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第四十七話 マリナの目覚め 夏休みの終わり

 夏休み最終日の日曜日の朝──静まり返った家の中で、地下へと続くエレベーターの扉が静かに開いた。


 中から現れたのは、父とラーナさんに伴われたマリナ。その姿を目にした瞬間、僕は思わず目を見張った。


 たった一週間で、彼女はまるで別人のように変わっていた。以前のマリナには、実年齢である十五歳というよりも、まだ幼さの残る愛らしさがあった。しかし今、目の前に立つマリナは、1~2歳は成長したかのような、大人びた美しさと気品を纏っていた。


 髪の艶、しなやかな立ち姿、そして澄んだ瞳──まるでファンタジー世界のエルフのような、神秘的で儚げな美少女。息を呑むとは、まさにこのことだった。ちなみにお母さんのスヴェトラーナ博士は、スレンダーではあるが「わがままボディ」のエルフって感じなので、マリナもこれからどんどん美しさを増していくのだろう。


 四人でリビングに移動し、父とラーナさん、僕とマリナは向かい合う形で座った。父が僕の顔を見ながら、真剣な声で語り始めた。


「どうだ? 驚いたか?」


 ラーナさんもにっこりと笑った。


「びっくりしたでしょ? でも、これが本当のマリナなのよ。今までの姿は輸出先の希望で、13歳ぐらいに見えるように調整してたの」


「明日から高校だしな。元の姿に戻したわけだ」


 父が得意げに頷く。


 まさか、彼女にそんな秘密があったなんて──見違えるように成長した隣のマリナを見ながら、僕は内心で呟いた。マリナは少し恥ずかしそうに俯いている。


 やがて彼女は顔を上げ、僕の方を見て、柔らかく微笑んだ。


「お兄ちゃん……いいえ、靖章。この姿、どうかしら?」


 その言葉に、僕は思わず見とれてしまった。


「うん、素敵だと思うよ。これなら申し分ない高校生だね」


「本当? 嬉しいわ」


 マリナが小さくはにかむ。


「えーと……マリナ……ちょっと口調が変わってない?」


 戸惑いながら尋ねると、彼女は真剣な表情で頷いた。


「そうなの。今までごめんなさい、靖章。わたし……あなたのことを本当のお兄ちゃんと思い込むことで、愛されたい、側にいたい……そう思っていたの」


「謝らなくていいよ。マリナが辛かったのは知ってるし。元の性格に戻ったなら本当によかった」


「ありがとう、靖章。今まで迷惑だったよね?」


「いやいや、結構楽しかったよ。気にしないで」


 その返答は思わず出たリップサービス。でも、目の前のマリナは、今までに見た誰よりも美しく、目と目が合った瞬間──僕たちは自然と微笑み合っていた。


 とにかく、マリナの「お兄ちゃんモード」が治った。そう安堵したその時、父の口から爆弾発言が投下されるのだった。


◇◆◇


 父はラーナさんと並んで立ち、やや重々しく口を開いた。


「あのー、そのことでなんだが……ちょっと二人に報告があるんだ」


 ラーナさんも身を乗り出して続ける。


「大事な話なの。二人にはいつ話そうかと思ってたんだけど……」


 そして、声をそろえて宣言した。


「「実は私たち、結婚しました!」」


 ふたりは左手を差し出し、その薬指には輝くプラチナのリングが──。その驚愕の報告に、僕もマリナもぶっ飛んだ。


「え? ええぇぇー!?」


 僕は声を張り上げた。


「うそ! 本当に!?」


 マリナも目を丸くしている。


「本当だとも。最初に会って意気投合してな。マリナの改造で研究室に籠ってたら……気がついたら父さん、頑張ってたよ」


 父が鼻高々に言った。


「……マリナが寝ている間に、なんかこう……いい雰囲気になっちゃってさ」


「きゃあー、恥ずかしい~! ごめんね、マリナ。お母さん、康太郎さんのこと本気で好きになっちゃったの。結婚……許してくれる?」


 ラーナさんは恥じらいながら笑った。それを聞いてマリナは目を輝かせた。


「もちろんだよ! おめでとう、お母さん! 康太郎パパなら私も嬉しい!」


「いやいや、ラーナさん、本当にうちの父さんで大丈夫ですか? 世界が認めたド変態だというのに」


 僕の皮肉に、父がムッとした。


「変態は科学者の最高の誉め言葉なんだぞ」


「靖章くんにも、私を康太郎さんのパートナーとして認めてほしいの。ダメかしら?」


 ラーナさんは真剣な眼差しで僕を見つめた。 


「いえいえ、スヴェトラーナさんは素晴らしい人です。ただ、相手が父というのが信じられないだけで」


