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第三十一話 伝説の男たち! 県予選開始

 古新開と三条先輩が休山へ消え、神原日美子様が光葉に降臨されたあの日から、原宮高校硬式野球部の特訓は、まるで修羅場のような過酷さを極めていた。猛暑が続く中、僕は毎日、バッティングピッチャーとしてノルマの300球を黙々と投げ続ける日々。グラウンドには、汗と砂埃と金属バットの快音が絶え間なく響き渡り、まるで異世界の野球道場のような様相を呈していた。


 だが、対峙するのは普通の高校球児ではない。僕の相手は──霊界から降臨した、歴代レジェンド打者を背負った野球部員たちだ。長嶋茂雄、野村克也、川上哲治、藤村富美男、大下弘、中西太、衣笠祥雄、山内一弘、大杉勝男……名球会が震えるようなメンバーが、部員の体を借りてこのグラウンドに立っている。


 しかも、彼らは本気だった。サイボーグとしての僕の誇りも、日を追うごとにズタボロにされていった。140キロのフォークをミスタージャイアンツ長嶋茂雄に軽々と打ち返され、150キロのストレートをミスタータイガース藤村富美男に場外まで持っていかれる日々。


「もう~いやだ!」


 滲む涙を拭う暇もなく、僕は今日もまたマウンドに立たされた。


「ヤスくん! 一回戦まで時間がない! 今日は500球じゃ!」


 鋭く飛んでくるのは、日美子様の鬼のような指令。光葉の姿をしたその眼光に、僕は思わず肩をすくめた。


「えぇー!? 何時間投げ続けるんですか!?」


 抗議を叫ぶ僕の声は、虚しく夏空に吸い込まれていく。


「つべこべ言うでない! 部員たちがもう少しで打撃のコツを会得しそうなんじゃ!」


「投げても投げても、ボコボコに打たれるんですけど!」


 僕の叫びも空しく、彼女の指導に容赦はなかった。


「みんな、よく打っておるわ! 『今のバットはよく飛ぶのう』って上機嫌じゃぞ、かっかっかっ!」


(野球の鬼がここに……血涙)


 まさに地獄の特訓。だがその努力は、確かに実を結びつつあった。打者たちは、僕の剛速球も変化球も、当たり前のようにスタンドに運ぶようになっていた。グラウンドには、霊界レジェンドの咆哮と、バットがボールを捉える心地よい金属音が響き渡り、チーム全体の空気が一変していた。まるで全員が、一皮も二皮も剥けたかのように──。


 そして、いよいよ──県予選一回戦の日がやってきた。


 前日の夕方。長い特訓を終えた部員たちに、日美子様がそっと近づき、額に貼られていたお札を一枚ずつ丁寧に剥がしていく。その瞬間、部員たちの顔が、一様に“きらーん”と輝きを放った。満足げな笑みを浮かべた伝説たちの魂が、彼らの背からふわりと立ち上がり、空へと昇っていく──まるで、己の役目を果たし終えた戦士たちのように。


 お札を剥がされた部員たちの表情は、皆どこか劇画調にすら見えるほど引き締まり、目元には熱い涙が浮かんでいた。それは感謝! ただただ感謝の涙だった……彼らの熱い涙は、嘘偽りのない心の叫びだ。


 剥がされたお札は、マネージャーが用意した手作りのお守り袋に大切に収められた。それは、試合当日も彼らと共にある、霊界の師匠たちへの誓いと祈りだった。


 遂に原宮高校硬式野球部は、ここに完成したのだ。


「まだじゃ! 誰か古新開と三条を呼んで来い!」


 日美子様の鋭い号令が飛ぶ。


「はっ!?」


 僕は思わず声を上げると、脳内で緊急警報が鳴る。──そうだ、あの二人を忘れていた!慌てて休山の奥へ分け入った僕が見たのは、野生動物のように身構える古新開と、髭面でイノシシ肉を焼いていた三条先輩の姿だった。


「待たせたな! この古新開宙夢、仕上がりはばっちりだぜ!」


 古新開は、まるで漫画の超回復直後のキャラのように、筋肉隆々で現れた。彼の肩からは、焚き火の香りと山の男のオーラが漂っている。


「俺も生まれ変わったぞ……! ありがとうございます、お世話になりました、北別府さん!」


 三条先輩の顔には、イップスという言葉が完全に存在しなかった。晴れやかな笑顔に、目頭が熱くなる。


「よし! みんな、今日までよく頑張ったのう! 今の貴様らなら、自信をもってやれるはずじゃ! 行ってこい!」


 日美子様の檄が、チーム全員の胸を打つ。


「「おおっ!」」


 夏の空を震わせる、魂の雄叫び。僕らの物語が、ついに本番を迎える──!


◇◆◇


 原宮高校硬式野球部は、呉市内の呉二河球場──別名「鶴岡一人記念球場」へと乗り込んだ。県予選一回戦の舞台である。対戦相手は、県内屈指のシード校。毎年優勝候補に名を連ねる、いわば格上中の格上だ。従来の原宮高校なら、まともに対抗すらできなかっただろう。


 だが、今年は違う。戦力も、覚悟も、次元が違う。


「ダーリン! 相手エースのデータに、各打者の弱点よ!」


 試合前のベンチ裏。ジェシカが満面のドヤ顔で、分厚いファイルを僕に手渡してきた。中を開けば、まるで国家機密並みの綿密な分析──相手投手の球種傾向、配球癖、バッターごとの好不調の波、さらにはSNSでの生活パターンにまで至る、恐るべき情報量だ。


「ありがとう、ジェシカさん」


 僕が礼を言うと、彼女はほんの少しだけ声を落として、微笑んだ。


「どういたしまして。でも……もし本当に感謝してくれてるなら、夏休みに二人で海水浴行きたいな。ダメかしら?」


 その言葉は、ふわっと柔らかく、けれど確かな熱を含んでいて。僕の胸をズキリと撃ち抜いた。


「さすがに二人っきりはどうかな……?」


 内心で狼狽えながらそう言うと、ジェシカは可憐にウィンクを投げてくる。


「まあ、考えておいて。私はいつでもOKだから」


(くっ…可愛い…だが今は試合に集中しなければ……!)


