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第51話 生徒会からの依頼

 体育祭を控えた九月のある日。蒸し暑さの残る午後、僕らはいつものようにSF超常現象研究会の部室で、ささやかな日常を過ごしていた。窓際には夏の残照が差し込み、部室にある唯一の扇風機がゆっくりと回っている。その風に揺れる紙コップ──そこには黄幡さんが淹れてくれたジャスミンティーが香っていた。


 彼女はほんのり紅をさしたような笑顔で、僕らにお茶を配っていた。所作には一切の無駄がなく、しかも気配りが行き届いている。まるで老舗旅館の仲居さんのような……いや、例えが古すぎるか。でも本当に、こんないい子がうちのカオスな同好会に来てしまっていいんだろうか、と疑いたくなるほどだ。


 一方の光葉ちゃんはというと、ソファに寝転びながら、例のオカルト雑誌『マー』をパタパタとめくっている。今日は珍しく静かだ。平穏な放課後──そんな空気を突き破るように、控えめなノック音が部室に響いた。


「失礼いたしますわ」


 続いて、ガチャリとドアが開く音。僕らが振り返ると、そこには堂々たる姿で立っている一人の少女──いや、原宮高校の“顔”とも言える存在、生徒会長・徳丸さやかがいた。 彼女は原宮高校の二年生。そして、実は僕に並ぶ呉市内の有名人、いや、カリスマ高校生なのだ。一学年上ではあるが、その名前は僕も中学の時から知っていた。県議会議員のご令嬢で、根っからのお嬢様だ。特徴としては彼女はとにかく頭がいい。全国模試では常に1位をキープしている。また、自作のアプリで高校生ながら会社経営もしているという才媛ぶりを発揮していた。


 その彼女がくっきりとした立ち姿で、優雅に部室へと足を踏み入れた。後ろには副会長と書記が控え、まるで宮廷の随行者のような佇まいだ。さやか会長は、今日もお面を着けていた。白地にほんのり赤みが差したお多福面。その下の素顔を知る者は少ないが、巷では「絶世の美少女」「某大女優に似ている」などという噂が飛び交っている。真偽は定かではないが、とにかく彼女は謎めいた存在だった。


(しかしこの学校もよくお面にOKを出してるなぁ)


 彼女が一歩、また一歩と室内へ入るたび、部室の空気がピンと張り詰める。


「SF超常現象研究会のみなさん、ごきげんよう。少しお時間よろしくて?」


 その仮面の奥から響く声音は、どこまでも丁寧で上品だった。光葉ちゃんが顔を上げて、にこっと笑う。


「はい! 部長の長谷です。よかったらこちらへどうぞ」


 彼女の手招きに応じ、さやか会長は一礼しながら部室の中央へと歩み寄る。


「ありがとう。お邪魔いたしますわ」


 しかし、狭い部室に応接セットなどあるはずもない。僕らは急いで席を譲り、さやか会長にはジェシカ愛用の北欧風チェアを提供することに。ジェシカはと言えば、やれやれといった顔で壁際に移動し、タブレットを抱えたまま立っている。


「わざわざお出でいただいてありがとうございます。えーと、なんの御用でしょうか?」


 光葉ちゃんが少し緊張気味に尋ねると、会長は仮面の頬を押さえて「ほほほ」と笑った。


「あなたが長谷光葉さんね。色々と噂は聞いてますわ。近頃ではあなたのおかげで私、(困ってる生徒からの頼み事も無くなって)すっかり暇になりましてよ」


 光葉ちゃんは照れ笑いしながら、どこか肩をすくめた。


「いやぁ〜、色々と頑張ってます〜」


 仮面の下、会長の目元がぴくりと動いた気がした。……あれ、今のってもしかして、イラッとされた?


「褒めてませんわ」


 一言、冷たい声で返される。


「そうなんですか……すいません」


 途端にしゅんとする光葉ちゃん。でも、その空気を切るように、さやか会長は表情を切り替えた。


「まあ……いいでしょう。本題に入りますわ。実は、うち(生徒会)の猫を探してほしいんですの」


 まさかの依頼内容に、部室の全員が「は?」という顔になる。


「猫……ですか?」


「そう、猫ですの。ちなみに名前はミケランジェロ(私が勝手に命名しましたの)。毛並みは三毛猫ですわ」


「ほほう。写真はありますか?」


「それが極度にカメラ嫌いで、写真はありませんの。でも似顔絵なら」


 そう言って、彼女がスケッチブックを取り出し、1ページ目を開いた。そこに描かれていたのは──うん、なんというか……ミケランジェロというより、ミケラン? いや、猫ではある……たぶん……。


(うわ、これは酷い。絵心だけはないんだな)


