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第四十九話 義妹マリナの日常

 新学期のある朝、僕はいつものようにベッドの上で静かに目を覚ました。内蔵バッテリーはしっかり満充電。サイボーグとしても人間としても、文句なしのコンディションだ。


 ふと目をやると、部屋の入口の天井近く──


 そこには、ワイヤートラップに見事に引っかかって宙づりになったマリナが、脱力しきった顔でスースー寝息を立てていた。両手両足はゆるく垂れ下がり、まるで繭からぶら下がる幼虫のような状態で、髪だけがふわふわと揺れている。


 ……まったく、何度目だ、この光景は。


 夜中にこっそり部屋を抜け出して、僕のベッドにもぐりこもうとしたのだろう。だが昨晩、僕は満を持して設置した新型ワイヤートラップを天井の梁にセットしておいた。白岳家秘蔵の超剛性ワイヤーだ。半端な力では絶対に逃れられない。サイボーグ仕様の彼女ですら、寝ぼけた状態では無理だったようだ。


 ドアの鍵なんて、マリナにとっては飾り同然。スリープ中の僕を狙って、何度も添い寝してきた結果がこの防衛システムだった。僕が頭を抱えていると、宙づりのマリナが目を覚まし、もぞもぞと揺れながらジタバタし始めた。


「マリナ、おはよう」


「えーん(涙)動けない〜! あ! お兄ちゃん、おはようございます!」


 寝起きとは思えないほど元気な声で挨拶するマリナ。その顔にはまだ眠気の名残がありつつも、嬉しそうな笑みを浮かべている。


「おはようじゃないでしょ? また自分の部屋を抜け出して。ちゃんと充電しないと何かあったら活動限界が来ちゃうよ」


「ごめんなさい〜! 早く降ろして……ね?」


 眉を下げ、うるんだ瞳で見つめてくるが、僕は表情を崩さずに続けた。


「もう少しそこで反省して」


「お兄ちゃんのイジワル!」


 ぷくっと頬を膨らませて抗議するも、吊られたままではあまり迫力がない。


「あとでラーナさんに来てもらうから。僕は先に学校に行くけど、マリナはちゃんと充電してから来るんだよ」


「いやぁー、私も一緒に登校したい〜」


「ダメだぞ。ちゃんと朝食と充電はしとかないと」


 ため息まじりに言いながら、僕は制服の上着を羽織り、ネクタイを締めた。鏡で軽く身だしなみをチェックしながら、マリナを一瞥する。


 この子、基本性能は高いけど、とにかく燃費が悪い。設計思想の違いだろう。その代わり、基本的な身体性能や戦闘用のギミックは恐ろしい強さを誇る。更に父・康太郎の授けた高次元センサー類のおかげで、歩く一個大隊にさらに磨きがかかっているのだ。


 天井でふくれっ面の義妹を背に、僕は部屋を後にした。リビングへ降りると、朝のテレビニュースが流れる中、父とラーナさんが仲睦まじく朝食を取っていた。ラーナさんは父・康太郎の隣で、パンの端をちぎっては口元に運び、まるで子育てという感じのイチャつきをしている。


「康太郎さん、あ〜んして」


「いいってラーナ。自分で食べられるから」


「いいじゃない。ね?」


「しょうがないなぁー……パク」


「美味しい?」


「もぐもぐ。うん、美味しいよ」


 ……ラーナさんのこの甘やかし方……マリナのあの、お兄ちゃんラブあまあま義妹設定って、これが根源なのだろうか?


「おはよう」


 僕が挨拶すると、父が新聞越しに顔を上げる。


「おう、靖章おはよう」


「おはようございます! よく眠れたかしら?」


「おかげさまで。マリナですけど、まだ天井に釣り下がってますから回収してあげてください」


 ラーナさんは小さく驚いた顔をして、すぐに笑顔に戻る。


「あらあらwまた引っかかったの? 了解〜」


 父が苦笑しながらコーヒーを啜る。


「やっぱり強制スリープモードを設定しとこうか」


「お願いします! マリナの充電も心配だし」


「でもたまには構ってあげてね。色々と自由になって甘えたい年頃なのよ〜」


「……ああ、そうします」


 その後、僕はテーブルに着いて朝食を済ませ、制服の袖を整えながら家を出た。空はまだまだ夏の気配を帯び、微かな熱風が襟元を撫でていった。


◇◆◇


 私の名前は白岳マリナ。原宮高校に通う高校一年生だよ。今私が何をしているって? 食パン咥えて登校中!正確には──呉市街を秒速で駆け抜けながら、ルーフトップを跳躍して進行中でーす!バスなんか使ってたら絶対に間に合わないからね。現在位置、休山トンネルを突破、ルートΩで原宮高校方面へ直進中!このスピードならギリでホームルーム前に滑り込めるはず……!


