた。目指すは広島県。ハイウェイを駆けるその車のステアリングを握るのは、ただの犯罪者ではない。


 その男、コードネーム「凶弾」。


 数々の国際的犯罪組織に名を刻み、“送り込まれた時点で任務は成功している”と恐れられる存在。追跡、妨害、陽動。いかなる包囲網をもすり抜け、必要とあらば正面から粉砕してきた男が、いま静かに牙を研いでいた。


 彼の車が、無人のように静まり返ったとあるインターチェンジを通過した瞬間だった。──ピッ。電子音と共に、道路脇から一人の男が現れる。作業服姿の道路公団職員。だがその手つきは妙に滑らかで、そして素早い。


 標識が切り替わる。 《事故あり 通行止》  瞬間、複数の進入路に設置された電光掲示板が次々と一斉に更新され、高速道路のその一帯が「封鎖」される。


 (……見事な手際だな)


 凶弾の視線が、前方に出現した赤色灯の列に鋭く向けられる。視界の先、道路が完全に封鎖されているのを確認し、彼は鼻で笑った。


(もう足が付いたのか。早いな……まあ、誰も俺を止められんがな)


 静かにブレーキを踏み、車を路肩に寄せる。その動きに、一切の焦りはなかった。彼は左手をハンドルから外し、自然な動作で助手席へと伸ばす。そこには、黒いアタッシュケース。その中身は、彼の手足と呼べる愛銃たち。いつでも即応できるよう、ロックの解除と選別作業が淡々と進められる。──まるで職人の手仕事のような冷静さだった。


 一方、封鎖線の指揮車両では、すでに作戦が最終フェーズに入っていた。この現場の指揮を執るのは、CIAのエース諜報員、西条ジェシカ。コードネーム「クインビー(女王蜂)」。今夜も彼女は、公安警察と合同で死神狩りに臨んでいた。


「もう~、夜更かしは美容の敵なのに。ここのところ仕事忙しすぎ」


 嘆きながらも、軽く肩を回すその動きには余裕がある。気怠げな口調とは裏腹に、その目は鋭く、周囲の状況を逃さず把握していた。すぐ隣で、情報班の諜報員がタブレット端末を手に報告を上げる。


「クインビー ……ターゲット確認しました。あちらの車です」


「情報通り、あれは『凶弾』なの?」


「はい。間違いありません。お気をつけて」


 ジェシカは片手で髪をかき上げ、ゆっくりとドアを開ける。戦闘モードに入ったその姿は、普段のセレブ系美少女から一変、まるで戦場に舞い降りた戦女神。続く数名の隊員たちもすでに武器を構え、射線を確認しつつ彼女の後に続く。──この時、すでにこの戦いの舞台は、ジェシカの掌の上にあった。


◇◆◇


 男はその様子をフロントガラス越しに見やりながら、もう交渉の余地はないと悟った。アタッシュケースの中から次々と拳銃や小銃、手榴弾を取り出し、手際よく自分の身体へ装備していく。


「ちっ! 狙撃銃は置いていくしかないか。まあ潜入さえ果たせば、調達はどうとでもなる」


 ぶつぶつと独りごちながら、エンジンを再始動。フロントタイヤが悲鳴を上げ、車体は一気にジェシカたちのいる方へと突っ込んでいった。地鳴りのような加速音とともに、車両は速度を増し、周囲の空気を切り裂いてゆく。


 狙いは正面突破。その動きに気づいたCIA諜報員たちは即座に左右へ展開し、応射を開始。マズルフラッシュが夜を切り裂き、フロントガラスが粉々に砕け、車体にいくつもの穴が開く。それでも男の車は止まらない。


 数秒後、車はバリケードに突っ込み、大破。火花と破片が飛び散る中──煙の中から、一人の男が悠然と降り立つ。彼は傷一つ負っていなかった。スーツの裾を払い、タバコを口にくわえ、まるで「これからが本番だ」とでも言わんばかりに紫煙を吐き出す。


(おかしい……あの銃撃に車の損傷……人間であれば生きているはずはない。それも、あんな余裕の状態で降車してくるとは!?)


