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第三十九話 今更だけど知ってました

 広島県呉市上蒲刈町にある「県民の浜」。


 瀬戸内の穏やかな波が、白い砂浜にリズムよく打ち寄せる。強すぎない日差しに照らされた海面は、青く澄みわたり、まるで水晶のような輝きを放っていた。そんな風光明媚なリゾート施設で、僕たち原宮高校SF超常現象研究会の夏合宿が始まろうとしていた。


 表向きは「研究会活動の一環」という名目だが、実態は甲子園初出場という快挙を成し遂げたメンバーの慰労と、ここまでの激動の日々を乗り越えたご褒美旅行のようなものだ。顧問の青山先生が、施設の端にあるVIP用のコテージをわざわざ手配してくれた。観光客の目にも触れないような、隔絶された静かな一角──海を独り占めできるような贅沢な空間は、どこか非現実的で、これから何か特別なことが起きそうな期待を胸に膨らませた。


 当初の参加予定者は、僕、古新開、光葉、ジェシカ、そして青山先生の5人。だが予定外の参加者──マリナが、やや強引に同行を勝ち取った。彼女は、僕と離れたくないとあまりにもしつこくせがんだため、ついに父が折れて、学校に正式な手続きを取ってしまったのだ。


 いや、それだけでは済まない。父は更に、新学期からマリナを原宮高校に編入させるため、校長への根回しまで完了させていた。


 ──父の働きかけの一幕。


「もしもし……校長? 白岳康太郎だけど、うちに転がり込んできたロシアのサイボーグの件、上(国家公安委員会)から聞いてるよね?」


 電話越しの会話は、いつもながらぶっ飛んでいた。


『白岳博士……それはもう……既に情報は下りております。今回は素晴らしいお手柄で、諜報員一同皆が驚いておりますよ』


「それなら話が早いな。うちのマリナだけど、靖章ともどもお宅で面倒見てもらうことにしたから。よろしく頼むわ」


『は? 今なんと?』


「総理にはもう許可もらったから。やってくれないなら、公安絡みの案件……もう協力しないよ?」


『そ……それは困ります! わかりました……直ちに手を打ちます。新学期の編入とクラスの手配、何から何まで青山にやらせますので!』


「うん、よろしくね。そうそう、マリナが靖章に懐いちゃってさぁ。夏合宿だっけ? あれも一緒に行きたいって言ってるけどいいかな?」


『もちろんOKでございます! その手配も青山が承りますので』


「そう? じゃあよろしく! 詳しくは息子にLINEしといてね」


『ははっ、お任せください!』


 ──通話が終わると同時に、校長は脂汗を拭きながら即座に携帯を取り出した。


『青山君……大変な事態になった。すぐに帰って来てくれ』


『なんですかー? まだこっちの仕事も終わってないんですけど』


『それどころじゃないんだよ!下手したら君が顧問の同好会でドンパチが始まるかもしれんのだ。頼んだよ!』


『ええー!? まだ8月になって1日も休んでないんですけどー!』


 ──そんなやり取りが水面下で繰り広げられていたことなど、僕らには知る由もなかった。


◇◆◇


 島へ向かうレンタカーのハイエース車内。


 車は海沿いの道を軽快に走っていた。窓の外には、呉の海と島々が織りなす風景が広がり、夏の太陽に照らされた水面がきらきらと輝いている。橋を渡るたびに、潮の匂いが風に乗って入り込んできて、旅の高揚感を否応なく盛り上げてくれる。


 その後部座席、僕は隣に座るマリナをちらりと見やりながら、軽く息を整える。初対面の空気は、緊張と期待が入り混じっていて少し独特だった。


「みんなに紹介するね。この子はマリナ・クルチャトフさん。うちの父さんの知り合いの娘さんで、諸般の事情でホームステイすることになってね。新学期からは原宮高校に編入する予定なんだ。日本にはまだ慣れてないから色々と教えてあげてね」


 僕が言い終わるのを待っていたかのように、マリナは姿勢を正し、真っすぐな目でみんなを見つめた。そして控えめな、けれどどこか芯の通った声で言った。


「みなさん、初めまして。マリナ・クルチャトフって言います。ロシアから来ました、15歳です。お兄ちゃんのお友達の皆さんとは、私も仲良くなりたいです。よろしくお願いします」


