第三十四話 特命の果て・・そして夏休み
準決勝からわずか二日後。蒸し暑さが肌を刺すような真夏の空の下──高校野球全国大会、広島県予選の決勝戦が開催された。そして、激戦の末に告げられた結末は──
原宮高校、甲子園初出場。
まるで奇跡のような言葉だったが、それは努力の積み重ねが導いた当然の結果でもあった。霊界から現世へと降臨した伝説の選手たち──“霊界レジェンド”による特訓で、かつては3回戦がやっとだった原宮高校の野球部員たちは、短期間で超高校級の技術と精神力を手に入れた。
その力を引っ提げて挑んだ決勝の相手は、何度の全国優勝経験もある“ラスボス的”強豪校。だが彼らは勝ったのだ。わずかな点差、されど圧倒的な意味を持つその勝利で、原宮の名前は広島に、いや、全国に刻まれた。
──そしてその翌日。蝉時雨の響く、いつもと変わらぬ原宮高校のグラウンド。だが、整列する部員たちの表情は、試合とは別種の緊張感を帯びていた。その視線の先には、マウンド上から全員を見下ろすように立つ、一人の少女──我らが総監督にして、原宮高校の“霊的最高戦力”たる神原日美子様が、毅然とした声を張り上げる。
「原宮高校野球部の者どもよ。今日という日を迎えたこと、わしは心より嬉しく思う。次はいよいよ甲子園じゃ。じゃが……心身ともに鍛えられたおぬしらならきっと勝てよう。思う存分楽しんで来い!」
その言葉がグラウンドの空気を震わせると、部員たちは帽子を取り、一糸乱れぬ動きで深々と頭を下げた。試合の勝利よりも胸を打つ、総監督からの“最後の言葉”。
「みんな……楽しかったのう。わしも昔から一度やってみたかったオールスター霊界野球を思う存分堪能できた。礼を言うぞ」
どこか名残惜しさを含んだその声音に、エース・三条先輩が代表して一歩前に出ると、力強く声を張った。
「日美子様! 本当にありがとうございました! レジェンドの魂と一緒に甲子園でも暴れてきます!」
凛とした笑みを浮かべて、日美子様が頷く。
「うむ。わしはまた光葉の守護霊のポジションへ還るが、お前たちの活躍はずっと見守っておるからの」
その瞬間、堪えきれなくなった誰かの声が上がり、それは次第に部員たちの間に広がっていった。
「日美子様ーっ!!」
涙を堪える者、拳を強く握る者、誇りに満ちた表情を浮かべる者。まさしく、“麗しき師弟の別れ”だった。──だが、その感動の渦の中で、僕はふとあることに気づく。
(……ん? あれ、監督……?)
視線を横に流すと、そこには相変わらず無表情で立ち尽くす鹿田監督と、隣にいるコーチ。そして──
「……まだお札、貼られてる……」
あまりに自然に同化していたせいで見落としていたが、彼らの額にはしっかりと、あの“例のお札”が残っていた。気になった僕は、思わず声を上げた。
「日美子様……鹿田監督にはまだ鶴岡親分が憑いてるんですか?」
問いかけに、彼女は驚くほどあっけらかんとした調子で応える。
「まあ……あいつの力量ではこのチームは纏められんからのう。甲子園でもあのまま行くつもりじゃ」
その瞬間──
「「助かりますーっ!!」」
部員たちの間から湧き上がる、まさかの“歓喜と安堵の声”。
(……先輩たち、それでいいのか!?)
僕の中のAIも軽くエラーを吐き出しかけたその時、日美子様は澄ました顔で、こう言い放った。
「安心せい! 甲子園で勝つにせよ負けるにせよ、お前らの最後の戦いが終わるまではお札は剥がれんようにしといた!」
そして元気よく別れの挨拶で締めくくる。
「じゃあの!」
その言葉と共に、ふわりと風が吹いたかのように、日美子様の姿は徐々に薄れていく──
そして、次の瞬間。 光葉ちゃんのまぶたが、すっと開いた。
「やっと還ってきたぁー!!」
ばっちり目を見開いて、光葉ちゃんが息を吹き返すように叫んだ。
その声に安堵して、僕は思わず顔を綻ばせる。
「光葉ちゃん! お帰り!」
だが光葉は、僕の顔をじっと見つめたまま、どこか複雑な──懐かしさと困惑が入り混じったような表情を浮かべている。
「どうしたの? 日美子様と別れるのがちょっぴり悲しいの?」
僕がそう尋ねると、光葉ちゃんは首を小さく振った。
「ヤスくん……違うの。日美子ちゃんたら、実体で食べる飯は美味いのうーって、毎日めっちゃ食べるんだよ! だから……体重が増えちゃって……」
そして、ぽつりと続ける。
「このままじゃ、せっかく買った水着が入んないよ!」
その瞬間、彼女の瞳からぽろぽろと大粒の涙があふれ出す。
(……え、そこ!?)