 ジェシカの眉がわずかに動く。その直後、男はまるで映画のスローモーションを逆再生したような速度で拳銃を抜き、諜報員たちに向けて連射した。発砲音と同時に、鋭く正確な銃弾が彼らの防弾チョッキにめり込む。


 再びジェシカの指示で銃撃が始まるが──驚愕の現象が起こる。放たれた弾丸が、男の目前でピタリと空中に留まり、地面に落ちることもなければ、彼に触れることもない。


「やっかいな能力……ってわけね」


 ジェシカが目を細めながら呟くと、凶弾は薄く笑みを浮かべる。


「そんな所だ。詳しく知る必要はないぜ……これから死ぬんだしな」


 ジェシカは無駄のない動作で愛銃を構え、すっと息を吸い込む。狙いを定めて引き金を絞ると、銃口から次々と閃光が走り、銃弾が怒涛のごとく撃ち出された。だが──。弾丸は、すべて男の目前で止まった。まるで見えない壁に衝突したかのように、空中でピタリと静止し、次の瞬間、音もなく地面に落ちていく。狙撃手たちは顔をこわばらせ、銃口を握る手にじっとりと汗がにじむ。異様な光景に、沈黙のまま背筋が凍りつく。


 「凶弾」は平然とその能力を展開しながら、一歩、また一歩とこちらへ歩み寄る。その動きには焦りも隙もない。まるで自分の無敵さを確信しているかのように、余裕すら漂っている。彼は念動による“絶対の防御”を身にまとった伝説のガンマンだった。その手から放たれる銃弾もまた、人外の精度と速度を誇り、これまで数々のプロフェッショナルたちを一方的に退けてきた。


 今、この闇夜の高速道路に現れたのは──ただの標的などではない。完全武装の殺戮装置、いや、“死神”そのものだった。


◇◆◇


 「フフフ。可愛いなお嬢ちゃん。お前だけは生かしておいて、俺の相手をしてもらうとしようか」


 下卑た笑みを浮かべ、凶弾は舌なめずりしながら言い放った。その眼差しには獲物を嬲るような悪意と、殺戮者特有の歪んだ愉悦が滲んでいた。


 「うわぁー気持ち悪い。そんな目で見られてるってだけでもう嫌になる~」


 ジェシカは眉をひそめ、吐き捨てるように応じた。声も顔も、本気で気色悪いという感情がにじみ出ている。軽口というより、素で生理的嫌悪を感じていた。


 「黙れ、小娘!」


 男が声を荒らげた瞬間、両手の自動拳銃を構え、一気に距離を詰めてくる。まるで射線そのものが彼の支配下にあるかのような気迫だった。ジェシカの周囲に緊張が走る。


 しかし、当の本人はやれやれといった風情で、静かに一丁の銃を取り出す。その銃は奇妙な形をしていた。銃口らしきものはなく、形状はオモチャのような──あるいは、ゲーム機のコントローラーにも見える代物だった。


 絶対的な能力を誇る超越者はそれを見るなり、堪えきれず吹き出す。


「なんだぁーそんな子供だましで俺をどうにかしようってか?」


 ジェシカは返事もせず、そのまま引き金を引いた。


 その瞬間、頭上遥か彼方の暗闇から、ひときわ眩い閃光が直撃する──雷のごとき純白の柱が、一直線に凶弾の頭上へと突き刺さった。轟音とともに、男の体が硬直し、激しく痙攣する。そして次の瞬間、糸が切れたように崩れ落ちた。


 至高の死神と恐れられた凶弾、沈黙。


 その異様な「念動バリア」で物理攻撃を完全に防いできた男は、まるで抵抗もできぬまま沈んだ。既にジェシカは、彼の防御性能も行動パターンも分析し尽くしていたのだ。


 見えざる空から放たれた一撃──それを可能にしたのは、光学迷彩を施された三機の高高度ドローン。完全に人間の認識外に浮遊し、対象を常に捕捉して死角を無くし、確実に「神の鉄槌」を下す。


 「もう~ダーリンたらなんでこんな厄介な奴らを呼び寄せるのよ~。明日はデートしてもらわなきゃ割に合わないわ」


 ジェシカは肩をすくめて呟くと、手を一振りしながら隊員たちに撤収を指示する。その表情には、戦闘の疲労を感じさせぬほどの清々しさが浮かんでいた。それは、狩るべき標的を確実に屠った者だけが持つ、気高き獣のような静けさだった。

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