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第57話 死神その壱 凶刃

 死神たちの動きは早かった。


 その動きはまるで、嗅ぎつけた獲物に一斉に群がるハイエナの群れのようだった。彼らにしてみれば、これは莫大な報酬の割に簡単な任務に思えたからだ。──たかが高校生ひとりと、一匹の猫。情報を聞いた瞬間、各国の殺し屋ネットワークに失笑が漏れたほどだ。だが、提示された報酬額はその鼻白んだ空気を一瞬で凍りつかせるほど破格だった。


 組織のトップは支払われる報酬を受け取りながら、それを更に下部組織へと仕事を降ろしていく。いわゆる下請け(中抜きともいう)だ。こうした構図は、世界中の闇組織で日常的に繰り返されてきた。死神たちの世界もまた、例外ではなかった。依頼を上から下へと流すことで、リスクを軽減し、利潤を最大化する──闇の資本主義だ。


 いくつもの下部組織から腕利きの殺し屋たちが放たれ、呉市を目指した。彼らは誰もが、それなりの修羅場を潜ってきた猛者たちだった。中には一晩で要人三名を暗殺し、痕跡すら残さなかった伝説の男や、軍をも恐れさせた元特殊部隊崩れの殺人鬼もいた。しかし、その過程で彼らは戦慄することになる。ターゲットに全く近づけないのだ。成田、関空、羽田──どの空港ルートもすでに封じられていた。海路も、陸路も、あらゆる“隙間”が既に塞がれていた。


 それもそのはずだった。米国大統領肝いりのサイボーグ・白岳靖章を守るという名目で、公安警察およびCIAが多重に防御の網を張っていたからである。日本国内に入国する前に「テロリスト」として捕らえられたり、水際作戦と呼ばれる公安の監視網は完璧だった。国内の非合法組織に属する殺し屋たちも、呉市に乗り込む前に公安警察の腕利き捜査官たちにより、ほぼ始末されていた。自慢の腕を誇っていたはずのプロたちが、呆気なく無力化され、消息を絶っていく。


 公安とCIAが張った網には、まるで面白いように危険な犯罪者が次々と引っかかっていた。今や呉市は、秘密裏に活動する者たちにとって「殺し屋ホイホイ」と化していた。(この現象に福浦三毛太郎の幸運力が絡んでいたことは、誰も知る由もなかったが。)

 

 いつまでも成果を出せない異常事態。失敗を許されないこの業界で、ついに焦りの空気が蔓延し始める。いら立つ依頼主さやかからの催促に、死神たちは戦慄した。──この仕事を確実にこなさなければ、今度は自分たちが消される。死神に死を告げられる“死神狩り”──それをもやるのが依頼主のもうひとつの顔だった。


 こうして呉市には、各組織が誇る最高戦力が送り込まれることとなった。もはや「依頼」だけではない。これは、世界中の闇が本気で挑んでくる、血と鉄火のバトルロイヤルの始まりだった──。


◇◆◇


 ある日の深夜。呉港・川原石埠頭──


 そこは、波と錆の匂いが入り混じる、静かな闇の海域だった。低くうねる潮騒の中、昼間に入港したばかりの外国船のタラップから、ひとりの男が降り立つ。男は漆黒のスーツに身を包み、手にはクラシックなトランクケースをぶら下げている。見るからに紳士的な風貌。だが、その眼だけは静かに爛々と輝いていた。


 次の瞬間──


 埠頭の端に駐められていた複数の車両のライトが、一斉に煌々と灯った。まるで狙いすましたようなタイミングだった。


「……チッ」


 男の動きが一瞬止まり、即座に戦闘モードに入る。街灯のない真っ暗な埠頭に、最新のLEDの光がいくつも突き刺さる。その光を背にして車のドアが開く。中から現れたのは、スーツ姿の公安捜査官たち。 その中心にいた男が、鋭い声で告げる。


