第52話 原宮高校の七不思議
原宮高校は創立100年を超える伝統校である。戦前、西日本でも有数の大都市だった呉市においては、全国に先駆けていち早く高等教育が普及していた。原宮高校も戦前から多くの学生を世に送り出してきたのだ。
そんなこの学校には、ある都市伝説があった。 ──戦後間もなくの頃から、この学校に何らかの怪異が棲みつき、生徒たちの間に紛れて学校生活をしているというのだ。
その証拠というのが、なぜか毎年入学してくる生徒数より、一学年のクラス分けをして作られた名簿の生徒数が一人多いというもの。入試を担当した教師も、一学年の生徒を担任する教師も、目を皿のようにして名簿や生徒の顔を見合わせるが、増えた一人の正体は誰もわからないという。
戦後も80年が過ぎ、そんな怪異の噂もすっかり下火になってはいたが──“そいつ”は今も、ちゃっかり原宮高校に棲んでいるらしい。
一年A組に、一人の男子生徒がいた。
どこから見てもごくごく普通の高校一年生。身なりも素行も悪くない。温厚でのんびり屋の彼はややマイペースなところはあるが、妙に人懐っこくて、クラスの女子からも「ちょっと可愛いね」と評判の男の子だった。
彼の名は──福浦三毛太郎。(ふくうらみけたろう)
なーんか変わった名前だが、クラスの誰もそれを不思議に思わない。ごく自然に受け入れていたし、担任の青山先生もまったく他の生徒と同じように接していた。
今朝も朝早く登校してきた女生徒が教室に入ると、福浦は机に突っ伏してすやすやと寝息を立てていた。
「おはよう福浦くん。今日も早いね〜」
やわらかく声をかけられ、福浦はぴくりと眉を動かすと、ゆっくりと顔を上げ、大きなあくびをひとつ。
「うにゃぁー。もう朝かニャ。おはようニャー」
目を細め、どこかとろけそうな声で挨拶する彼に、女生徒はくすっと笑った。
「ふふふ。面白いね〜。ずっと教室で寝てたみたいじゃない?」
「まあ〜、そんなとこニャ」
またふにゃっと笑って、机に頬をくっつけるように再び眠りに落ちる福浦。朝の喧騒の中でも、彼は夢の世界を歩き続ける。
◇◆◇
──生徒会長がSF超常現象研究会を訪ねてきた翌日。
僕とマリナ、光葉ちゃんとジェシカさん、そして古新開と黄幡さんも加わって、今日は少し早めに登校してきた。目的はただひとつ。猫──生徒会長が探している三毛猫“ミケランジェロ”を見つけ出すこと。
まだ朝靄の残る校門前で、僕らはレーダーやセンサーを駆使しながら、手分けして学校の周辺を捜索していた。僕は対人レーダーに加えて、熱源探知を行いながら小動物のシグナルを拾っていく。古新開は研ぎ澄まされた野生の聴覚・嗅覚をフル活用して風の匂いを読み取っていた。軍用機能搭載のマリナは、屋根の上や茂みの隙間まで、スキャンの網を張っていた。
(本来は敵兵や罠を探知するための装置だが……まあ、猫探しに使う分には平和的でいい)
結果として、近隣住民の飼い猫や野良猫はたくさん見つけたが、肝心の“ミケランジェロ”の痕跡はなかった。時間が差し迫り、がっくりと肩を落としながら、僕らは教室に入った。 教室に入ると、僕はすぐに探知系の機能をオフにし、平常モードへ移行する。さすがに生徒が大勢いる空間では、余計な情報が多すぎてノイズまみれになってしまう。
席に着いて一息つこうとした、その瞬間──
「ああぁー! お兄ちゃん、ここに猫がいるよ! 大きな三毛猫だよ!」
マリナの甲高い声が教室に響く。周囲の生徒がきょろきょろと視線を泳がせる中、僕はため息交じりに応じた。
「マリナ? 何言ってるの。学校の教室に猫なんているわけないでしょ」
光葉ちゃんが顎に指を当て、首を傾ける。
「なんだろ? マリナちゃんが言ったときから気配が……」
ジェシカさんも目を細め、真剣な眼差しで教室を見渡す。
「マリナ、どこにいるって? わたしにはクラスメイトしか見えないけど」
「お兄ちゃん! こいつだよ!」
マリナが指さす先。窓際の席で、すやすや寝ているのは──
「ははは。福浦じゃないか。まあ猫っぽいやつだけど、人間だぞ」
「わたしはまだ探知システムを起動したままなんだけど、お兄ちゃんはどうなの? こいつをスキャンしてみてよ!」
マリナの促しに、僕も思わず探知装置を再起動。対象を福浦にロックオン──
脳内にAIの警告音が鳴り響く。
「ぴこーん。こいつ、猫です」
その結果を前に、僕は目を見開いた。
「マリナ……お前の言う通り、福浦って猫みたいだ……」
「でしょー! この子が会長の探してるミケランジェロなのかな?」
古新開は未だに信じられない様子だ。
「何言ってるんだ? どう見ても普通の人間にしか見えないが」
周囲が静まり返る中、光葉ちゃんだけが目をキラキラと輝かせた。
「これは……久々に出会った怪異だよ! 昼休みに捕獲しましょう!」
SF研一同、無言で頷く。「「うん」」
そして、福浦はというと──相変わらず寝ていた。
◇◆◇
昼休み。
チャイムと同時に、福浦はまるでスイッチが入ったようにすくっと立ち上がった。それまでの眠気が嘘のように、足音ひとつ立てず、するすると教室を抜けていく。僕らは影のようにその後を追った。目的地は、学食らしい。
「光葉ちゃん……どうするの? 捕獲って言っても、見た目は人間だよ」
「ヤスくんとマリナちゃんのセンサーにはどう映ってるの?」
「うーんとねー。大きな猫が二足歩行してる。毛並みは……うん、三毛だね。顔はブサカワでおじさん猫って感じ」
マリナの報告に、光葉ちゃんはニヤリと笑った。
「それって、先日うちのクラブ棟に来た子じゃないかな? じゃあ試しにこれを使ってみよう」
彼女はポケットからちゅーるを取り出した。金色の輝きが、神々しいまでに怪異を誘惑する。
「福浦くん。お腹すいてない?」
その一声に、福浦はぴたりと足を止め、くるりと振り返った。
「にゃ? 長谷さんかニャ。わしはもうお腹すいて倒れそうニャ」
「じゃじゃーん。これあげようか?」
「わーい!! ちゅーるニャ! ありがとうニャ!」
その反応、完全に猫だった。
「どういたしまして。ところで、もっとほしかったらクラブ棟のSF超常現象研究会に放課後来て。それで色々とお話ししましょう、ミケランジェロくん」
「うにゃ!? なぜその名前をニャ?」
福浦が目を丸くするが、光葉ちゃんは答えず、ひらひらと手を振りながら教室へと去っていく。
「あれでよかったの?」
僕の問いに、光葉ちゃんはいたずらっぽく笑った。
「私も大体、彼の正体がわかってきたみたい。放課後が楽しみ〜」
──こうして、ちゅーる一本で怪異を手懐ける光葉だった。
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