悲劇的ともいえる光葉の訴えを受け、僕の中のAIが容赦なく起動。即座に彼女の身体データをスキャンし、分析結果をはじき出した。
「光葉ちゃん……ヤバいよ。体重が10㎏増加して、体脂肪も5%増えてる!」
無意識に口に出したその瞬間──光葉ちゃんの顔が爆発しそうなほど真っ赤になり、次の刹那、雷鳴のごとき怒声が落ちた。
「そうなんだよ……って、乙女の秘密をべらべら喋るんじゃなぁーい!!」
彼女の渾身の──霊力なしとは思えないほど鋭く、芯を食った──ボディブローが、僕の腹をえぐる。
「ぐはぁっ!!」
僕は呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
その様子を見ていた野球部員たちは、全員ピタリと動きを止めた。そして、三条先輩がぼそっとつぶやく。
「やっぱり……この人が首領だな」
その言葉に、誰もが頷き、原宮高校の“本当の支配者”は長谷光葉であるという認識を、深く心に刻み込んだのだった。──そして、原宮高校野球部の喧騒がひと段落した後、僕たちの夏休みが静かに幕を開けた。
◇◆◇
そうそう、青山先生は、今回の原宮高校硬式野球部の甲子園出場で、今も寄付金集めに奔走している。また、応援団や父兄のバスの手配など、おおよその雑務を任されているようだ。なんでも「青山! ちょっとやりすぎだぞ」と校長先生から厳しい叱責があったとか、なかったとか。この夏は羽を伸ばす暇もなく過ぎていくのだろう。胃痛持ちの先生が夏バテで倒れないか心配である。
古新開は、別れ際に「何かイベントがあったら呼んでくれ!」と笑顔で言い残し、江田島のどこかにあるという『ひみつ基地』へ帰って行った。そこでは毎日、筋トレ・ランニング・登山・薪割り・滝行という、もはや修行僧に近いストイック生活を送っているらしい。
一方ジェシカさんは、突然の本国からの呼び出しを受け、夏休み初日に旅立っていった。出国ギリギリまで文句を言い続けていた彼女だったが、最後にはこんな言葉を残してくれた。
「パワーアップして早く帰って来るからね。そしたら水着デートよ!」
そして、別れ際に「これ……お守りに渡しておくわ。私だと思って大事にしてね」と言いながら、自動拳銃(サイレンサー付き)を僕の手提げかばんに突っ込んでいく。
(いやいや、コレ見つかったら間違いなく留置所で夏休みを終えると思うんだが……)
光葉ちゃんはというと──現在、毎日ひたすらダイエット生活を送っている。日美子様が表に出ていたときは、霊力のおかげかどれだけ食べてもスリムなままだったのだが、今やその“加護”は失われ、彼女の体型は“地上仕様”へと戻ったのだ。
「元の体重になるまではヤスくんには会わないから!」
そう言って、おかんむりモードのまま自宅に引きこもってしまった。
(……どうしよう、彼女の機嫌が戻るのが先か、甲子園が終わるのが先か……)
……で、僕はというと。突然できた空白の時間にぽっかり穴が開き、途方に暮れていた。
(バイトでも探して小遣い稼ぎでもするか……)
そう思い始めた、八月第一週、ある日の深夜。外では、季節外れの台風が大雨を降らせている。雷鳴が遠くで轟き、窓を打つ雨音が不気味なリズムを刻む中──僕の住む、大空山の自宅のチャイムが鳴った。
(……こんな時間に誰?)
玄関の前には、一人の人影。水も滴る全身黒づくめのコート。その下から、白い脚がちらりと覗く。無表情で立ち尽くすその人物の瞳は、夜の闇をものともしない氷のような蒼。
北の超大国──ロシア。そこからやってきた言う、謎の美少女。新たな“脅威”が、今、幕を開ける。
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