「あのー、他に特徴は?」


「実はこの子は珍しい三毛のオス猫なんですわ。顔はちょっとブサカワですの」


「なんとなーくわかりました。この子なら先日この部室に来てましたよ」


光葉ちゃんの言葉に、会長は驚いた様子で身を乗り出した。


「なんですって! そんな馬鹿な」


「会長! 本当ですよ。私の膝に乗ってゴロゴロ言ってましたから」


「では、今はどこへ?」


「うーん、急にいなくなったから居場所はわかりません」


 会長は仮面の奥でゆっくりと目を閉じ、深呼吸した。そしてぴしっと背筋を伸ばし、宣言する。


「長谷光葉! そしてSF超常現象研究会の皆様に、私から依頼をいたします。このミケランジェロを探し出し、生徒会室まで届けてください。出来るだけ速やかに。お願いいたしますわ!」


 光葉ちゃんはニヤリと笑みを浮かべ、しっかりと聞き返す。


「会長! 見つけたら私たちになにかご褒美とかあるんですか?」


「そうですわね。来年、私の任期終了までに正式に部への昇格を承認しましょう。いかがでしょう?」


 瞬間、部室に緊張が走る。光葉ちゃんと僕が視線を交わし──力強くうなずく。SF研が“同好会”から“正式な部”へ昇格するというのは、光葉ちゃんにとって長年?の夢でもあったのだ。


「はーい! 会長! 全力で捜索いたします! 吉報をお待ちください!」


「ふふっ。期待してますわ」


 さやか会長は、そう言い残して優雅に席を立つと、風のように副会長と書記を連れて去っていった。去り際、彼女の仮面がほんの少しこちらに向けられたのは、気のせいだろうか。


 静まり返った部室に、再び扇風機の風音だけが戻ってくる。ジェシカがタブレットから顔を上げた。


「生徒会が猫探しなんて……え? 三毛猫のオスって一匹100万円以上するみたいよ」


 古新開が眉をひそめる。


「どこかに売り飛ばす感じじゃなかったが……」


 マリナは目を輝かせて拳を握る。


「猫探しなら任せて! 私とお兄ちゃんのレーダーですぐ見つけちゃうから」


「校内にいるのかな? とりあえず手分けするか」


 こうして、僕たちの──ちょっと異質な、猫探しミッションが始まったのだった。


◇◆◇


 生徒会室では、煌々とした照明が、無人の空間に静かに降り注いでいた。昼間の喧騒が嘘のように消え去った放課後の空間で、ただひとり残された徳丸さやかが、仮面を机の端にそっと置き、無表情にポータルPCへと向き合っていた。他の生徒会役員たちは既に下校済み。施錠されたドアの向こうには誰の気配もない。彼女の指先は、研ぎ澄まされたナイフのように滑らかかつ機械的にキーボードを叩いていた。


 液晶ディスプレイには、赤と緑のグラフが無数に交差している。世界中の金融市場の動向、仮想通貨の値動き、複数の資産運用口座のログ──そしてその裏で蠢く、巨大なシンジケートの取引履歴。

まるで時空を超えて通貨が行き交うように、巨額のマネーが数字として瞬き、変動していく。


「……だめですわ」


 キータッチが止まり、さやかの瞳が細められる。


「やはり予想通りのスコアしか出せない。1億ドル程度の勝ちじゃ、全然つまんない」


 小さく舌打ち。表情には出さぬまま、デスクをコツコツと指で叩き、静かな苛立ちを漏らす。その氷のように冷えた視線の先では、また新たなチャートが読み込まれていった。


「……ミケランジェロ。あなたは間違いなく“幸運”をもたらす存在。早く、私の元へお帰りなさい」


 さやかの声は、誰にともなく語りかける祈りにも、呪詛にも似ていた。


「あなたがいなくなってから、私のシンジケートは平凡なリターンしか出せていない。ありふれた運命を回しているだけ……」


 仮面に手を伸ばしかけるも、それには触れず、さやかはぽつりと呟いた。


「長谷光葉……霊能力があると噂される、あの娘ならきっと……何か知っている。あるいは──」


 言い淀むようにして、思考が研ぎ澄まされる。


「もしかして……あのSF超常現象研究会の連中が、意図的にミケランジェロを隠しているのでは?」


 疑念は確信へと変わり、さやかの指が再び走り出す。キーボードに刻まれるコードは、監視、探索、介入──そのすべての布石を秘めていた。


 ──徳丸さやか。


 彼女こそ、天才的なハッキング能力と、先天的とも言える“犯罪脳”を駆使して、ここ一年あまりの間に裏社会を席巻してきた、影のシンジケートの首魁。その正体は未だ誰も知らず、名を持たぬ存在として、世界中の犯罪組織に恐れられる“闇の策謀者”であった。自らの手は一切汚さず。外注という名のコントラクターたちを駒として操り、金融、情報、暗殺──そのすべてを水面下で完結させてきた彼女。


 そして今。彼女が執着する“究極の幸運”──それが、たった一匹の三毛猫と共に、原宮高校という舞台に火種を落とそうとしていた。


 ──運命の賽は既に投じられた。


 仮面の下の微笑が、世界を裏から揺らし始めていた。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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