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第四十話 大覚醒! 長谷光葉

 僕たちが到着したのは、「県民の浜」。広島県呉市上蒲刈島にある、美しい白砂の海岸と穏やかな青い海が広がるリゾート地だ。車を停めたのは、ビーチハウスのさらに奥──海に突き出た半島の先端に位置するVIP専用のコテージ前だった。周囲は静まり返っており、波音だけが聞こえる。プライベート感満載の立地で、ここだけ異世界のように切り取られた空間に感じられる。


 青山先生が借りたハイエースは、明らかに“学生の合宿”とは思えないほどの量の荷物でぎゅうぎゅう詰めだった。二泊三日の旅行とはとても思えない。 しかも──


「これ、何入ってるんですか……?」


 僕が荷物のひとつ、妙に重たいボストンバッグを持ち上げようとして即座に後悔する。中に鉛でも詰まってるのかと思うほどの重さだ。その横には、明らかに何かヤバいものが入ってそうな黒いケースが無言で鎮座していた。見た目からして、完全にミリタリー仕様だ。下手をすると、SWATが突入の際に持ち込むような物騒な代物だっておかしくない。


(……これはもう、考えないでおこう)


 誰の物かは明言されていないが、先生か、あるいはジェシカの可能性が高い。いや、両方の可能性すらある。だとすれば、下手に中を覗いて後悔するのがオチだ。全員で汗をかきながら荷物を運び終え、二階建てのコテージ内でようやくひと息ついたタイミングで、初回のミーティングが始まった。


 丸テーブルの周囲に、思い思いの席に腰を下ろしていく面々。僕はいつものように端の席を選んだ……が、もちろん、その隣にはピタリとマリナが座っている。到着以来、彼女は一瞬たりとも僕のそばを離れていない。今も、手のひらを絡めるようにぎゅっと僕の手を握っている。いわゆる「恋人繋ぎ」。そのぬくもりが、じわじわと意識の中心を侵食してくる。


(いや、マリナさん? ちょっと距離感、バグってないか……?)


 向かいに座る光葉の表情が微妙に引きつり、ジェシカの眉が僅かにピクリと動く。火種がジリジリと燃え広がる前兆のように、空気がピリつく。その瞬間、青山先生が場の空気を読んだかのように咳払いし、ミーティングの開会を宣言した。


「さて、ミーティングを始めるぞ」


 青山先生が軽く咳払いをして、丸テーブルの空気を引き締めた。全員の視線が彼女に集まる。ビーチのざわめきが遠くにかすかに響く中、VIPコテージのリビングにはほどよい緊張感が流れていた。


「うちの研究会のテーマ(活動)は主に夜に観測される。初日はかまがり天文台でUFO探しだったか?」


 先生の真面目な口調に対し、すかさず元気な声が弾ける。


「はい! 私の念波で呼び寄せてみます!」


 光葉が勢いよく手を挙げる。椅子がギシッと鳴るほどの気合の入りように、僕は思わず笑ってしまいそうになる。


「う……うん、ほどほどに頑張れ。夜更かししすぎるなよ」


 青山先生は呆れたような苦笑を浮かべつつも、どこかで「もう止めても無駄だな」と悟っているようだった。諦念すら混じった表情で、ふっとため息をつく。


「はい!」


 光葉の明るい返事に、周囲もつられて笑顔になる。


「二日目は、西泊観音(近くにある霊場)で降霊会か」


「今回もわたしにお任せください! この光葉が降霊の神髄をお見せしますので!」


 ぴしっと背筋を伸ばした光葉の言葉に、コテージの空気がちょっとだけスピリチュアルになる。本人はいたって真剣そのものだ。


「やばくなったら、日美子様もいるからね」


 僕はさりげなくフォローを入れる。あくまで“予備戦力”のつもりだが、周囲の表情は妙に真剣だ。全員、あの存在感を知っている。みんな、うんうんと真面目に頷いた。


「まあ、どっちもハメを外しすぎるなよ。特に白岳! 不純異性交遊は即停学! その上でお相手の女子を泣かしたら、マジで退学にするからな!」


 突如放たれた直球の警告に、場の空気がピリッと引き締まる。思わず僕は背筋を伸ばしつつ、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「いやだなぁ、大丈夫ですよ。僕は三年間、品行方正を貫くつもりですから!」


