第四十八話 白岳兄妹の新学期
新学期初日。原宮高校の1年A組は、朝のHR早々、マリナの自己紹介で予想どおりのカオスな状況に突入していた。教室中に走るどよめき、感嘆、悲鳴、そして混乱。中でもひときわ目立つ大声が、教室の後方から飛んだ。
「白岳! お、お前ら……いつの間に結婚したんだ!? 貴様〜長谷さんを泣かすような真似を! 許さんぞ!」
突然の糾弾に、僕は目を丸くして振り向いた。声の主は、相変わらず情熱の炎で全身を燃やしている男──古新開だ。
「待て、古新開! 結婚なんてしてないぞ。これには訳が──」
僕が説明しようと立ち上がるより先に、マリナが涼しい顔で口を開いた。
「古新開! 久しぶり! よく気付いたね! 私たち、既に同じ戸籍に入ってるから!」
さすがの僕も顔が引きつる。
「マジか! なんという手の早さよ白岳! 貴様は何人の女の子を毒牙にかければ気が済むんだ!?」
「いやいや、待って! 僕は何もしてないから!」
「何言ってるのよお兄ちゃん。ベッドも共にしたし、キスだって毎朝してるじゃない」
──はい、完全にアウトな発言いただきました。
クラス中が「お兄ちゃんだと!?」と騒然とする中、青山先生がついに堪忍袋の緒を切った。
「こらぁー静まらんかーっ! 白岳マリナ、放言もほどほどに! あんまり悪質だと生徒指導室送りにするぞ!」
ビクッと肩を震わせるマリナ。
「生徒指導室って?」
「原宮高校のシベリア(強制収容所)みたいなもんだ」
「ええぇぇ……シベリア送りはいや……申し訳ございませんでしたぁ(涙)」
(あー、あれか。シベリア送りへの恐怖感が遺伝子レベルで刻まれてるなぁ)
とりあえず場が静まりかけたところで、青山先生が淡々と補足する。
「まあ、素直に謝ったから今回は大目に見る。説明しておくと──白岳の父君とマリナ君の母君が、この夏にご結婚されたそうだ。よって、戸籍上は義理の兄妹になった、というわけだ」
その言葉を受け、ようやく空気が和らぐ。
「なるほど、そういうことなら分かったぜ! すまん、白岳!」
「誤解が解けてよかったよ」
そんな和やかムードの中、火種を絶やすまいとでも言うように、隣の席でジェシカが唸った。
「あのロシア娘が義妹だと? ダーリンと同居など、絶対許せん」
「まぁまぁ落ち着いてジェシカちゃん。ポッと出のロシア娘との格の違いを、はっきり見せつけてあげればいいじゃない?」
そこに青山先生の視線が向く。
「さて……見晴。クラス委員だし、お前がマリナの面倒を見てやってくれるか?」
「えっ!? そ、それは……ちょっと難しいかと……」
見晴恵理、典型的な優等生タイプの彼女は苦笑いを浮かべて逃げ腰だ。まあ普通人として当然の反応と言えるだろう。
「そうか……だが白岳兄じゃ女子専用の場所は案内できん。なんとか──」
「先生! マリナちゃんのお世話は私と西条さんがやります!」
即座に手を挙げたのは光葉。そして隣にはジェシカが腕を組んで立っている。
「ふふっ、お兄ちゃんの彼女の私がきっちり面倒見てあげる!」
「ダーリンの妹というなら、私にも妹同然……マリナ。私を頼るといいわ」
その瞬間、光葉とジェシカの間にばちばちと電流が走るような火花が見えた。青山先生はその様子に小さく溜息をつきながら、釘を刺す。
「長谷も西条も……喧嘩するなよ。私はちゃんと見てる(監視してる)からな」
「「はーい」」
そんな緊張感すら無視して、マリナは自己紹介の続きを始めた。
「私はロシアでは9年生でした。あちらでは高校は2年制ですが、日本では3年も学べると知って、今から楽しみでなりません!」
笑顔で元気にそう言ったかと思えば──
「特技はAK-47の高速分解と高速組み立てです! もちろん、他の銃火器でもだいたいイケます! メンテナンスに困ってるライフルとかあったら相談してね!」
空気が一瞬フリーズした。
「あと、可愛い動物が大好きです! アムール虎を生け捕りにしたこともあります! シベリアの野外実習で寒さに震えながら、体重300キロの虎と格闘したのは良い思い出です! 読書も趣味で、これまでは軍事教練読本ばかりでしたけど……最近はラノベや漫画も読んでます。みんなおすすめの作品、教えてね!」
