第四十一話 襲撃! 県民の浜
夏合宿の初日。
午後からはお楽しみの海水浴タイムの始まりだ。まず最初に視界に飛び込んできたのは、ジェシカの姿だった。彼女は予想を遥かに上回る、派手なカラーリングのビキニで堂々と現れた。ハリウッド女優顔負けの美貌と、引き締まったグラマラスなプロポーション。まさに“異国のセレブがバカンスで立ち寄りました”という風格で、まばゆい太陽すら彼女の背景に従えているかのようだ。
(……うん、これは完全にやられた)
そして続くのは、光葉ちゃん。こちらは打って変わって、可愛らしいフリル付きのワンピース水着だ。ダイエットの成果か、すらっとしたスタイルに健康的な明るさが加わっている。全身から溢れ出る自信と屈託のない笑顔。波打ち際でキャッキャとはしゃぐ姿は、まさに“夏ガール”そのものだった。
(あぁー素敵すぎる~、そういえば霊界野球のご褒美キス・・・あれはどうなってるんだろ?ドキドキ)
さらに驚愕したのは──青山先生である。普段は地味で厳格なイメージの彼女だが、今この瞬間、黒を基調としたセクシーなビキニ姿で登場。大人の色気が滲み出るそのスタイルに、ビーチの男性客たちが無意識に視線を向けているのがはっきり分かる。
(青山先生……それは反則じゃないですか)
だが、極め付きは──マリナだった。銀髪に蒼い瞳という、まるで童話の世界から抜け出したかのようなロシア美少女。そんな彼女が着ていたのは──紺色のスクール水着。しかも、胸元には白い四角い布に「まりな」と、ひらがなでマジック書きされた布ネームがしっかりと縫い付けられている。
(いやぁー……可愛い。めちゃくちゃ可愛いけど……!)
センス的にはどうなんだ、それ!? と内心で頭を抱える。聞けば、あの水着は父・康太郎が用意したものらしい。なぜによりにもよってスク水を……! だが、本人は気にしていないどころか、むしろ気に入っている様子で、堂々と着こなしているのが逆にすごい。
青山先生が気を利かせて、麦わら帽子とパーカーをそっとマリナに羽織らせてくれたおかげで、なんとか目立たずに済んだが……あれは確実に罠だった。うん、父さんの悪意しか感じない。
僕と古新開はというと、パラソルを立てたビーチの端で、荷物番をしながら海を眺めていた。
「白岳は海に入らないのか?」
「古新開はどうなんだ?」
「俺は訓練で死ぬほど泳いでるから別にいいよ」
「そうかぁ……」
炎天下の中、海の向こうでは美少女たちが華やかに弾けるように遊んでいる。けれど、そこに混ざる勇気はない。
「俺に気にせず、みんなと遊んで来たらどうだ?」
「いや、下手に修羅場になるとなぁ……」
僕は無意識に、ジェシカの大胆なビキニと、光葉のフリフリ水着、そしてスク水マリナの三すくみを想像して──背中に冷たい汗がにじんだ。
(あれは……地雷原だ)
「マリナちゃんか。彼女にはロシアから刺客とか来ないのか?」
「一応警戒はしてるよ。自宅のメインコンピューターもこっちに繋いでるし」
「まあ、変な奴が来るようなら俺も守ってやるよ」
「……ああ、頼りにしてる。無理しない程度によろしく頼む」
「本気が出せるくらいの奴が来ると面白いんだがなぁ」
古新開が笑いながら言うその言葉に、僕もつられて笑ってしまった。
◇◆◇
その後、夕暮れの潮風に吹かれながら、僕たちはコテージに戻った。ジェシカが準備していた本格的なBBQが始まると、途端にあたりは香ばしい匂いに包まれる。
「日本のバーベキューってちょっと地味って印象あったけど……ふふっ、私が作れば別よ!」
炭火の上でジュウジュウと焼ける分厚いステーキや、ガーリックバターで香りづけされた海老の串焼き。食材の豪華さもさることながら、火加減や仕上げまで完璧だ。まさにセレブ直伝のアウトドア・グルメショーだった。光葉ちゃんも、ホイルで包んだチーズ焼きに大はしゃぎしながら、「うまーい!」を連呼している。マリナも「ロシアにはない味です!」と、目をキラキラさせて頬張っていた。更に焼きそばやホタテバターも加わり、食卓はまさに夏合宿の宴モードだ。
