第四十二話 夏合宿のMVPは?
──真夜中の襲撃を見事に撃退した、原宮高校SF超常現象研究会の面々。
夏の夜の静けさが戻り始めた「県民の浜」、、、まるで先ほどまでの激戦が夢だったかのような静謐が広がっている。そんな中、顧問の青山先生の通報を受けて、陸上自衛隊海田駐屯地から大型護送車が急行中。拘束したロシア特殊部隊の隊員たちは、翌朝までには自衛隊に引き渡される予定だった。
だが、その現場に、まったく異質な存在がひとり──突如として姿を現した。エンジン音とともに、小さな銀色の車が駐車場に滑り込み、ドアが軽快な音を立てて開く。
──それは、白岳康太郎だった。
柔らかな月光を背に、どこか飄々とした様子で現れた父は、愛車コペンのボンネットをぽんっと軽く叩いて降り立つ。その姿は、まるで映画のワンシーンのように場違いなほど優雅だった。僕は驚きを隠せずに、目を丸くする。
(なんでここに……!?)
実は、マリナの安全を最優先するため、僕は自分のプライバシーを一時封印し、すべての行動ログを父の研究室のメインコンピューターに自動連携していた。まさか、それを察知して、直接乗り込んでくるとは──。
「父さん、まさか……!」
僕の予想は、しかし、あっさりと裏切られた。現場に到着するや否や、父・康太郎は、拘束されたまま地面に転がされているスヴェトラーナ博士の元へと真っ直ぐに歩み寄る。 そして──
「よいしょっと」
なんと、彼女をお姫様抱っこの体勢で、さらりと抱き上げたのだ。あまりの展開に、場の空気が凍りつく。
「青山先生、お疲れさまです。お初にお目にかかります、白岳康太郎です。いつも息子がお世話になっております」
淡々と、しかも礼儀正しく挨拶する父に対して、青山先生は慌てて背筋を伸ばし──
「は、はい! こちらこそお世話になっております! 青山祥子です。よろしくお願いいたします!」
その声は、緊張と困惑が入り混じった、やや裏返ったものだった。だが、父はそんな様子も気に留めず、さらなる爆弾を投下する。
「ところで先生にご相談が。このスヴェトラーナ博士ですが、是非私の方で引き取らせて頂きたい。ちょうど助手が欲しかったものでね。まあ覇権国家に脅されて嫌々やって来た科学者に罪はないでしょう」
──え? その場にいた全員が固まる。一番反応したのはもちろん、青山先生だった。
「いやいやいや、それはどうかと……! 彼女はロシアから送られた刺客の一人です。公安で取り調べをして、然るべき罰を与えないとなりません!」
もっともな意見だ。正論だ。むしろ、誰もが「当然そうなる」と思っていた。だが、父はあくまで穏やかな笑みを崩さず、さらりと提案する。
「そこを曲げて、なんとかなりませんかね? そう……彼女は最初からここには居なかった。そんな感じでどうでしょう?」
──完全にアウトな提案だった。
「白岳博士……それはかなり無理筋じゃありませんか? 実際、そこのマリナさんを奪取するための中心的役割を担ってますし」
先生の声にも熱がこもる。だが──
「ですが、全然役に立ってもなかった訳でしょう? こんなポンコツ、公安で尋問しても何も出ませんって(笑)。むしろ、俺の下でこき使った方が、この国のためですよ。どうですか?」
あまりに豪胆な言い分に、青山先生の顔には冷や汗が浮かぶ。
「私の一存ではなんとも……」
そのとき、父の目が細まり──悪い顔になった。
「ふーん……いいんですか? 新学期にうちの靖章とマリナが、原宮高校で大暴れしても?」
「うっ! それは大変困ります!」
青山先生の表情が凍りついた。
(ちょ、ちょっと父さん!? それ脅しじゃない!?)
「ほらほら、ちょーっと決断するだけですよ。『スヴェトラーナ博士はここにいなかった』。はい! 言ってみようか?」
にっこりと微笑む父の言葉に、青山先生は完全に押し切られた。
「スヴェトラーナ博士はここにはいませんでした……ええ、最初から女性は一人も一味にはいませんでした……ほほほほほ(涙)」
その笑顔は、悲しみを纏った覚悟の表情だった。青山先生……ご愁傷様です。
「よろしい。ではこのお嬢さんは俺がもらって帰りますね。では、ごきげんよう」
そして、勝ち誇ったように微笑んだ父は、そのままスヴェトラーナ博士を抱えたまま颯爽と去っていく。
「お疲れ様でした……って、何だったの!?」
呆然と呟く青山先生の隣で、マリナがそっと僕を見上げた。
「青山先生、ありがとう。博士は私のお母さんみたいな人だから……」
「うちの変態親父に連れていかれちゃったけど……よかったの?」
「うん。康太郎パパはやさしいから、きっと大丈夫」
マリナの声には、迷いがなかった。その言葉に、僕の中の緊張が少しだけほぐれていく。
「帰ったらすぐに様子を見に行こう」
「うん。……博士も一緒に自由になれたらいいな」
マリナは遠くの空を見つめながら、小さく微笑んだ。──こうして、一連の騒動はようやく一区切りを迎えた。
◇◆◇
その後、襲撃の現場となったコテージは、「ガス漏れによる事故」という扱いで立ち入り禁止になった。拘束した特殊部隊員たちは、予定通り到着した陸上自衛隊により、無言で回収されていく。制服の陰に隠された銃器や厳重な装備が、昨夜の戦いの激しさを改めて物語っていた。