――クラスからまばらな拍手が起こる。この娘の話はどこまで本気なのだろう? この屈託のない笑顔は噓をついているようには思えない……みんなそう思っているのがヒシヒシと伝わって来た。
「マリナ〜! 編入早々そんなロシアジョークはやめとけって(笑)」
「え〜!? マリナ、嘘言ってないもん!」
クラスに笑いが広がる。男子も女子も、彼女の天然か計算か分からない魅力に飲まれ始めていた。
……だが、教室の片隅では、古新開・光葉・ジェシカの三名がひたすら真顔を貫いていた。
青山先生も、引きつった笑顔のまま無言。
クラス委員の的場くんと見晴さんの二人が顔を見合わせ、小さくうなずく。──「これは、本物のヤバいやつが来たのかな」という無言の合意が、その表情に表れていた。
「よし。じゃあ白岳の後ろの空席に座れ。1時限目は夏休みの課題テストだ。しっかりやれよ、以上!」
こうしてマリナは、嵐のように1年A組に編入してきたのだった。
◇◆◇
翌日。
僕とマリナは、朝のチャイムが鳴り終わる前に職員室へと呼び出されていた。中に入ると、そこには顔を真っ赤にして怒りのオーラを放っている青山先生の姿があった。僕は思わず背筋を伸ばして、おそるおそる口を開く。
「あのー、先生。何でしょう?」
青山先生は眉間にしわを寄せ、腕を組んだまま僕らを鋭く睨みつけてくる。目がマジだ。怒りゲージがすでに振り切れている。
「お前たちに尋ねたいことがある!」
言葉と同時に、机に手を叩くような勢いで身を乗り出す。その迫力に、隣のマリナがぴくりと肩を震わせた後、首を小さく傾げた。
「先生、なんですか?」
青山先生は無言のまま机の引き出しから何かを取り出し、ばさっと僕たちの前に突き出す。それは……昨日のテストの解答用紙だった。
「見ろ。この解答を」
眉を吊り上げたまま、先生はその2枚の紙を僕たちの目の前に並べる。
「なんですか? 昨日のテストじゃないですか」
僕が何気なく覗き込むと、青山先生は語気を強めて言い放った。
「白岳……お前とマリナの解答だが、全く一緒なんだ。カンニングの疑いがある」
一瞬、脳がフリーズする。僕はマリナの方を見る。マリナはぽかんと目を丸くしたまま言った。
「ええ? マリナ何かしたの?」
「見てみろ。一字一句変わらず書かれている。しかもだ……筆跡までほぼ一緒。お前ら何かBluetoothか何かで繋がってただろ?」
先生の声はやや怒鳴り気味で、もはや疑いというより確信のトーンだ。 だが、マリナは即座に真剣な顔で首を横に振り、きっぱりと答えた。
「先生! それは違います!」
「じゃあどうしたんだ?」
先生の目が細くなり、詰問するような口調になる。 しかし、マリナは胸を張り、口角を得意げに持ち上げて即答した。
「お兄ちゃんの腕の動きや手の動きをトレースして、マリナの解答用紙に模写しただけです!」
その一言に、職員室内の空気が凍った。 青山先生はしばし沈黙し、唖然としたように口を開いた。
「な、なんだー……そうだったのか……なんて言うか!」
僕も苦笑いを浮かべつつ、思わず頬をかいた。
「うーん、どうなんですかね? 僕の解答用紙を見た訳じゃないみたいだし、カンニングと言えますか?」
横でマリナは頬をぷくっと膨らませて口を尖らせ、不満げに言い放つ。
「そうよそうよーブーブー」
その姿に、先生のこめかみがぴくりと動いた。そして、大きくため息をついてから、目を閉じて一拍置き、きっぱりと言い放った。
「ダメだろ。それじゃ試験にもならんわ。次やったらマリナはF組に飛ばすからな!」
ビシィッと指を突きつけられ、マリナは両手を頬に当てて小さくしゃがみ込んだ。
「えーん……ごめんなさい〜(涙)」
僕はその様子を見ながら、肩をすくめた。
──こうして、まさかの“ハイテク義妹カンニング事件”で幕を開けた、波乱の2学期が始まったのだった。
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