 軽口で返すと、隣に座るマリナが、ぐっと僕の手を握り直しながら純真な瞳で青山先生をまっすぐに見つめた。


「先生! ロシアではマウストゥマウスのキスは挨拶! お兄ちゃんとだし大丈夫ですよね?」


 その一言に、場の空気が再びざわめいた。とっさに青山先生が顔をしかめる。


「『バナナはおやつに入りますか?』的に言われても困るが、この合宿中はもちろん、高校に入学してからもキスは禁止だ!」


「がーん……そんな……私たち婚約してるのにぃ……」


 マリナは本気でショックを受けたように肩を落とし、項垂れてしまう。その姿がまた、妙にいじらしくて困る。


「ちょっと待って! ヤスくん、なんか色々と早すぎない? 私がダイエット修行してる間に一体何があったのよー!」


 光葉が信じられないものを見る目で僕を指差し、髪をかき乱す。ジェシカも続けざまに悲鳴に似た声で叫ぶ。


「ふふふ……米国が50%所有してるヤスアキが、ロシア娘と結婚なんて許されないわよ。いやぁーダーリン! 嘘って言って~!」


「康太郎パパにOKもらったんだからぁ!」


 マリナが唇を尖らせて拗ねるように言い返す。その無邪気さに、一瞬だけ部屋の空気がピンク色に染まる──が、次の瞬間、鋭い怒号が飛ぶ。


「うるさーい! 痴話げんかも禁止だ! 仲良くやれ!」


 青山先生の雷のような声が部屋中に響き、僕と三人の美少女たちは反射的に背筋を伸ばした。


「はい……気をつけます」


 三人がぴしっと返事をする。


「頼んだぞ。お前らの行動が、私の寿命を延ばすか縮めるかの瀬戸際なんだからな!」


 青山先生がこめかみに手を当てながら吐き捨てるように言う。


「先生も大変ですね」


 そんな空気を読まずに、古新開がボソリと呟いた。


「他人事みたいに言うな! お前も問題児だ!」


「がーん……俺も?」


「古新開……自覚無かったのか?」


 僕が素で驚いて声をかけると、古新開はしょんぼりとうなだれた。


「俺こそ優等生の鑑だとばかり……」


「古新開はパワーを隠さな過ぎだ。少しは白岳を見習え」


 青山先生の言葉に、古新開はぶーたれた顔をしながらも、渋々「うぃーっす」と頷いた。


◇◆◇


「よし。ミーティングはこのくらいにして、次は長谷の話を聞こう」


 青山先生の言葉に、視線が一斉に光葉へと集まった。場の空気が少しピリッと引き締まる中、光葉は勢いよく立ち上がり、ドヤ顔で胸を張る。


「さてみんな……このわたし、長谷光葉は、遂に自分に隠されていた尋常ならざる力を覚醒いたしました!」


 場にちょっとしたざわめきが走る。その目には、まるで救世主にでもなったかのような、キラキラとした誇りが宿っていた。


「光葉ちゃん、超能力って言ってたよね? 日美子様の霊能力とは違うの?」


 僕が戸惑い気味に口を挟むと、光葉はニッコリと笑って答えた。


「ヤスくん! ナイス突っ込みです! その辺りの話もするね」


 まるでプレゼンターのような手振りで語り出す彼女に、僕たちは自然と耳を傾けた。


「まず、日美子様は私のご先祖様でものすごい霊能力者なんだけど、わたしって、日美子様の生まれ変わりくらいの素質があるみたいなの。だから霊界野球の時から徐々に魂の結びつきを強化してきたのよ」


 その説明を聞いて、僕は思わず息を呑む。あの霊界野球での一件が、ここに繋がっているとは……。


「それで普段でも使える力を得たと?」


「そのとーり! 霊能力をこの世界で具現化したモノ。The・超能力をね!」


 光葉は自信に満ちた眼差しで語る。古新開が目を輝かせて身を乗り出した。


「すげーな長谷さん! それでどんな力を使えるんだ?」


「じゃあ、まずは念動力から見せてあげる!」


 光葉は勢いよく財布を取り出し、中から10円玉を一枚抜き出すと、丸テーブルの真ん中にそっと置いた。そして目を閉じ、呼吸を整える。彼女の顔が静かに緊張で引き締まり、額にうっすらと汗が浮かぶ。視線はまっすぐ10円玉へ――


 ……その瞬間、10円玉がひょこっと、まるで自分の意志を持ったかのように立ち上がった。


「光葉ちゃん、すごい! 手も触れずに10円玉が動いたよ!」


 僕が思わず声を上げると、光葉は勝ち誇ったようにふんぞり返る。


「ほほほほほ……ねぇねぇ、見た? 私の念動力、すごくない?」


「……ああ……確かに念動の力みたいだな。それで、他に何ができるんだ?」


 ジェシカが腕を組みながら冷静に問いかけた。その視線は少しだけ、期待を含んでいるようだった。


「ん? これだけだよ」


「んん? これだけ?」


「うん、これだけ」


 ……その言葉に、場の空気が止まった。


(しょぼい! 確かに超能力ではあるが……)


