第50話 新入部員登場
新学期が始まり、原宮高校にも再び学生たちの熱気が戻ってきた頃。僕は放課後、いつものようにクラブ棟の一角へと足を運んでいた。
そこにあるSF超常現象研究会──今や学内で「最もヤバい部活」として知られ、その知名度は一種の都市伝説と化している。部室には時折、生徒たちが出入りするが、その目的のほとんどは体験入部や見学ではなく、今や“原宮の女帝”と噂される長谷光葉への挨拶や相談事だった。
ドアを開けると、キィと鳴る音とともに、僕の目の前には異様な光景が広がった。部室の奥、中心にはまるで社長室から盗んできたかのような重厚なデスク。その“玉座”と呼ぶにふさわしい革張りの椅子にどっしりと腰掛け、膝の上で猫を撫でているのは、もちろん光葉ちゃんだった。表情は満足げで、優雅に紅茶のカップを口元に運ぶその姿からは、支配者としての風格すら感じられる。
その隣、北欧家具のようなスタイリッシュな椅子で脚を組みながら、ジェシカが姿勢よくタブレットを操作している。視線は冷静そのもの。完全に右腕としての立ち位置を楽しんでいるようだった。
一方、部屋の片隅にあるパイプ椅子に胡坐をかいていたのは──古新開。肩を少し前に出し、腕を組んだ姿勢のまま、どこか達観した表情を浮かべている。明らかにインテリアの格差がひどい。
僕の入室などお構いなしに、すでに作戦会議のような相談が進行していた。話していたのは、痛々しくギブスで固めた右腕を三角巾で吊った三年の先輩。顔面に青アザをつけながら、涙目で光葉ちゃんに訴えかけていた。
「長谷さん、本当なんです! 俺たちがゆめタウンを出たところで、呉北工業の不良グループに絡まれて、レクレの裏に連れて行かれてボコボコに……スマホに財布まで取られ……悔しくて悔しくて!」
肩を震わせ、声を荒げながら絞り出すように語るその姿に、光葉ちゃんは紅茶を一口すすった後、静かに目を細めた。
「……事情は分かったよ。それで、私たちに何をしてほしいと?」
「復讐を! 俺らと同じようにボコボコにして、右手の一本でもぶち折ってください! 謝礼は幾らでもしますから!」
身を乗り出す勢いで懇願する先輩に対し、光葉ちゃんは紅茶を置いて、優雅に指を組みながら、首をすこし傾ける。
「復讐? 私たちは平和を望む同好会。そんな暴力沙汰なんてできませんよ」
即座に食い下がる先輩は、両手を広げながら身振り手振りで訴える。
「そこをなんとか! 先日はストーカーな社会人をぶっ飛ばして、警察に突き出したって聞きましたよ!」
光葉ちゃんは肩をすくめ、表情をやや困ったように歪めた。
「たまたまですよ。緊急事態でしたしね」
先輩は頭を抱え、くしゃくしゃと髪をかきむしる。
「くっそう……これから受験だってのに。こんな手じゃ勉強もおぼつかない……警察も証拠がないって動いてくれないし……」
その嘆きに、光葉ちゃんの瞳がすっと細くなる。しばし考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「分かりました。ですが、骨なんか折りませんよ。ただ、ちょっと頭を撫でて、警察に自首させましょう」
「……あ、ありがとうございます!」
先輩の目が潤み、感極まったように光葉ちゃんの前にぺこりと頭を下げる。
「この案件、古新開くん。任せてもいいかな?」
視線を送られた古新開は、胡坐を解き、椅子から立ち上がって腕を鳴らす。
「ああ。原宮の生徒に手を出す輩は、俺が成敗してやる」
すかさずジェシカがタブレットを操作し、さっと画面を古新開に向ける。
「目星の奴らはこいつらよ。居場所は追って知らせる」
古新開はスマホを片手に頷く。
「じゃあ、ちょっくらゆめタウンまで行ってくらぁ。うまく出会えたら、今晩にも呉署に出頭させてくる」
「お願いね」
「おおぉ〜! ありがとう長谷さん! このお礼は必ず!」
「お礼? そんなものは必要ありませんよ。ただ、先輩方とはこれからも友情を深めて行きたいですね。もし今後私たちが何か困った時に、ご協力していただければ」
それを聞いた先輩は歓喜に顔を輝かせ、光葉ちゃんの右手を取って、その甲に口づけをする。その顔は感激と忠誠に満ちていた。 そして、名残惜しそうに何度もお辞儀をしながら部室を後にする。
「……ねぇ光葉ちゃん。いつからゴッドファーザーになったの?」
僕が思わず口を開くと、光葉ちゃんは小さく照れたように笑う。
「えへへ。なんか、いつの間にかに」
ジェシカが肩を竦めながら苦笑する。
「本当にノリノリでやってるから、私もつい面白くなって」
僕はふと、部屋を見渡して問いかける。
「で、マリナは?」
「別の案件で動いてもらってるの」
ジェシカがすかさず補足するように頷いた。
「心配いらないわよ。今回は行方不明の家猫の探索だし、あの子なら1時間もあれば解決するはず」
僕はため息をつきつつ、膝の上の三毛猫に視線を向ける。
