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第56話 女王vs女帝

 福浦がSF超常現象研究会に入部して三日後、生徒会長・徳丸さやかは、ついに焦りの色を隠せなくなっていた。いつまで経っても見つからない「ミケランジェロ」の行方に、彼女の中で膨らみ続けていた長谷光葉への疑念が、ついに限界を超えたのだ。


 生徒会室を出たさやかは、いつものように副会長と書記を従え、クラブ棟へと向かっていく。その足取りは静かだが、明らかに怒気を孕んでいた。廊下に響く彼女のローファーの音すら、何かを断罪する鐘の音のように重い。


 ちなみに、副会長や書記たちは、彼女の内面や目的に関して何も知らない。ただ、知力・人脈・金脈・そして圧倒的な行動力を併せ持つ「原宮の女王」──徳丸さやかに心酔しているに過ぎなかった。さやかの素顔を目にしたことはあるが、語る者はいない。語る必要も、許される空気も、存在しないのだ。


 古代中国に「蘭陵王」と呼ばれた将軍がいた。あまりに美しすぎる顔立ちにより兵士の士気が下がるとされ、仮面で素顔を隠して戦ったという。さやかもまた、天賦の美貌が災いとなり、幼少期には誘拐未遂事件を経験。以降もストーカー被害に悩まされ、結果その素顔は常に仮面の奥に封印されていた。


 教師も保護者も、そして生徒会役員も、誰もが「徳丸さやか」の素顔を見た者はその理由に納得し、多くの者が彼女の美顔の虜になった。既に副会長以下の役員たちは徳丸さやかの絶対的な信者と化し、恭しく彼女に仕えている。


 クラブ棟の廊下を進むさやかに、すれ違う生徒たちは誰もが立ち止まり、道を空けて一礼する。その光景はまるで、王族の参上を出迎える宮廷のようだった。長谷光葉という新星が現れるまでは、さやかこそが「原宮の女王」として君臨し続けていたのだ。そして今なお、その威光は健在だった。


 やがて、SF研の部室前に到着。副会長が礼儀正しくノックし、扉を開ける。さやかはその一歩を静かに踏み出す。お多福のお面越しの視線が、部屋にいる面々を順に見据える。


「皆さまごきげんよう。今日は痺れを切らして参上いたしました。お聞きしますわ。ミケランジェロは見つけられまして?」


 その声音は柔らかく響くが、その場の空気には、突き刺すような圧が漂った。


 室内には光葉を中心に、僕とジェシカさん、古新開、黄幡さん。マリナは部屋の隅で福浦(家猫姿)と猫じゃらしで遊んでいる。さやかの視線が、その無邪気なやりとりへと注がれる。その仮面越しの視線が、怒りで微かに震えているのを僕は見逃さなかった。


「会長!ようこそです。わざわざお出でいただいてすいません~」


 光葉ちゃんはいつも通りの無邪気な笑みを浮かべ、何食わぬ調子でさやかに対応する。声のトーンも自然そのもので、まるで何もやましいことなどないかのように。これこそが僕らの作戦だった。 


「長谷部長! 問題解決に手腕があると聞いてお願いしましたのに、未だ報告もないので確認に来ましたの。ミケランジェロは見つかりましたの?」


 さやかの口調は丁寧なままだが、明らかに語尾に棘が含まれていた。


「すいませんー会長。それがうちの精鋭メンバーが目をレーダーにして探したんですけど、全然見つからなくて~」


 光葉ちゃんは軽く肩をすくめて微笑む。さやかの背後で副会長がわずかに眉をひそめたが、さやか本人は無言のまま光葉に背を向け、そのまま部室の外へと出ていった。


(会長……怒ったのかな? 帰ったかも?)


 僕がそう小声で呟いた瞬間──


 バタンッ!


 音を立てて再びドアが開く。その場にいた全員が反射的に姿勢を正した。


 戻ってきた会長の顔には、先ほどとは違う「般若」のお面がつけられていた。(怖すぎる!)その不気味な顔に、ジェシカがわずかに眉をひそめ、マリナが「ひっ」と小さく声を上げた。


「長谷さん! 隠すことは為になりませんわよ。そこの猫……ミケランジェロですわ!」


 さやかがピシッと指を突きつけたのは、マリナと戯れていた猫──福浦だった。


 だが光葉は微笑みを崩さず、言い放った。


「会長……その子は違いますよ。ミケランジェロ探しの間にうちが保護した別の猫です」


 光葉の言葉を受け、マリナがタイミングよく猫を抱き上げ、くるりとさやかに向けて見せた。


「会長さん、よく見てみて。この子は三毛猫じゃないよ」


 そう、これが福浦と僕らの話し合った作戦だった。福浦の変化能力を使えば「毛並み」を変えることなど簡単なのだ。福浦三毛太郎は、見事に「白黒ハチワレ」の家猫に化けていた。表情も、しぐさも、声までもが完璧に別猫になりきっている。


 さやかは数秒、無言で猫を見つめていたが、やがてその仮面の奥から、明らかに苦しげな吐息が漏れた。


「確かに……この子は三毛猫じゃありませんわね」


「そうなんですよ。どうやっても探し出せなかったんです。あと、先日うちに来てたのもこの子みたいで。すいません、お力になれず」


「わかりました。では引き続きお探し願いますわ」


 それだけを言い残し、さやかは再び無言で踵を返した。付き従う副会長と書記も、何も言わずその後を追う。


「光葉ちゃん……どうだろう? ごまかせたと思う?」


 僕が問いかけると、光葉は一拍置いてから、真剣な表情で答えた。


「どうかな? 会長にも相当な霊能力があるとしたら、バレてる可能性が高いかも」


 その言葉に、ジェシカが腕を組みながら低く呟いた。


「徳丸さやか……マークしといた方がいいかな?」


「でもまあ、生徒会長が実力行使するなんて考えられないし、このまま押し通しても大丈夫じゃないか?」


 古新開のその言葉に、一同が曖昧に頷く。だがその胸中には、不安の種が確かに残されていた。


◇◆◇


 夕暮れの陽が落ち、誰もいない生徒会室にひとり残るさやかのシルエット。


 窓の外を背に、仮面を外した横顔がうっすらと闇に浮かび上がる。目は冷たく、唇の端が静かに吊り上がった。


「ふふふ……長谷光葉……私に牙を剥きましたわね。あの猫は間違いなくミケランジェロ。私から幸運の招き猫を奪い、我が物にしようなどと──許せませんわ」


 机に設置された端末を開き、数秒後、ある暗号化回線が接続された。


 その回線の先は、世界の闇を這い回る名もなき者たち──“死神”と呼ばれるプロフェッショナルな暗殺者たちのネットワークだった。さやかは涼しい顔で、莫大な報酬とともに依頼文を打ち込む。


《ターゲット:長谷光葉、およびミケランジェロ──確保・排除》


 その瞬間、世界各地のどこかで、“選ばれし死神たち”が静かに目を開けた。恐るべき死のプロフェッショナルたちが、動き始めたのだ。女王の命により、呉市は静かに死の舞台へと変わり始めた──。

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