「ありがとう!」


 ラーナさんはとびきりの笑顔で言った。


「これからあなたたちの母として、全力で頑張るわ。応援してね」


 その時だった。マリナがふいに両手で自分を抱きしめ、肩を小刻みに震わせる。


「マリナ……大丈夫か? 嫌になったとか?」


 そう言うと、マリナが体を揺らせて笑い始めた。


「ふっ……ふふふふふ」


「マリナ? どうしたんだ?」


 彼女は顔を上げた。満面の笑みを浮かべて。


「お兄ちゃん……まだ気づかないの?」


「お兄ちゃん!?」


「……私、もう“お兄ちゃん”って呼べないと思ってたの。だから、素に戻ろうって決めたのに……」


「わーい! やったー!!」


 叫ぶと同時に、マリナは僕に飛びついてきた。


「康太郎パパとお母さんが結婚したなら、私は名実ともにお兄ちゃんの義妹! 今までどおり義妹でいいんだ!」


 その抱擁は全力だった。


「ちょっとマリナさん? 『お兄ちゃんラブ』のあまあま義妹モードは卒業したんじゃなかったの?」


「いや……あれは“まだ家族じゃなかったから”であって……でも今は名実ともに義妹だから、堂々とお兄ちゃんって呼ぶわよ!」


 ぎゅう、と抱きついてくるマリナ。


「ははは……よかったな、マリナ」


「ふふふ……お母さん嬉しいわ」


 父とラーナさんが優しいまなざしで僕らを見ている。


「なんでこれで一件落着みたいになってるんだよー! ちょっと! マリナ! 離れなさい!」


 僕の悲鳴も虚しく、マリナが僕を押さえつけようと、さらに力を込めてくる。


「お兄ちゃん……さっそく……挨拶キスしよ」


「いやいや、日本人はそう簡単にキスしないから!」


 僕も全力でマリナのパワーに抗う。体の内部でAIが全警戒モードを発動し、ギシギシと関節が軋む。


「二人とも仲いいわね」


「無理すんなよー 身体(物理的に)壊すんじゃないぞー」


 ラーナさんが微笑み、父がのんびり声をかける。


 ──こうして、僕は夏休みの最後の日に、名実ともに最強義妹を手に入れてしまったのだった。


◇◆◇


 新学期初日。


 大空山の自宅を出て原宮高校に向かう道中、僕とマリナは並んで歩いていた。長く伸ばしたプラチナブロンドの髪が陽光にきらめき、まるで別世界の存在のように際立つマリナの風貌は、街ゆく人々の視線を釘付けにしている。彼女は僕の腕にしっかりと縋り付いて離れようとしない。


 いつものバス停で、光葉ちゃんはマリナの劇的な変貌ぶりに目を丸くし、驚きを隠せない様子だった。さらに四つ道路バス停で合流してきたジェシカは、マリナを見るなり警戒心を露わにし、僕を睨みつけてくる。だが、マリナはそんな二人の反応などお構いなしとばかりに、堂々としていた。


 高校に到着し、教室へ向かおうとした僕の腕をマリナはまだ離そうとしない。


「お兄ちゃん、青山先生にご挨拶に行こう?」


 そう言って職員室へ向かおうとするマリナを、光葉ちゃんとジェシカが慌てて引き剥がし、無理やり職員室へ連行していく。僕はまだ、父とラーナさんの結婚の件も、マリナが「義妹」になった件も、二人に言えていない。このままではHR後に修羅場になりそうだ、と僕は頭を抱えた。


 やがてHRが始まる頃、青山先生に連れられてマリナが1年A組の教室に入ってきた。


「みんな、おはよう! 夏休みは充実してたか?」


 青山先生はいつもの明るい声でそう言ったが、その顔には「また爆弾が一人増えた……」とでも言いたげな、魂が抜けかけたような疲労の色がにじんでいた。


「まずは今日からこのクラスに編入してきた生徒を紹介しよう。マリナくん、自己紹介を」


 先生はそう促したが、その視線はどこか遠くを彷徨っている。そんな先生を尻目に、マリナは教壇の前に進み出た。類まれな白人美少女の登場に、ざわめきが起こるクラス内。視線が集中する中、マリナはひときわ明るく、元気よく自己紹介を始めた。その透き通るような肌、完璧な顔立ち、そしてモデルのようなすらりとした立ち姿に、教室内は瞬時に静まり返り、誰もが息を呑んだ。


「はじめまして! 白岳マリナです! 皆さん、よろしくお願いします!」


 マリナの声が、クリアに教室に響き渡る。その瞬間、クラスに激震が走るのだった。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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