 その瞬間、時が一拍だけ止まったように感じた。無邪気な笑顔と一緒に口にされた、あの一言が──


「お兄ちゃん」


 車内の空気が、音を立てて凍りついた。


「「「お兄ちゃん……だと!?」」」


 異口同音に響く叫び声。助手席のジェシカが鋭い目を僕に向け、光葉が目を見開いて固まり、青山先生が天を仰ぐように目を閉じた。だがマリナは、そんな反応など全く意に介さず、自然な動作で僕の腕に自分の腕を絡めてきた。その柔らかい体温と、すべすべした肌の感触に、僕の理性が一瞬で蒸発しかける。


「ヤスくん……ちょっと待って?」


光葉が震える声で詰め寄る。


「いつの間にロシア美少女が妹になったの?」


助手席のジェシカも冷徹なトーンで言葉を投げつけてくる。


「ダーリン……私が帰国してる間にロシアのハニートラップに掛かるなんて! しかも……お兄ちゃんって何?」


(……この子はヤバい……!)


 僕はパニックになりかけながら、必死で両手を振って否定する。


「いやいや、マリナが勝手にそう呼んでるだけで、気にしないでくれる?」


 だが、火に油だった。


「そうは言われても、彼女としては気になるわよ!」


 光葉が凄まじい目力で睨んでくる。ジェシカもまた、バッグの中で何か(凶器?)をまさぐる仕草を始めていた──完全に警戒態勢だ。そんな重苦しい空気の中、マリナはまったく臆することなく、純真な瞳で光葉に尋ねる。


「長谷光葉……どう見ても一般人……彼女なの?」


 静寂。次の一言が、火種に火を点けた。


「マリナとか言ったね、違うよ。ダーリンの彼女は、キス経験もあるこの私だから」


 ジェシカのその挑発的な一言が決定打になった。


「キス?」


 マリナが小首をかしげながら、ぽつりと放った。


「それなら、マリナもベッドの中でお兄ちゃんにたくさんしたよ」


 車内の時間が、完璧に止まった。ジェシカの瞳から光が消え、光葉は今にも泣きそうな顔で僕を睨んでいた。


「マリナぁぁー! 何喋ってるんだよー! 違うでしょ!」


 僕の絶叫は、すでに手遅れだった。ジェシカがバッグから金属音を立てて何か(凶器?)を取り出しかけている。嫌な予感しかしない。


「ダーリンが……他の娘とベッドを共に……」


「待ってくれ! 本当に違うから! 説明するから!」


 声を張り上げながら、僕は心を決めた。もうここで全部、洗いざらい話すしかない──


「……というわけで、僕は父さんの手によって改造されたサイボーグなんだ。マリナは、ロシアのサイボーグで……」


 それを聞いて、誰よりもあっさりと反応したのは──


「えーと、お前については今更だけど、知ってるぞ」


 青山先生だった。


「え?」


「私は君を監視する公安警察の諜報員だし。サイボーグ化の秘密くらい、とっくに把握してる」


 ジェシカも当然といった顔で言う。


「ダーリンも、わたしの正体は知ってるでしょ? CIAのジュニアエージェントで、君の監視兼護衛役だって」


(そうだった……!)


 僕は額に汗をにじませながら、古新開に目をやる。


「まあ俺は両谷博士から聞いてたし、バレバレだぜ」


 彼は涼しい顔で外の海を見ていた。ブレなさすぎる……


「やっぱりそうなんだぁー! やったー! サイボーグな彼氏って最高だよー!!」


 光葉が目を輝かせながら僕に飛びついてきた。


「それで、そのマリナさんもサイボーグなの? ロシア製の」


 青山先生が真剣なまなざしで尋ねる。


「そう! そうなんだよ! でも、僕のことみんな知ってたの?」


「私は知らないよー。でも内なる日美子様が『ヤスくんはヤバいのう』って教えてくれてたよ」


(そんな不気味なチャネリングで察知されたのかよ……!)