「国際手配中の殺し屋──コードネーム『凶刃』。これ以上の行動は許されない。大人しく投降しろ」


 静寂を切り裂くその声に、男はゆっくりと口元を吊り上げた。


「おやおや……これはまた、手厚い歓迎ですな。たかが船員に、随分と過剰な取り調べですねぇ」


 その口調は飄々としているが、全身から発せられる“気”は獣そのものだった。


「ふざけるな。貴様の顔も経歴も、既に裏は取れている。時間稼ぎは無意味だ」


 指揮官の一声で、捜査官たちが一斉に拳銃を抜く。ピンと張り詰める気配。


 銃口の数は十を超えていた。


「──なるほど、ここが貴方の死に場所ですか」


 凶刃は、そう呟くと躊躇なく一歩前に出た。


「撃て!」


 指揮官の命令とともに、銃声が連続して響く。


 ──しかし。


「カンッ、キィィン……ッ!」


 弾丸が金属に弾かれるような音を立てて、凶刃の身体から跳ね返された。


「なっ……!?」


 公安の誰かが、思わず声を漏らす。


 スーツの下、全身を刃物で構成した人体兵器──それこそが、凶刃の異名の由来だった。身体中あちこちに刃を仕込み、皮膚の下までが鋼鉄化されている。彼が歩くたびに、かすかな金属音が全身の関節から鳴る。──肘、膝、指の節々。仕込まれた刃が、静かに蠢いていた。笑う凶刃が、すうっと手を動かすと、袖口から刃が滑り出る。まるで袖口ごと斬り裂くように、空気が軋む。


◇◆◇


 包囲網の外側──物陰から事態を見守っていた原宮高校の校長(兼公安の現地責任者)は、深く息を吐き、呻くように呟いた。


「いかん、このままじゃケガ人だけじゃ済みそうもない……青山先生。君の出番だ」


 その声に応じるように、ひときわ異質な気配が闇の中から姿を現す。現れたのは、教師としての穏やかな風貌とは打って変わった、漆黒の戦闘服に身を包んだ青山祥子だった。腰には一本の忍刀が静かに揺れている。全身のオーラが、高校で見せるいつもの雑談好きな先生とは別物だった。


「ああぁーしんどい……夏休み前からずーっと仕事しっぱなしで、私もう働きたくないんですけど」


 ため息まじりに漏らしたその声は、心の底からの本音らしく、完全にやる気のないトーンだった。


「青山先生! そんなこと言ってる場合じゃ……頼むよ~、仕事してくれ!」


 校長が焦りを滲ませて懇願する。


 だが青山は、ちらりと横目で校長を見やりながら、にやりと口の端を上げた。


「校長先生のポケットマネーで、呉阪急ホテルの鉄板焼き『古鷹』の最高級米沢牛コース、奢ってくれないかなぁ」


 冗談のようでいて、本気の交渉だった。


「なっ!? 高いんだぞ、古鷹は!」


 動揺する校長に、青山は遠くを見るような目で、力なく続ける。


「部下のやる気スイッチ、押してくれないかぁ……(遠い目)」


 その目に込められた“働きたくなさ”の圧が強すぎて、校長の額には脂汗が浮かぶ。


「いかん! このままじゃ誰かが『凶刃』の餌食に……わかった! わかったから頼むよ、青山先生!」


 校長の悲鳴に似た叫びを聞いた瞬間、青山の雰囲気が一変した。


「その言葉、待ってました」


 彼女はにっこりと笑い──そのまま一瞬で表情を引き締めた。戦闘モードへの切り替えは、まさにプロのそれだった。


「では、ちゃっちゃと片づけますか」


 その一言とともに、青山は地を蹴る。


 ぽーん、と音を立てるようにして、軽やかに覆面パトカーの屋根を飛び越え、一直線に「凶刃」と呼ばれた男へと接近していく。持っている武器は、腰に下げたあの刀一本──それだけだ。


 その姿を目にした凶刃は、まるで本能で察知したかのように動きを止める。そして、無言のままトランクを投げ捨て、ネクタイをぐいと緩めた。


 二人の間に、風が吹く。


 それは潮の匂いではなく──血と刃が交錯する、予感の風だった。二つの影の間に張り詰めた沈黙は、すでに“闘い”という名の糸を限界まで引き絞っていた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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