第53話 部室に奴がやってきた
午後の授業も終わり、放課後のチャイムが鳴る。僕は光葉ちゃんをはじめ、SF超常現象研究会のメンバーと共に教室を出ようとした──が、ふと気になって教室内を見渡した。
……福浦の席が空っぽになっている。
つい五分前、授業中に横目で確認したときは、確かに奴は机に突っ伏して熟睡していたはずだ。誰にも気づかれず、授業中に教室から出るなんて……そんな芸当、人間にできるのか?
いや、そもそも福浦は教室ではほぼ寝てばかりだ。毎日入れ替わり立ち替わり入ってくる教師たちも、特に注意をすることもなく授業を続けているし、クラスメイトもまったく気に留めていない。むしろ、そこに彼がいるのが“当然”という空気が支配している。そう、まるで彼の存在そのものが、原宮高校にとって自然の摂理の一部かのように。
(やっぱり、あいつ……ただ者じゃない)
「光葉ちゃん、みんな。部室へ行こう! 福浦の奴……もしかして先に行ったのか、それともまた逃げ出したのか、確かめなきゃ」
僕が焦りをにじませて言うと、光葉ちゃんがにっこりと笑い、確信めいた口調で頷いた。
「そうだねヤスくん。でもきっといると思うよ。ちゅーるをもっと欲しそうにしてたもん」
まるで再会を約束された友人を迎えに行くような明るさだった。
「お兄ちゃん、あいつすごいよ! わたしのセンサーでもいつ消えたかわからなかったもん!」
マリナが腕をぐるぐると振り回しながら興奮気味に言う。あの軍用レベルの探知能力をもってしても、完全に見失ったらしい。
「日本って国はどうなってるの? こんな身近に超常現象がゴロゴロ転がってるなんて……クレイジーだわ」
ジェシカさんは額に手を当てて、ため息と共に小声で嘆く。その呆れを超えたリアクションが妙にリアルで、逆に背筋が寒くなる。
「いや……この学校がおかしいだけだと思うぞ」
古新開の冷静なツッコミが、妙に現実的でありがたかった。
「とにかく移動しよう。古新開は黄幡さんにも声をかけてきてくれ」
「わかった。今日の部活は楽しくなりそうだぜ」
高揚感と不穏さが入り混じる中、僕らは、謎の猫──もとい、福浦三毛太郎を追って、クラブ棟の部室へと足を向けた。
◇◆◇
クラブ棟に着いた僕らを待ち構えていたのは、部室の前に立つ青山先生の姿だった。そしてその傍らでは、作業服姿の業者らしき男たちが工具を手にして出ていくところだった。
「先生! どうしたんですか?」
僕が声をかけると、青山先生は振り返って満面の笑みを浮かべ、胸を張って言った。
「おう白岳、長谷も。それがな……お前ら、喜べ。ラッキーなことに部室にエアコンが付いたぞ!」
一瞬、耳を疑った。
「ええ? 先日お願いしたときは、予算がないって却下されたはずでは?」
光葉ちゃんが驚きつつも問い返す。先生は困ったように首をかしげた。
「よくわからんが、どこからともなく補正予算が下りて来てなー。クラブ棟の何室かにエアコンが付くことになったんだ。それで顧問の教師同士でエアコン争奪じゃんけん大会をやったんだが……あっさり勝ってしまったんだ」
自慢げな表情で、どこか誇らしげに鼻を鳴らす青山先生。
「やったー! 青山先生ありがとうございます!」
「うんうん、よかったな。じゃあ帰るときにはエアコン消し忘れないよう、気をつけて使えよ」
その言葉を残し、青山先生は足早に職員室へと戻っていった。
僕たちは全員、顔を見合わせる。
「なんなんだ……この幸運は?」
ポツリと漏らした僕の疑問に、全員が無言で頷く。その幸運の源──それはもう、心当たりがありすぎる。
◇◆◇
部室のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは──