「もうほとんど何でも屋じゃん……てか、その膝の猫ちゃん、どっから連れてきたの?」
光葉ちゃんはふわりと微笑み、ブサカワな三毛猫の背を撫でながら答えた。
「かわいいでしょ。あとね、最近は運動部からの助っ人要請もめちゃくちゃ来てるから。ヤスくん、順番に対応よろしくね?」
「まいったなぁ……」
そう言いながらも、どこか楽しそうに頭をかく僕だった。
◇◆◇
そんな日々の中、ついにSF超常現象研究会に正式な入部希望者が現れた。
僕は内心かなり驚いていた。あんなカオスの権化みたいな部活に入りたいなんて、普通の感性ならあり得ない。だが──目の前に立つその本人は、背筋をピンと伸ばし、真剣な眼差しをこちらに向けていた。
彼女の名前は──黄幡麗。僕たちと同じ1年生で、隣のクラスの明るく活発な女子生徒だ。身長は165センチほど。つややかな黒髪のロングストレートが肩から背へと流れ、まるで手入れされた絹糸のように光を帯びている。キリリとした切れ長の目元は意志の強さを感じさせ、口元にはどこか無邪気な笑みが浮かんでいた。
実は、彼女はこの夏──ある大騒動のきっかけとなった相談者だった。実家は中通り商店街で評判の町中華「東和園」。暖簾の色褪せた赤が目印の老舗で、腕のいい親父さんが作るラーメンや炒飯は、地元民から熱烈な支持を受けている。僕も週末にこっそり通っている口だ。
そんな彼女が春から、社会人のストーカーに付きまとわれていたと聞いたときは、さすがに言葉を失った。夏休みにはついに高校周辺にも現れ、「付き合わなければ殺す」とまで言い出したらしい。警察も実態が掴めないと言って動かず、彼女が最後の頼みとばかりに光葉ちゃんへ相談したのは、必然だったのかもしれない。
そして、事件は──光葉とジェシカの情報戦、古新開と僕の実働によって解決した。今では笑い話だが、当時は命がけだった。それ以来、麗さんはすっかり光葉ちゃんに心酔し、ついにこうして正式な入部を申し出てきたのである。
「長谷さん、入部届書いてきたから!」
麗さんは、制服の胸ポケットから丁寧に折られた入部届を取り出し、光葉ちゃんに手渡す。緊張のせいか、それとも憧れからか、その手はほんの少し震えていた。
「私はみんなみたいにすごいことできないけど、『マー』(オカルト超常雑誌)は好きで読んでるし、お茶くみでもなんでもするから! よろしくお願いします!」
そう言って深々とお辞儀をする麗さんに、光葉ちゃんは目を輝かせ、思わず立ち上がって手を握り返した。
「麗ちゃん〜! 大歓迎だよ〜! 一緒に宇宙人探そうね!」
満面の笑顔で両手をバタつかせながら、ぴょこっと一礼する麗さん。頬がほんのりと紅潮している。
「うんうん! 光葉部長! みんな、よろしくお願いします!」
ジェシカさんは、やや硬い表情のままうなずいた。
「黄幡さん、よろしくね。(……一般人を入部させるとは。青山先生の意図か?)」
古新開は腕を組みながらうなずき、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「こちらこそよろしくな。また困ったことがあれば、いつでも相談してくれ」
その声に反応して、麗さんが頬を赤く染めながら、ややモジモジと足元で指を絡ませる。
「古新開くん……その節はありがとうね。君にもう一度お話ししたくて、入部しちゃったの」
僕はニヤリとした笑みを浮かべて身を乗り出す。
「黄幡さん、ちょっと顔が赤いよ(笑)」
麗さんはぱっと手で顔を覆って、慌てて背を向けた。
「も、もう……恥ずかしいからからかわないで!」
光葉ちゃんが肩をすくめながら笑う。
「まぁまぁヤスくん。いいじゃない。古新開くんはああ見えて、結構女子に人気あるんだよ?」
僕も苦笑いを浮かべながら、古新開の方へちらりと視線を送る。
「古新開……よかったな(笑)」
古新開は眉一つ動かさず、椅子に背を預けながら真顔で応じた。
「部活は部活、恋は恋だ。俺は真剣に何かにチャレンジするヤツは嫌いじゃない。黄幡さん、歓迎するぜ!」
その言葉に、麗さんの目がぱっと輝いた。
「ありがとう、古新開くん! よろしくね!」
──こうして、SF超常現象研究会に新たな仲間が加わったのだった。
◇◆◇
その様子を、職員室の一角。モニター越しにじっと見守っていた青山先生は、コーヒーのカップを口元で止めたまま、長く息を吐いた。
「まあ、黄幡は普通の生徒だが、典型的ないい子だし……いいだろう」
カップを机に戻すと、腕を組んで目を細める。
「むしろあいつらに一般人という“足枷”をつけとくくらいじゃないと、何をしでかすか分からんしな……」
窓の外を見つめるその瞳は、どこか現実から遊離したように遠く、虚空を漂っていた。
「……だが、黄幡の安全は、全部わたしの責任になるなぁ……」
誰にともなくそう呟き、再びカップに手を伸ばすのだった。
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