 一同の脳内に同じ言葉が走ったのは、間違いないだろう。


「……まあ待て。あの自信だ。他に凄いのがあるはずだ」


 青山先生が、わずかな希望を込めて促す。


「今のところ、これだけです!」


 光葉は爽やかな笑顔で、まるで問題を理解していないように元気よく宣言した。


「そ……そうか。うん、まあ、今後に期待だな!」


 先生の声には明らかに落胆がにじんでいる。


「期待してください! 卒業までには日美子様並みになりますから!」


 元気いっぱいに言い放つ光葉だが、一同の顔には「無理っぽいなぁ」という、どこか切ない表情が浮かんでいた。


◇◆◇


 その頃、ロシアの「クークラ奪還特殊部隊」は、ついに広島県・呉市に到着していた。


 幾台もの黒塗りの高級外車が、山陽自動車道から東広島呉道路を滑るように走り抜ける。車列は阿賀インターで一般車と同じように降り、そのまま港町・呉の中心部へと向かっていた。表向きは「広島市内で開かれる国際科学シンポジウムへの出席」という名目。だがその実態は、極秘裏に送り込まれた「奪還部隊」だった。


 車列はそのまま、呉湾を望むベイエリアにある高級ホテル──「クレイトンベイホテル」へと滑り込む。港に面した最上階のスイートルーム。そこに、今回の作戦の中枢があった。豪奢な室内には、現代的で洗練された家具と調度品が並び、海を望む大きな窓からは、静かな呉湾と点在する島々が夕暮れに沈み始めていた。


 部屋の中心に設置された作戦用テーブル。その周囲を囲むのは、戦場経験豊富な精鋭たち──ロシアが誇る超一流の戦闘員たちである。その中央に立つのが、白衣に身を包んだ一人の女性──スヴェトラーナ・クルチャトフ博士。切れ長の目と冷たい知性をたたえた瞳。科学者であり、兵器開発者であり、そして“母”としての顔も併せ持つ彼女が、今回の作戦の最重要人物であった。


「クークラの行方についてはいかがですか、博士?」


 指揮官の少佐が問いかけると、スヴェトラーナは落ち着いた手つきで愛用のタブレットを起動する。そこに映し出されたのは、日本の呉市周辺を詳細に記した地図だった。彼女が何度か操作すると、その中の一点が小さく明滅を始める。


「お任せください。たとえ、かの白岳康太郎を持ってしても、決して解除不能な機構と発信装置がありますから」


 声には確信があった。スヴェトラーナ自身の手で娘・クークラに仕込んだ、絶対のセーフティ装置と位置追跡システム。それは愛情と執念の結晶でもあった。彼女の細い指が示した明滅点──それは思いもよらぬ場所にあった。


「え? こんな場所に……?」


 予想外の情報に、彼女の整った眉がわずかに動く。


「どうされましたか、博士?」


 少佐がすかさず問うと、スヴェトラーナはディスプレイを指差しながら答える。


「見てください! クークラが白岳博士の元を離れて、リゾート施設にいるみたいですわ」


 その場所は、「県民の浜」。かつて旧海軍の基地の街だった呉のイメージからは程遠い、平和で静かな保養地。だが、今そこには、危険極まりないロシア製のサイボーグが潜伏している。


「白岳博士の研究施設……大空山要塞へ潜入すると思って覚悟していましたが、もしここにいるのが間違いなければ好都合ではありませんか?」


 少佐の目が細くなる。奇襲作戦にはもってこいのロケーションだ。


「ええ、彼女の位置情報は間違いありません。少佐、大きな武力衝突なく回収できるのなら、望むところですわ」


 博士の声には冷静さが戻っていた。すでに頭の中では、いくつものシナリオがシミュレートされていた。


「直ちに現場へ。15分で準備しろ!」


 少佐が号令を飛ばす。部隊の面々が即座に立ち上がり、それぞれの装備へと向かっていく。滑らかな動きに、経験と訓練の重みがにじむ。少佐は自らの拳銃のホルスターを確かめながら、スヴェトラーナに声をかけた。


「博士の切り札……期待しておりますぞ」


「はい」


 スヴェトラーナは静かに頷く。その瞳の奥に、一瞬だけ母としての温かさが揺れた。


(マリナ……無事なのね)


 胸の奥にふわりと芽生えた安堵を、スヴェトラーナはそっと押し殺す。ディスプレイに映る光の点を見つめる彼女の指先は、ほんの僅かに震えていた。


 ──そう、彼女はまだ知らなかった。


 その光の点が示すリゾート施設で、彼女が育てた「人形」は、とんでもない仲間たちと、呑気に海水浴を楽しもうとしていることを──。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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