光葉ちゃんのデスクに備え付けられた、やけに豪華な革張りの椅子。その上に、脚を組み、ふんぞり返るようにして鎮座している福浦三毛太郎。……いや、あの男、目を爛々と輝かせ、やけに堂々としているじゃないか。
「みんな遅かったニャ。ちゅーるを貰いにやって来たニャ」
「福浦くん、ようこそSF超常現象研究会へ!」
光葉ちゃんが朗らかに歓迎の言葉を告げると、福浦はつまらなさそうにふんぞり返った。
「挨拶はどうでもいいニャ。早くわしにちゅーるをよこすニャ」
その高慢な態度に、僕らは思わず取り囲んだ。
「福浦……お前が原宮高校の七不思議……この学校に巣食う怪異だったとはな!」
「飛んで火にいる夏の虫とは貴様のことだ!」
古新開が鋭く切り込む。続いて──
ジェシカさんが、いつものレザーバックからサイレンサー付きの拳銃を取り出し、ためらいなく福浦のこめかみに銃口を突きつけた。
「下手な真似をしたら風穴を空けるから」
「正体を現しなさーい! 私のセンサーは全部お見通しだよ!」
マリナが両手を広げて、敵対モード全開で福浦に詰め寄る。
すると──
「にゃはははは! ガキどもが、わしをどうこうしようなどと、百年早いニャ」
福浦が人間離れした笑い声を響かせたその瞬間──「ぽんっ」という不思議な音と共に、彼の姿が変わった。ぬるりと毛並みが現れ、筋骨たくましい巨体の三毛猫がそこに現れる。堂々とした佇まい、光沢のある毛並み、まん丸な瞳。そして、どこか達観したような落ち着きがそこにはあった。
ジェシカの拳銃に猫の前脚がちょん、と触れた瞬間──機械音と共に銃がバラバラに分解されパーツが宙に舞う。
「あぁぁー! どうして!?」
ジェシカさんの悲鳴が響き渡る中、部室の空気は凍りつく。
しかし──光葉ちゃんだけは一歩、前に出た。
「みんな落ち着いて! ここでは喧嘩しちゃだめだよ。それに私は福浦くんとは仲良くしたいから来てもらったんだし」
ポケットから、ちゅーるを取り出して差し出す光葉。
「ごめんね。まずは仲直りしよ。そして君のこともっと知りたいんだ。教えてくれない?」
巨大猫──福浦は喉を「ごろごろ」と鳴らし、うにゃーと頷いた。
「そういうことならOKニャ」
その様子にほっとした光葉ちゃんは、すぐさま黄幡さんに声をかける。
「じゃあみんなでお茶にしましょう。黄幡さん、一緒にお茶の用意してくれる?」
黄幡さんは驚きと恐怖で若干顔を引きつらせながらも、笑顔を作って頷いた。
「ええ。でも……よくこの状態でみんなパニックにならないですね。私はもう……めまいで倒れそうなんだけど」
僕は苦笑いを浮かべながら、答えた。
「光葉ちゃんがいると、もう何が起きても驚かない感じになってきたよなぁ」
「まあ実際こんなのいろいろ見たらな」
古新開も納得したようにぼそり。
その間にも、ジェシカさんは拳銃の残骸を呆然と見つめていた。
「うう……私の拳銃が……」
「ジェシカ、私が組み立て手伝ってあげるよ。元気出して」
マリナがやさしく肩を叩く。彼女なりのフォローらしい。
やがて、光葉ちゃんと黄幡さんがお茶を配り、今日の茶菓子──間宮羊羹を切り分けて配ると、福浦はゆっくりと身体を縮め、一般的な家猫サイズに変化した。そして、ちょこんと光葉の膝に乗り、うにゃうにゃ言いながらちゅーるを食べさせてもらっている。
その可愛らしい光景に、さっきまでの怪異っぷりなど忘れて、部室全体がほっこりとした空気に包まれる。その空間には、確かに“奇妙だけど平和な午後”が流れていた。
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