 光葉は満面の笑みで胸を張るが、まるで“無自覚な霊能兵器”みたいで怖い。


「ダーリンがどの程度の認識かはわからないけど、今やその筋の諜報機関じゃ、白岳康太郎の最高傑作って有名なのよ」


 ジェシカの一言が、やけに重く響いた。CIAにまで“傑作”扱いされてるって……オレの人生、いつからそんなカタログスペックに載ってるんだ。


「そうなのか? まあこいつの実力なら当然か」


 古新開はまるで他人事のように肩をすくめていたが、その口ぶりには、いつものように余計な負けず嫌いがにじんでいた。


「ほうー、ロシアのサイボーグでマリナちゃんていうのか。可愛いじゃないか。俺の名前は古新開宙夢だ! 君のお兄ちゃんの永遠のライバルだ! よろしくな!」


 言うが早いか、古新開はやたらと張り切って自己紹介を始めた。戦隊ヒーローの登場みたいに指差しポーズまでキメている。だが──。


「古新開……ライバル? そんなに強そうに見えないけど」


 マリナはジト目で古新開の全身を眺め回し、ごく真面目なトーンで言い放った。


「がーん! そうか? 結構鍛えてきたつもりだが……」


(がんばれ、古新開……!)


「私でも勝てそうだよ」


「ははははは、冗談きついな!」


 古新開は愛想笑いを浮かべたが、眼球の泳ぎ具合が冗談抜きでわかりやすい。明らかに心が削れている。


「古新開。彼女を甘く見るな。ロシア製だとしたら、下手したら戦闘能力はここにいる誰よりも強いかもだ」


 ジェシカがやや真顔で釘を刺す。その瞬間、古新開の顔が凍りついた。


「マジでか……」


 対面の後部座席から見えるその横顔は、まさに“自称最強”のアイデンティティ崩壊直前。車内の空気が、静かに、そしてじわじわとおかしなテンションに染まっていく。顧問の青山先生が、フロントミラー越しに僕たちを見つめて、大きく、そしてとても深くため息をついた。


「とりあえず、ここにいる面子は、長谷&日美子様を除いて、全員が危険分子で監視対象だなぁ~」


 その呆れたボヤきに、車内の全員がつい苦笑してしまった。


「一学期を見て、みんなそんな悪い子じゃないとは思うがな……」


 そう前置きしつつ、先生の目はまっすぐ光葉を見据えた。


「……まあ、お互いの立ち位置が改めて確認できたわけだし、夏合宿は各自、原宮高生としての自覚をもってしっかり楽しめ! あと、長谷はどうする? 一般人のお前がこんなヤバい面子の中でやっていくのは無理だと思うぞ。研究会から抜けて、今後はこの件を口外しないと約束するなら、監視対象から外してやるし、卒業までは私以外の保安要員を付けてやろう」


 真面目な声色だった。先生は、光葉の身の安全を第一に考えていたのだろう。


 だが──。


「ふっふっふっ……青山先生……ご安心ください! この長谷光葉……日美子ちゃんとのチャンネリングに成功して、遂に超能力に目覚めたのです!」


 光葉は両手を腰に当て、まるでヒーローのように高らかに宣言した。


「「「なんですとぉ!?」」」


 車内の空気が一気に跳ね上がる。まさかのカミングアウト。あまりに堂々とした口ぶりに、誰も即ツッコミできない。


「詳しい説明は県民の浜でいたしましょう! この光葉の覚醒した恐ろしい実力を!」


 堂々とした表情、眩しいくらいのドヤ顔。言い切った後の静けささえも演出に見える。


(……なんだろう。この子のこういうときのオーラは……)


 僕の脳裏に、日美子様が完全憑依していた時の光葉の姿がフラッシュバックする。あの時、彼女はたしかに“人間ではない”何かだった──。こうして僕たちは、波乱の気配をはらみながらも、夏合宿の舞台「県民の浜」へと足を踏み入れていく。


 だがこの時、僕たちはまだ知らなかった。──この平穏のすぐ裏側で、ロシアの魔の手が、静かに迫ってきていることを。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


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