そして夜──星が瞬く中、僕たちはかまがり天体観測館へと移動した。名目上は「UFO探し」だったけれど、実際は望遠鏡で星空を観察する本格的な天体観測。青山先生の知識を聞きながら、星座や銀河を次々に覗いていく。
「ほら、あれがこと座のベガだよ」 「うわあ……キラキラしてるぅ……」
光葉ちゃんが目を輝かせている横で、ジェシカはスマホで撮影したり、解説を正確にメモを取っていた。マリナは僕の腕にそっと寄りかかりながら、無言で星空を見つめていた。静かで、温かい時間が流れる。 ──だが、その“平和”は、突如として終わりを告げた。
「みんな聞いて! 今晩これから、危険な厄災がここへやって来るみたい!」
声を張り上げたのは光葉ちゃんだった。突然の宣言に、僕は思わず聞き返す。
「え? なんだって?」
その異変を、青山先生も見逃さなかった。顔を険しくし、鋭い視線で光葉を見る。
「長谷……何か霊感的な予知でもあるのか?」
その緊張を読み取ったのか、ジェシカの表情が一変する。感情をシャットアウトしたプロの顔だ。
「まさか、マリナくんを狙ってロシアが動いた!?」
「執念深い連中だから、そうかも……どうしよう、お兄ちゃん?」
マリナが怯えた声で僕の腕を握る。柔らかな手のひらが、かすかに震えていた。
「先生……どうします? ちょっくら返り討ちにしてやりますか?」
古新開が、にやりと笑う。その目は完全に戦闘モードだ。慌てた僕は、すぐさま提案した。
「みんな! すぐに逃げよう! 危険なことはさせられないよ!」
だが、光葉がひとつ息をつき、落ち着いた表情で僕を止めた。
「大丈夫だよ、ヤスくん。私の予兆は大凶じゃなくて、むしろ吉だったりするんだけど」
「そうなの?」
「うん。なんか私が大活躍するみたいな?」
──(それはないだろー!)
場にいた全員の心の中で、見事なハモリのツッコミが響き渡った。そんな中、青山先生が短く唸り、状況を即座に読み取る。
「うーん……このメンバーだ。ここで迎え撃つか。今から逃げて市街戦になるのもヤバい」
その判断は冷静かつ的確だった。
「こんなこともあろうかと、色々持ってきてます」
ジェシカが満面の笑みでレザーバッグを開くと、中には銃火器の一部や通信装置、ミリタリーグレードの小道具がずらりと並んでいた。
「よし! 私が指揮を執る。西条は一緒に各人の配置とトラップの用意を! 白岳と古新開は殺さない程度に敵を制圧しろ。マリナくんは長谷を守ってやってくれるか?」
「わたしも戦いたい! 強いよ、わたし」
マリナが真っ直ぐに目を見て訴える。だが僕は、穏やかに、けれどはっきりと首を振った。
「マリナには自衛以外じゃ戦ってほしくないんだ。出来れば光葉ちゃんや、みんなを守ってくれるかな?」
一瞬、マリナの瞳に揺れが走る──が、すぐに力強く頷いた。
「うん。お兄ちゃんが言うなら、わたし頑張る!」
その決意に、僕の胸の奥が熱くなる。
「では時間も勿体ない。すぐに取り掛かるぞ!」
「おう!!」
全員の声が、コテージの闇を突き破るように響き渡った。
◇◆◇
その頃、呉の夜を静かに滑るように、闇の中を進む影があった。
──ロシアの「クークラ奪還特殊部隊」、総勢約二十名。精鋭の中の精鋭たちで構成されたこの部隊は、密かに上蒲刈島に接近していた。陸路では二台の車両が呉市街方面から入り、夜の県道を目立たぬよう慎重に走行している。車内は無言の緊張感に包まれていた。空調の微かな音すら、隊員たちの鋭敏な神経を逆撫でするようだった。
その車の後部座席には、指揮官の少佐と、迷彩服姿の女性が座っていた。──スヴェトラーナ・クルチャトフ博士。冷たい知性と冷徹な意志を併せ持つその眼差しは、外の闇を見据えたまま微動だにしない。彼女の手には、黒いリモコンがそっと握られていた。それは、マリナ──クークラを制御する“最後の手段”だった。
一方、海側からは静音モーター付きのゴムボート数艇が、波音を乱すこともなく、まるで影のように上陸を開始していた。搭乗しているのは、同じく完全武装の10名。真っ黒なウェットスーツにサイレンサー付き自動小銃、ナイトビジョンゴーグル。彼らの動きには無駄が一切なく、夜の浜辺と一体化していた。 ──標的はただひとつ。「人形」こと、脱走兵マリナ。現在、白岳靖章およびその家族の元で匿われているという。