「……っていうか……喉かわいた……」


 咥えた食パンの端を軽く噛み直しながら、私は左手で腕部パネルをスライドし、エネルギー残量を確認した。うーん、残り23%。やばい。もう一枚くらいトースト追加してくればよかった〜。歩道を走ると人の迷惑になるから、お兄ちゃんに言われて今日はちゃんと屋根や電柱を伝って飛んでるの。えらいでしょ?


 え? そんな目立つことして大丈夫かって? うふふ、大丈夫〜! 一応ステルスモードを使って、視覚的には私の姿は見えないようにしてあるし。音とか風圧とか、多少の物理干渉は残るけど……まぁ気にしなーい! マリナ・シラタケ、今日も元気に空を舞います!


「っとっと……着地っ!」


 民家の瓦屋根に軽やかに足を乗せ、即座に跳ねるように跳躍──そこから連続で空調室外機、広告看板、電柱と経由して、再加速!


「ふんぬぅ〜、急がなきゃ〜!」


 スカートがふわりと翻り、制服のリボンが風に揺れる。レーダーに学校の敷地が捕捉されると、私はぴょんと跳ねながら視線を地上へスキャン。


 あ、いたいた! 校門の前、お兄ちゃんと長谷光葉、それに西条ジェシカが揃って登校してるのが見えた。


(ふっふっふ、お兄ちゃん……! その背中、確実にロックオン……!)


 心の中でニヤリと笑いながら、私はターゲットへと急降下態勢に入る。


「待っててね、お兄ちゃん!!」


 その瞬間──足元にあった電柱を踏み台にしたせいで「ゴーン……」と不自然な金属音が鳴り響いた。直後、呉市街の北から南にかけて、謎の“電柱揺れ現象”が連続発生!早朝の通勤・通学者たちがザワつくが、彼らが顔を上げた時、すでにそこには何も残っていない。 ただ、目の良い者だけが──宙を滑るように飛んでいく原宮高校の制服と、なぜかそれと一緒に浮かぶ食パンを、確かに見たという──


◇◆◇


「ねぇねぇ、ヤスくん知ってる?」


 光葉ちゃんの声が、朝のゆるやかな空気を切り裂いた。僕はカバンの紐を肩にかけ直しながら問い返す。


「なに? 光葉ちゃん」


「この新学期から、原宮高校の七不思議に新たな話が加わったんだよ」


 ジェシカが片眉を上げて、やや興味を引かれたように声を挟む。


「ほうー。それは興味深いな」


 光葉ちゃんは嬉しそうに手を叩いた。


「それがね、なんかここのところ毎朝、呉市街を原宮高校の制服が宙を舞ってるんだって」


「へぇー。知らなかったな」


 僕は他人事のように受け流したが、内心は妙な予感でいっぱいだ。光葉は続けた。


「それがね、面白いことに、なぜか制服と一緒に食パンとかロールパンとかクロワッサンが飛ぶんだって」


「面白そうだな。一度見てみたいが」


 ジェシカは楽しげに笑ったが、僕は目を細める。


(食パン……ロールパン……クロワッサン……うちの朝食メニューだよな……? まさかな……)


 そのまま校舎に入って教室に向かい、席についたその瞬間──


「やったー、間に合ったー! みんな、おはよう!」


 バーン! と教室のドアが勢いよく開き、マリナが元気いっぱいに駆け込んできた。制服のリボンは風になびき、頬にはうっすらと赤み。だが息一つ乱れていない。ほぼ無音着地。


「おはよう。早かったね」


 僕がそう言うと、マリナは笑顔を向けながら、当然のように自分の席に腰を下ろす。そして咥えていた食パンを取り出し、そのままパクパクと食べ始めた。クラスメイトがあちこちから笑い声とツッコミを飛ばす。マリナはそれに手を振って応え、どこまでもマイペースだった。


 ──こうしてまた、新しい一日が始まるのだった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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