僕たちはというと、県民の浜スタッフから支給された簡易テントで、地面にシートを敷いてなんとか一夜を明かすこととなった。潮風に吹かれながら、誰もが疲れ果てて眠っていたが──それでも、不思議と清々しい気持ちだった。
そして迎えた朝。当然のことながら、合宿はここで打ち切り。僕たちは青山先生の運転するハイエースに乗り込み、再び日常へと向かう。車内では、昨夜の高揚がまだ色濃く残っていた。特に、緊張感のあとの“解放感”が、妙なテンションとして皆に現れていた。
「みんな……散々な合宿になったが、上からは、よくやったとのお褒めをいただいた。改めて感謝しておく」
運転席の青山先生が、バックミラー越しに柔らかく微笑む。その目には、疲労と安堵が入り混じっていた。彼女にとっても一大事だったのだろう。
「安芸灘大橋を渡ったら、一番近いファミレスで朝食を奢ってやる。あと、当然だが今日のことは他言無用にな」
「はーい!」
全員が声を揃えて返事をした。やや浮かれ気味の声色が、夜明けの光とともに車内を明るく照らす。その時、後部座席でひときわ元気な声が上がった。
「みんな! どうよ! 私の活躍は! 今回もMVPをまた掻っ攫ってしまったわ!」
光葉ちゃんが得意満面で、どや顔を決めている。髪が朝日に照らされて、まるで英雄のように輝いて見えた。
「いやいや、確かに襲撃を予知したのはすごいけど、倒した敵の数とか周到な作戦とか考えたら、青山先生やマリナの働きが上回らない?」
僕は苦笑しながらツッコむ。だがその声には、どこか柔らかな敬意も含まれていた。
「そう思うぞ。それより光葉……君はてっきりどこかの諜報員だと思ってたのに、今更だが一般人だなんて……ああぁー今までわたしは何を見てきたんだぁ~」
ジェシカが膝に手を当てて天を仰ぐ。その言葉に、光葉は人懐っこい笑顔で首をかしげた。
「まあまあ、ジェシカちゃん……私は諜報員だなんて一言も言ってないよ(笑)。ジェシカちゃんのノリがよかったから、私もついノリノリで……ごめんちゃい」
まるで子どもをあやすような調子で返す光葉に、ジェシカの視線は複雑そのものだった。そんなやり取りを見ていた古新開が、真面目な声で割り込んだ。
「しかし、襲撃の予知は凄いんじゃないか? もし無防備で襲われたら、いかに俺たちでもタダじゃすまなかったはずだ。長谷さんの貢献は大きいぞ」
その真剣な評価に、光葉は「でしょでしょ~」とウキウキ顔。
「さすがだねー、古新開くん! よくわかってるよ! だけど今回の私の活躍はそれだけじゃないんだよ」
「え? 他に何かあった?」
僕が小首を傾げると、頭の中の補助AIが唐突に「ピコーン!」と効果音を鳴らす。すぐさま一つの仮説が浮かんだ。
(まさか──あのリモコン……!?)
「光葉ちゃん……もしかして、あのリモコンのこと?」
僕の問いに、光葉は鼻高々に頷いた。
「ふっふっふっ……そのとおり! あのリモコンのスイッチを、私の念動で固定しておりました!」
「「「なんだって!?」」」
車内に驚愕の声が響き渡った。誰もがマリナの“電池抜き作戦”が真実だと信じ込んでいたのだ。
「マリナ……電池抜いてたっていうのはなんだったの?」
僕が尋ねると、彼女はにっこり微笑んで肩をすくめる。
「あれは適当なブラフよ、お兄ちゃん。博士は科学者として天才だけど私生活はポンコツだから、ああ言えば動揺して心が折れると思ったの。それにあのリモコンは充電式だし」
「そうだったのか……」
青山先生がハンドルを握りながら、低く呟いた。その目に宿ったのは、安堵と驚きの入り混じった色だった。
「マリナくんがもし起動停止したら、厄介なことになっていたのは否めん。長谷、よくやった!」
(あのしょぼい超能力で……しかも自分の活躍も予知するとは……長谷光葉恐るべし)
僕は心の中で戦慄を覚えた。あれは“まぐれ”なんかじゃない。光葉は本当に、恐るべき?超能力を掴み取ったのだ。 そして──マリナが静かに光葉の手を握った。彼女の表情には、真剣な思いが浮かんでいた。
「長谷光葉……ありがとう。あなたのおかげで、私も博士も救われた。今度、何かで光葉が困ったら、わたしが助けるね」
「そうだな。僕もこれからも光葉ちゃんを守るよ」
僕も素直に言葉を重ねる。
「俺もいるぜ! 長谷さんは俺が守る!」
古新開までが口にするその声に、車内の空気が優しくあたたかく包まれていく。
「やはりMVPは光葉だな。私も脱帽だ」
ジェシカが深く頷いた。普段は毒舌気味な彼女が、真顔でそう言う姿は珍しい。
「それほどでも~」
光葉は照れたように頬を染めつつ、でも自信に満ちた笑顔を浮かべていた。
こうして──原宮高校SF超常現象研究会における光葉の地位は、誰の目にも明らかになった。“みんなのマスコット”から“頼れる超常のリーダー”へ。原宮高校の女帝として、長谷光葉はますますその名を轟かせていくのだった。
(えーと……そういうストーリーの小説だったかなぁ??)
僕は密かに、心の中で首を傾げた──が、誰にもその疑問は届かないまま、朝の光がハイエースを静かに照らしていた。
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