陸側の車両が、深夜の「県民の浜」の駐車場に静かに滑り込む。降車した10人の隊員は、車内で装備を整え終えており、まるでロボットのように無言で持ち場についた。 同時刻──海側からの部隊も、砂浜のわずかな斜面に身を沈めながら、コテージ周囲への展開を完了していた。
「目標はコテージ内で動作を止めている状態でよろしいですか、博士?」
ゴーグル越しに静かに尋ねる部下に、スヴェトラーナ博士はタブレットをちらと確認し、うなずく。
「はい。私の監視アプリでも、そう確認できます」
彼女の指先は、コテージを示す座標を何度も繰り返しなぞっていた。そこには明確な光点が、ピクリとも動かず表示されていた。少佐が不敵に笑う。
「あの中にはおそらく、クークラと、白岳康太郎……そしてその息子のサイボーグがいるはず。全員捕獲したら、我々の評価は絶大に。博士の名誉も回復されますな」
「……そうあってほしいですわ」
スヴェトラーナは小さく頷く。その口調に、抑えきれない焦燥がにじむ。
(マリナ・・無事でいて。 あなたが健在ならどうにでもできるのだから)
「全隊員に告ぐ。これより突入する。クークラの停止を確認したら直ちに回収せよ。また抵抗する者がいたら大人しくさせろ。サイボーグの息子には発砲も許可する!」
「「「了解!」」」
短く、鋭く、無慈悲な合図。そして──突入は始まった。隊員たちは、獣のような動きで建物の出入り口を制圧し、次々に突入する。 だが、彼らを待っていたのは……空虚な沈黙。
「これは……!?」
最初に部屋へ突入した少佐が、息を呑む。──コテージは、もぬけの殻だった。その瞬間。
「どこ見てんだよ!」
「ようこそ、呉へ」
暗闇を切り裂いて、影が襲い掛かる。 ──僕と古新開だ。海自式暗視訓練で鍛えられた古新開は、月明かりのない無灯火の海上でも5万メートル先の敵艦を発見できる。僕は父がこだわり抜いた視覚装置と対人レーダーで、暗闇を全く気にしない。下手な暗視装置など僕らには無用だ。夜戦の空間こそ、僕たちの舞台だった。
その混乱の中、少佐の背後に──彼女が立っていた。
「マリナ!?」
銀髪に青い瞳。月光を浴びて立つその少女は、まるで幻想そのもの。だが次の瞬間、スヴェトラーナ博士が手にしたリモコンをマリナに向け、叫んだ。
「マリナ! 止まりなさい! このキルスイッチには抵抗できないはずよ!」
グッ。
スイッチを押す──が、マリナの動きは止まらない。むしろ彼女は、軽やかに跳ねるようなステップで、次々と隊員たちに接近し──
「ふっ!」
軍隊式の制圧術で、一撃、また一撃と、音もなく叩き伏せていく。
「ええぇー!? なんでリモコンが効かないのよー!?」
スヴェトラーナの叫びが、夜の静寂を引き裂く。
「博士、久しぶり~」
マリナはにっこりと、どこか嬉しそうに微笑むと、言った。
「そのリモコンだけど……ロシアにいたとき電池抜いてたの……ごめんねw」
「え? 嘘よー! 電池は確かに確かめたはずよー!」
混乱のスヴェトラーナ。少佐が怒声を飛ばす。
「博士! これは一体どうなってるんだ!」
「えーと……すいません……私の作った一個大隊に匹敵するワンマンアーミーが、にっこり笑いながら手を振ってまーす」
スヴェトラーナ博士の絶望的な声が、すべてを物語っていた。
「……撤収! 撤収だぁー!」
もはや命令というより叫びに近い少佐の指示。だが時すでに遅し── コテージ周辺に張り巡らされたジェシカのトラップが火を吹き、狙撃用の陣地からは、青山先生が正確無比な銃撃を放つ。さらに、僕と古新開が前線で敵を制圧し続け、逃げ道すら封じられていた。
こうして──約20名のロシア特殊部隊は、まさかの“高校生軍団”により、完全に壊滅させられたのだった。
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