第六話 ドキドキトライアングル
翌朝、僕は大空山の自宅から山道を下り、いつものバス停に到着した。すると、僕の姿を見つけた長谷光葉が、右手をぶんぶん振りながら駆け寄ってくる。昨日、LINEを交換して登校時間を確認したのだ。今まで誰かと待ち合わせして出かけるなんてあまりなかったので、正直、ちょっと新鮮だったりする。
ん? 僕って友達少ない? もしかしてそうだったなぁ。ハイスペックすぎて男子からは敬遠され、女子からはお付き合い前提の告白ばかりで、友達付き合いってほとんどなかったから。まあ、幼馴染くらいはいるけど。男子だけど。
「おはようー、白岳くん!」
光葉は息を切らしながらも、満面の笑顔で小走りに近づいてくる。朝の光を背に受けて、髪がきらきらと揺れていた。
「おはよう、長谷さん」
僕は少し照れながら挨拶を返す。
「バス、まだ来てないんだね」
「うん、田舎だしね。朝は10分おきだけど、昼は20~30分に一本くらいしか来ないんだ」
「そうなんだ! それより、私のことは『光葉』って呼んでよ!」
光葉は一歩近づいて、顔を覗き込むようにして言った。その瞳はいたずらっぽく輝いている。
「ええっ!? 恥ずかしいよ……」
「ふーん。そんなこと言っていいのかな? 私、うっかり誰かに君のこと話しちゃうかも……」
にっこり微笑む光葉の顔は、天使のようだが、その目はどこか小悪魔的だ。
(うぉー! キラースマイル! 怖ええよぅ!)
彼女の口元は笑っているが、その目は「知ってるんだからね」と語っている。昨日の交渉を思い出し、僕は渋々承諾した。
「じゃあ……光葉さん」
「オッケー! 私も白岳くんのこと『靖章くん』て呼んでいい?」
「いいよ。ヤスでもいいし」
「じゃあ、二人でいるときは『ヤスくん』って呼ぶね!」
(甘い……いや、甘酸っぱいぞ! ドキドキする……)
そんなこんなで、僕たちは並んで立ち、やがて到着したバスに乗り込んだ。
◇◆◇
教室に着くと、眠たそうな目をした西条ジェシカがいた。窓際の席で腕を組み、顎に指を当てて何やら深刻な表情で考え込んでいる。
【西条ジェシカの心の声】
(わからない。ああぁぁ~何もかもわからない!)
(長谷光葉……彼女は何者なんだ? ペンタゴンのデータにも情報なし。父親はごく普通の海上自衛隊の自衛官。家族なども全くのシロ。しかし、彼女のあの自信、微笑み、白岳へのあの態度……どう見ても彼女もエージェントとしか思えない)
(どこの組織なんだ? 敵なのか? 味方なのか? 直接確かめるしかない……!)
「おはよう、西条さん」
「おはよう~、ジェシカちゃん! 昨日はごめんね。私と白岳くんの話はついたから」
ジェシカの目が、ゆっくりと僕たちに向けられた。その目の奥に、かすかな動揺が宿っていた。
「おはよう……」
(……なんだと!? 話がついただと? 一体何の話がついたんだ!? )
(私でも相手にされなかった白岳に、どうやって取り入った?)
( ヤバい……私の任務、開始2日目で終わるかも……あぁぁぁぁどうする、わたし!)
ジェシカの顔色が、見る見るうちに青ざめていく。
「西条さん、寝不足? 大丈夫か?」
「……ああ、心配無用だ。放課後、また時間を作ってくれ。手間は取らせない」
ジェシカは無理やり平静を装いながらも、少し目を逸らした。僕は首を傾げつつも頷いた。
「わかったよ。じゃあ後で」
◇◆◇
休憩時間。ジェシカは光葉を廊下に呼び出した。日の差す廊下に立つ二人。ジェシカは光葉の前に立ちふさがり、右手で顔の横の壁に手をつく──いわゆる「壁ドン」の体勢。
「あのー、ジェシカちゃん、話って何?」
光葉は首を傾げ、小動物のような顔で問い返す。
「長谷光葉……君に聞きたいことがある。白岳靖章の正体……どこまで知っている?」
ジェシカは鋭い眼差しで光葉を射抜いた。その表情はまるで尋問官のようだった。
(え? ジェシカちゃんも白岳くんの秘密を何か見たのかな?)
光葉は少しだけ目を丸くしたが、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「うん、知ってるよ。あの力は尋常じゃないもの」
「そうか……。やはり君も私と同類(諜報員)なのか?」
ジェシカは顎に手を当て、納得したように頷く。
「ジェシカちゃん……そうだよ! 私もたぶんあなたと同類(中二病SF超常現象オタク)じゃないかな!」
「やはりな……。そうじゃないかと思っていた。単刀直入に聞こう。光葉は敵か味方か? どっちなんだ?」
(なになに? ジェシカちゃんカッコいい! しかもノリよさそう!)
光葉は笑いながら目を細める。
「それは秘密かな」
「くっ! さすがだな。そう簡単に尻尾は掴ませないってか……」
(この余裕……とてつもない大物なのか!?)
(いやだぁー! なにこの会話!? めっちゃ面白い! グイグイ合わせてくれてる!)
「そうよ。私の正体が知りたかったら、まずは友達から始めましょう。私の中に潜む強大な力……見極められるかしら?」
それは、単なる光葉の中二病発言だった。ジェシカは光葉の真剣な表情を一瞬見つめてから、ゆっくり頷いた。
(こいつ、あえて私を試しているのか……面白い。乗ってやる!)
「OK。じゃあ友達から始めよう。白岳に関してはお互いフェアに行こうじゃないか」
「残念だったわね。彼はもう私の手の中よ。LINEも交換したし、今朝も一緒に登校したんだから」
「早いな……先を越されるとは……」(敗北感……!)
ジェシカは悔しげに唇を噛んだ。
「でも、まあ彼とも友達になるのはいいんじゃないかな? 興味あるんでしょ?」
「いいのか?」
「もちろんだよ! ジェシカちゃんには、同志って感じがするし!」(ヲタクの!)
「すまない。頼む。任務を失敗するわけにはいかないんだ」
「あなたの任務、重大なんだね! 任せて! きっちり彼に紹介してあげる!」
「光葉……君はいい奴だな」
「今日から私たち、同志だよ!」
「そうか……同志(諜報員的)なんだな。これからよろしく頼む、光葉」
「うん!」
◇◆◇
こうして放課後、ジェシカは長谷光葉の口利き(半ば強制)により、無事に白岳の友達になれたのだった。そのやり取りを、監視カメラ&盗聴器でモニターする担任の青山祥子(公安警察)。教員机の引き出しの奥に仕込んだモニター越しに、彼女は眉間にしわを寄せていた。
「この三人……なんかめんどくさそうね。まったく予想外の展開なんだけど……どうしたものかしら」
青山は溜息をつきながら、温くなったコーヒーを一口すする。──予測不能な高校生活は、まだ始まったばかりだ。
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