 必死に気持ちを切り替え、ジェシカのファイルを持ってベンチへ向かう。すぐに全員で頭に叩き込む。準備は、完璧だった。


 ──そして、試合が始まる。ベンチで、僕と古新開が目を合わせて、ニヤリと笑った。


「なあ、白岳。俺たち、高野連に舐められたもんだな」


「そうだよな。球速制限なんてあんまり意味ないしな」


「俺の投げるナックルボールと、お前の投げる139キロのフォーク……打てる高校生なんて、ほぼいないだろ?」


「まあ、目立ちすぎないよう、少しは打たせようぜ」


 そんな軽口を交わしながら、僕と古新開は六回まで無失点の完璧投球。イップスを克服した三条先輩は、勝負所まで温存だ。そして打線も、牙を剥いた。一回表。原宮高校のバッターたちは、初回から容赦なく襲いかかる。彼らのバットには、あの霊界レジェンドたちの魂が宿っていた。


「原宮高校、猛攻です! 相手エースの渾身のストレートを、クリーンナップがことごとく打ち返しています!」


 実況席からも、興奮と混乱が入り混じった声が響いていた。そして、古新開の打席。ノーアウト、ランナー一塁。


「ふふふ……俺の特訓の成果、見せてやるぜ!」


 彼はバットを構えた──が、その構えはまさかのバント。球場中に「?」が浮かぶ。


「さてノーアウトランナー1塁、バッターの古新開君はバントの構え!」


 実況が声を張り、解説者も冷静にコメントを乗せる。


「ここは手堅く送りバントですかね」


 ──ピッチャー第一球を投げた! 


 古新開がバットを出す!


 ──カァーン!!!


 金属バットが鳴り響き、球場が一瞬静まり返った。


「はぁ!?」


 実況の間抜けな悲鳴がマイクに乗る。


「バントした打球は……左中間を深々と破っていく! 長打コース……だと!?」


「な、なんだったんでしょう? バント……でしたよね?」


 解説者までが目を白黒させていた。


(まさか……バントでライナーを打つ練習をしてたってのか!?)


 僕の脳裏に、あの山中でイノシシ相手に執拗なバント練習を繰り返していた古新開の姿が蘇る。あれが伏線だったなんて……!


 続いて、打席に向かう僕。バットを片手にベンチ上の観客席を横目で見上げると、そこには影の監督──神原日美子様が仁王立ちしていた。その鋭い視線が、まっすぐに僕を射抜く。


 そして、次の瞬間。


「ヤスくんよ……やってヨシ!」


 戦慄の号令が飛んできた。


(マジですか!?)


 予想だにしない指示に、僕は心の中で叫ぶ。だが、驚く僕をよそに、日美子様は凄まじい目力でさらに畳みかけてくる。


「遠慮は無用じゃ!」


 グラウンドの空気がピンと張り詰める。もはや逃げ場なし。


 実況席からも混乱混じりの声が飛んできた。


「続くバッターは白岳君! さて、どうするのか……おおおぉーっ! またバントの構えです!」


 観客席がざわつく中、解説者がなんとか状況を整理しようと努める。


「まあスクイズでしょう。三塁ランナーの古新開君を確実に返す戦法です」


 場内の注目が一斉に内野に集中。各ポジションが一斉に前進守備を敷く中、ピッチャーが振りかぶり──投げた!


「白岳君、バント!」


──カァーン!!!


 金属バットが炸裂する鋭い打球音が球場に響いた。だが、その衝撃の直後。


「へ?」


「は?」


 実況と解説の、間の抜けた声がぴたりと重なった。


「バントした打球は……これもぐんぐん伸びていく……右中間フェンス直撃の長打コースだ! さらに得点を重ねます、原宮高校!」


 スタンドからどよめきが起こり、ベンチが沸く中、実況の絶叫が続く。


「バントしたボールがあそこまで飛ぶとは……意味不明です」


 混乱を極めた実況席。沈黙した数秒ののち、実況が悲鳴にも似た声で絞り出す。


「私の実況……誰も信じてくれないんじゃ?」


 その嘆きは、空調もない真夏のスタンドに虚しく響き渡った。


 ──だが試合は、止まらない。その後も原宮高校の猛攻は止むことなく、相手チームに一切の反撃を許さぬまま──大差で、コールド勝ち。


 前評判など軽く吹き飛ばし、圧巻の滑り出しで、僕らは夏の頂を目指して走り出したのだった。


読者の皆様へのお願い 


この小説はしばらく野球のお話が続きます。(34話まで) その間に昭和の時代のプロ野球選手の名前が出てきます その人誰?と思う名前ばかりだと思います。 もしお暇なら検索してみてください。 面白いエピソード満載のレジェントたちを知っていただければ幸いです。 特に「長嶋茂雄」さんと「野村克也」さんは、おススメです。 彼ら?のご活躍をお楽しみに!!


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。

星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)


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更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!


今後の展開にもどうぞご期待ください。 感想も大歓迎です!


あと、野球に興味の無い方、すいません。 よかったらレジェント選手のプロフィールなど確認してみていただけたら、更に面白く読めます。 ではでは!

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